二人の再会
私が学校の部活で書いて部誌に載せた小説の転載です。似たような作品があってもそれは私の小説か、もしくは全く関係のない作品です。
では本編へどうぞ。
放課後、学園の図書室で一人日が暮れるまで本に浸る。それがいつしか俺の憩いの時間になっていた。あまり人が来ないここは、誰にも邪魔をされない絶好の場所。夕日が見える窓際に置かれた椅子、そこに座って時間が経つのを感じながら本を読んで一人、心を落ち着かせる。日々溜まっていく何かが、すっと消えていく気がする。だから本を読むのは好きだ。
けど俺が本を読むのはそれだけが理由じゃない。これは俺にとって親友を身近に感じるための、一つの行動だった。元々俺は本が好きだったわけじゃない。ただ、あいつの真似すればあいつが近くにいる気がして、本を読むようになった。それが今じゃ自分自身の安らぎになってる。俺が本を好きになるなんて、あの時は想像もしてなかったのに。
だから邪魔をされてここまで苛々するとは思わなかった。
最近、俺が図書室で本を読んでると邪魔してくるやつがいる。ついこの間まで顔と名前しか知らなかったやつだ。図書室は本を読む場所だぞ。それを知ってるくせに目当ては本じゃなくて俺らしい。せっかくいい気分で読んでるのに俺に話しかけてくる。
静かに読ませてもらえない上、話しかけてくるところが大嫌いだ。俺の至福の時間を邪魔すんな。
「で? 今日は何読んでんの?」
机を挟んでおいてある俺が座っていない方の椅子に座ったこいつ。いつの間にかこいつの特等席になってる。
また来たのか。そのお得意のスマイルがイラつくぞ。
「なんでもいいだろ、ほっとけよ」
「つれねぇなぁ」
「お前みたいな金髪でチャラそうなやつが似合う場所じゃないぞ、ここは」
「それは差別じゃねー? チャラ男でも図書室に来るやつは来るよ」
あぁ、そうだな。だから『チャラそうな』って言ったじゃないか。誰も断言してねーぞ。
「もっと構ってくれてもいいんじゃねぇの?」
「なんでお前を構わなきゃいけないんだよ……」
嫌だから構ってねぇんだよ。
「あ、それともいえねぇ本でも読んでんのか?」
「お前、もう黙れ」
なんでこいつに邪魔されなきゃいけないんだよ。俺の大事な時間なんだが。流石に繰り返されるこのやり取りにも飽きてきた。
こいつが俺の邪魔をするようになってもう三週間くらいになる。毎日毎日こりもせずよく邪魔しに来るよ。逆に感心するわ。
けどな、そろそろ切れるぞ。手が出そうで怖い。
「なんで俺の読書の時間を邪魔するんだ」
「なんで? そうだな……俺がお前と喋りたいから、じゃ駄目か?」
「は? 俺は迷惑」
「俺は楽しい」
駄目だ、全然話が通じない。こういうやつは無視に限る、徹底して無視するんだ。……いやちょっと待て。俺がこの本を借りて家に帰ればこいつから離れられるんじゃないか。なんで考えつかなかった、俺。
俺は本を閉じて席を立った。
「おう? 帰んの?」
「帰るよ、お前がいて本も読めねぇし」
「また明日な」
「誰がお前に会うか」
「やっぱ容赦ねぇな」
俺にとって読書は息をするくらい必要で大切なもんなんだよ。それを邪魔してんだ、これぐらいの仕打ちは当然だと思え。
「気をつけて帰れよ」
「……あのな、」
お前に心配されるほどじゃないっての。
「まぁ、いいわ」
あんな笑顔のやつに付き合ってたら俺がしんどい。とりあえず相手にしないことが一番だ。さっさとここから出よう。
俺はいつも通り手を振っているであろうあいつを振り返らずに、図書室から出た。
……けど、なんであいつは俺に構ってくるんだ。正直、【King】のあいつに気に入られても損なことしかないんだが。
「おーい」
「……」
「ねぇー」
中庭に出て聞き慣れた声に呼びかけられた。しばらく無視して歩いてたが、どうやら声の主はどうしても呼び止めたいらしい。……仕方ないか、反応するしかなさそうだ。
「なに」
「聞こえてたの? じゃあすぐ返事してよね」
返事したら帰してくれないだろ。
「悪かったな、【Queen】」
「その呼び方やめて。いとこなんだから名前で呼んでよね」
「はいはい」
「で? また【King】に読書の時間を邪魔されたのかしら?」
「まぁな。分かってるなら聞くなよ」
面倒くさいんだぞ、相手すんのも。
「ってことは……まだあなたは気づいてないのね」
「なにが」
「いちいち言葉がつんつんしてるわよ。至福の時間を邪魔されたからって私にまで当たらないで」
「……すみません」
俺が悪いのか?
「それでどういう意味だ?」
「どういう意味って言われても……そのままの意味でしかないわ」
だから何が。……って言っても答えてくれそうにないな。いう気なさそうだし。
「でも本当にお気に入りなのね、あいつの」
「あいつのお気に入り?」
お気に入り認定されてたのか、あいつに俺は。だとしたら、
「ただの迷惑だ」
「まぁそうでしょうね。目立ちたくないあなたからすれば、《Jack》のメンバーは学園で光のような存在なんだから、迷惑極まりないでしょう。ましてあいつは【King】なんだもの」
「【King】は生徒から選ばれただけあってファンも多いしな。変に目をつけられた気がする」
「貴方に対する嫉妬も多い証拠ね」
なんにせよ、面倒くさいな。
「って、かくいうお前も生徒から選ばれたうちの一人だろ」
「まぁね」
「……ま、ちゃんと学園のことやってくれる王様だから、この学校もちゃんと動いてんだけどさ」
「あら意外。それは感謝の言葉? あいつに直接言ってあげたら?」
俺が言わないことをわかってて悪い顔をしながら【Queen】が言った。あいつに言ったら絶対調子に乗るじゃないか。ってか俺はあいつに怒ってんだぞ。わかってないだろ、女王様。
「ま、いいか。私は行くわ」
「はぁ……」
「じゃあね」
手を小さく振って校舎の中に入っていく彼女を見送る。用があったわけじゃないのか。ならなんで呼び止めた。……気にするだけ無駄か。女王様に理由を求めたところで気まぐれでしかないだろうし。さっさと帰ろう。
それで結局、あいつはなんで俺に構うんだ?
……静かだ。あいつがいないとこうも静かなのか。落ち着いて読書ができたのは久しぶりだ。
いつもあいつが座る特等席には誰もいない。あいつが現れる前と同じように、静かに時間が過ぎていくだけ。……こんなに静かだったのか、あいつがいない図書室は。
帰るか、家に。
「っとその前に、先生に鍵返さねぇと」
最近はあいつが俺の代わりに鍵をかけてたから、こうやって鍵を回す感覚も久しぶりだ。
……今日あいつは、早めに帰ったんだろうか。何か用事でもあったのか。そりゃあって当然だろ、誰にだってそういうのはある。
「……って俺はなんであいつがこない理由を探してんだよ」
柄じゃない。俺があいつを気にする理由はないだろう。熱でもあんのか? 今日は早めに寝た方が良さそうだな。
鍵を閉めたのを確認した俺は、鍵を返すために職員室へ向かった。
「ん? ……あれは、」
鍵を返しに行く途中、教室の前を通ると中に女子と楽しそうに喋ってるあいつがいた。ここは確か《Jack》が活動してる教室、か。
……なんだ、まだ学園内にいたんだな。なるほど、女子に捕まってるなら来れるわけない。けど女子と楽しそうに喋る前に仕事した方がいいんじゃないか? 王様。
……ああいう王様を見てると、この学園の【King】に選ばれるだけはあると思う。社交性もあってリーダーシップもある。ただ単に容姿がいいとか人気があるとかそういう理由だけじゃない。適当でチャラそうに見えて、あいつはちゃんとここの王様をやってる。
ただ、もうファンサービスは怠るなよ。俺のとこに来てる間、俺がどれだけ女子に目の敵にされたか、お前は知らないだろう。とばっちりはごめんだぞ。……でもまぁ、
「人気者は大変だな」
「……散々人の邪魔しといて、今は顔すら見せやしない」
「来なくなってもう二週間だっけ? 【King】もついに飽きたのかしら」
「知らねぇよ」
女子と喋ってるのを見てから二週間、あいつはこの図書室に全然こなくなった。俺がしつこいと言い続けたから、か? あんなにいっても聞かなかったのに今になって?
「……あなたにとってはこの方が都合が良かったんじゃないの?」
「あぁ、……そうだよ」
そうだった、はずだ。
よくあいつがしている、椅子を逆向きに座りながらそう思った。あいつが来ないほうが俺の邪魔はされないし、周りから目をつけられることもない。何事もなく過ごす毎日、それを俺は望んでたはずだろ。
なのになんだ、この、何かが足りないような。空白の……何か。
「張り合いがなくて寂しいの?」
「……かもな」
「あら、素直」
「悪いかよ」
「いいえ」
だったらその意地悪そうな笑顔はやめろ。なんか王様思い出すわ。
「つーか、お前はその喋り方やめたらどうだ」
「どうして?」
「素じゃないだろ」
「まぁそうだけど。こっちの方が学園では楽。家ではちゃんと元通りよ」
「へぇ。学園のみんなが知ったら絶望するだろうな」
「はい?」
「自分たちが選んだ《Jack》の穏やかで包容力もあって、女子の鏡と言われるほどの【Queen】が、実は男勝りな喧嘩系女子だってわかったら、な」
「あなたが言わない限りばれないわ。だからばらさないように」
「はいはい」
ばらしませんよ。ばらしたら絶対仕返しされるだろうし。その仕返しに図書室入室禁止とかになったら、俺はやっていけない。本に触れられないとか中学の頃の俺なら気にもしなかっただろうが、今では俺の精神が崩壊する。
ここは並みの図書館より本が豊富だし、まだ読んでない本だってたくさんある。それを無償で貸して読ませてくれるここに入れなくなったら、まじで死ぬ。
「……まぁいいわ、私はこのあと用事があるから」
「さっさと行けよ」
「言われなくても。じゃあね」
ドアのところでわざとらしく振り返るところが女王様らしい。俺がさっさと行けと手で追い払えば、おとなしく出ていったけど。……近頃忙しいのか? 忙しなく動いてるよな、《Jack》のメンバー。
そういや、もうすぐ文化祭だな。それでバタバタしてるのか。……ま、生徒たちが直で金を扱う行事だし学園総出のプロジェクトなわけだから、《Jack》や生徒会は忙しくて当然か。
「そろそろ帰るとするか」
今日読み始めた本はもう終わった。外も既に暗い。あいつがこなくなってからこんな遅い時間までいたのは久しぶりだ。早く帰らないと。
「こんな時間まで読書か?」
「文学系男子ってやつか」
「俺はスマホ触ってるほうがいいけどね」
鞄をもってドアを出たら三人、見知らぬ輩がいた。俺を囲んでることからして、通してくれる気はないらしいな。
「……誰だよ、あんたたち」
人が帰ろうとしてんのに邪魔すんなよ。俺は邪魔しかされないのか、なんでだ。……いや冗談言ってる場合じゃないな。なーんかやばそうなんだけど。
こいつら誰だよ。俺はこんなにガタイのいいやつとお友達になった覚えはないんだが。
「別に誰でもいいだろー? 俺等はお前に用がある。ただそれだけだ」
俺をまるで面白そうなおもちゃを見るような目で見てくる輩。しかも偉そう。何様だよ。
「……用があるやつに向かってそんな偉そうな態度は取らないだろ」
「んなの気にするたちか? お前が」
「中学では喧嘩っ早くて有名だったらしいじゃん」
「不良だったんだろ? こういう呼び出しも慣れてるはずだぜ」
こいつら、俺が不良だったの知ってんのかよ。
「ついて行くのはいいが、先に鍵閉めさせろ」
「鍵閉めなんてしなくていいだろ、どうせ先生達がやってくれんだから」
まじかよ、今まで閉めなかったことなんてねぇのに。すみません、先生。今日はお手数かけます。
「どこ行くんだ」
軽く引っ張られた。このまま連行か。……閉め損ねたドアがどんどん遠ざかっていく。
「そんな遠くにはいかねぇよ? 人気がないところに移動するだけ」
喧嘩する気満々じゃねぇか。めんどくさ。校舎も出て校門も出てどこ行くつもりだよ、本当に。
無理やり引っ張られてるから足が縺れる。しまった、上靴に履き替えてねぇわ……ん? こいつらのズボンのポケットに入ってるの……ここの学生証じゃないよな。校章が違うし。ってことは制服は学園のでもここの生徒じゃないぞ。
けど不良のくせに学生証持ってるとか、ありえねぇだろ。近頃は割引とかしてくれるからお得ではあるけど。
「……げ」
ここ、工場とかが立ち並んでてまるで迷路だな。結構奥に入ってきたから、ちゃんと帰れるかわかんねぇ……。しかもなかなかのうるささだ。大通りまでだいぶ距離があるし、工場の雑音でここなら叫んでも聞こえやしない。まさに喧嘩にはうってつけってわけか。
……うおっ、急に止まんなよ。
「……ここで、俺になにすんの?」
とりあえず解放されたんでこいつらに向き合った。とは言っても囲まれてることに変わりはねぇんだけど
「分かってるくせに聞いてくんなよ」
一応聞いてんだよ。
「じゃ、ここに俺を呼んだ理由は? この様子だと元不良の俺と力比べをしたいってわけじゃなさそうだしな」
「まぁな。お前のことを鬱陶しがってる奴がいるんだよ」
「あの学園、【King】と【Queen】がいるらしいが、お前はその二人に近すぎるんだとよ」
やっぱりな。学園の誰かの差し金か。しかも動機はただの嫉妬。
だから嫌だったんだよ。女王様はいとこだから仕方ないにしても、あいつと関わるのは。こうなるんじゃないかって思ってた。
「つーことは、俺らの学園の誰かがお前等に頼んだわけだ。俺を消して欲しいって」
「そーゆーこと。けど消さなくてもいいらしい。痛めつけて痛めつけて、もう関わらなくすればいいってな」
へぇ。じゃあ俺は今からやられるわけか。ボコボコに。
「それからもう一つ聞いた。今のお前はどんだけ喧嘩売られても自分で手を出さないようにしてるんだって?」
「……そこまで知ってんのか」
厄介なことを知ってるもんだ。
「ま、出せないようにするがな。そのための俺等三人だ」
……っ!! しまった、腕を封じられたっ。お前等二人が俺を挟んでた歩いてたのはそれが狙いか!
これじゃ避けることもできやしない……!
「いつまで耐えれるだろうな? 手を出したとしても喧嘩になったらお前は停学処分だ。それでも俺等は全然いいけどなぁ?」
「はっ。……耐えるさ」
……俺は手を出さない。それがあいつとの約束だ。
俺はそれからとにかく耐えた。殴る、蹴るの暴行に。
こいつらは喧嘩慣れしてる。人の弱い体の部分も、殺さないための殴り方もよく知ってる。
気が遠くなれば水をかけられて起こされた。それからまた最初から繰り返す。……死なないように、じっくりと。
俺が手を出せば負けることはないだろう。俺はそんな弱くねぇし、体がなまってるわけでもないからだ。
けど、あいつの、中学の時に約束したあいつの言葉がそれを許さない。
『助けてくれて、ありがとう』
『でも人を殴るのはよくないよ。君は真っ直ぐな人なんだから手は汚さないでほしい』
読書が好きなあいつは素直でよく笑うやつだった。そんなあいつは中学時代、喧嘩しかしてなかった俺と俺の傷を見て、泣きそうになりながら心配して、そんな言葉をかけてきた。喧嘩はやめろとずっと言われてたっけ。
それを毎回言われるもんだから、しつこすぎて、ある日俺が折れたんだ。……いや、しつこすぎてというのは語弊があるか。喧嘩するたびに俺の傷を見て辛そうな顔をするあいつが、男のくせに今にも泣きそうな顔をするあいつの顔が、見ていられなくなったから。だから俺はあいつに約束したんだ。
もう手は出さない、と。
「かは……っ!!」
鳩尾をくらったせいで口から出た血が茶色い地面に色をつけた。腕を持たれてるせいで膝をつくことも出来やしないい。これ以上耐えてたら俺は死ぬぞ、おい。
体はやばいくても頭は冷静だ。まだ色々考えれてるだけましか。ちょっと自分で驚くわ。
「そろそろ、やめとこうか」
「そうだな。これ以上やると死ぬ」
お前等のせいでな。もう声も出ねぇ。
「次はどうするかなー」
「あの女どもをゆすって金を取るってのは?」
輩のうちの二人があっさりと俺の腕を離した。そのおかげでなんの受け身もなく体が地面に叩きつけられる。結構痛い。地球の重力ってのは凶器だな。
「それも面白い。けーど、今度はこいつをダシに【King】を呼び出すのもいいかもな」
……は? 今なんつった。あいつを、呼び出す……?
「それっ……っは!」
頭で変なことを考えていてもしっかり耳は聞き取っていた。それが何をもたらすかも。
「へぇ、まだ喋れたんだ」
「そうだ、ここに【King】呼び出しちゃおうぜ」
駄目だ、それだけは絶対に……! あいつと喋るようになってんな時間は経ってないねぇけど、それなりにあいつの性格は理解してる。もしこんなとこみたら、あいつは自分のせいでこうなったって、絶対責める……! あいつはあいつなりにやってんだよ、こうなったのはあいつが原因じゃない! あいつは、関係ない……!
「っやめ……ッ」
「なに、俺ならここにいるけど」
――――月明かりに照らされて映える金髪の髪。ほどよく伸ばされているそれは、優しいが冷たく吹く風に靡いた。若干俯いている顔からかろうじて見える瞳は、まるで怒りを内に秘めた獅子のごとく。眠れる獅子の炎が消えず灯っている。
……なんで、なんでここにいるんだよ。なんで来たんだよ、
「ばか、やろう……! 帰れ……っ!!」
もう普通なら出ない声で、しっかりそう言った。こんなこと、俺は望んじゃいない。助けてもらおうなんて思っちゃいない。……なのに。
「帰らないって。親友を、こんな目にあってる親友を、見捨てるわけねぇだろ?」
何されるかわかんねぇのに、なんで俺を庇うように立つんだ。お前に何かあったら学園のみんなが悲しむんだぞ。お前は自分が、あの学園の王様だってわかってて、なんで俺を助けようとするんだよ。
「それにな」
「……なん、だ」
「『俺』との約束を守ってこんな目にあってる親友を、ほっとけるわけねぇじゃん」
……は、おれとの、やくそく?
「ちゃんと守ってくれてたんだな、『慎也』」
一瞬振り向いて見えたこいつの瞳は、怒りは消えていなかったものの確かに喜びを秘めていた。そしてそれは俺がよく知っているあいつの瞳で。
「おま、え」
悠斗、なのか……? いや、悠斗はこんなキャラじゃなかっただろ、ピアスなんてつけてなかったし金髪でもなかったし、第一悠斗はこんな目をしていない。
本当にこいつが、悠斗……?
「さーて? 俺の親友傷つけたんだからそれなりの対価、……払ってくれるよなぁ」
俺を殴ってた三人の方に向いててあいつの顔は見えないけど、声でわかる。冗談じゃないほど低くて、真剣な声だ。怒ってる、こいつは本気で。
「お前が【King】か。お前に喧嘩できんのかよ?」
「それは俺とやってみればわかんじゃねぇの?」
あの頃の、中一の時の悠斗なら喧嘩なんて無理だ。俺がいじめられてるのを助けてたぐらいなんだから。……けど、今のこいつならできる気がする。俺たちみたいに喧嘩慣れしてるやつの雰囲気じゃない。が、できる気がする。
こんなに緊張感のあるこいつを俺は知らない。この先のこいつを見ていたい。どう変わっていくのか、全てを。
……でもな、もう俺にそれを見届けるための体力は残ってないらしい。目が重いんだ。
とりあえず祈っておくことにするよ。
悠斗が、勝つことを。
……体を動かしたくてうずうずしてるのに、いざ動こうとすれば重くて動かない。指を動かすのさえ一苦労だ。よっぽど酷いやられ方をしたんだな、俺。……おう? 天井が見える。あの工場地帯じゃない。
「さっさと起きろ!」
「……大声、だすなよ」
動きたくても動けないんだよ、勘弁してくれ。女王様。
「あんたね、起きてるなら起きてるって言えよ」
「……今起きたんだよ、怪我人に向かって叫ぶな」
「女王様って呼ぶな! 私には『凜那』って名前があんの!」
「はいはい」
そんなに呼ばれるのが嫌いか、女王様って。
「……凜那流女王様口調、やめたのか」
「今は家族しかいないし。あれは学園だけだって言ったじゃん」
「男勝り」
「勝手に言ってれば」
言われなくとも勝手に言わせてもらいます。
あー天井が白い。どう考えてもうちの家の天井じゃないし、この独特な匂い……病院だな、ここ。
「あーで? 悠斗のことはわかったわけ?」
何かと動き回ってる凜那が、未だ病院のベットに寝ている俺に聞いた。何してんだろう、こいつ。
「やっと分かったよ。まさかあいつが中学の時に転校した悠斗だとは思わなかった」
「でしょうね。だいぶ変わってるみたいだし、その頃から」
「名字も違ってたしあの風貌だろ。中学の時はもっと静かで黒髪で、ピアスのピの字も知らないやつだったのに」
それこそ文学少年って感じの。
「名字が変わったのは親が離婚して母方についたからだって。どっちも金持ちだったみたいだけど」
「お前と同じでな」
俺の親はいたって普通。
「……あいつ、俺がこの学校にいることになんで気づいた?」
「私関連でしょ。あとは中間テストの順位発表で慎也が上位にいたから、じゃないの」
「あーあれ、名前出されたな」
見てなかった、興味なかったし。
「これってもう起き上がっていけんの?」
「さぁ、起き上がってみれば?」
言われなくてもさっきから試みてるよ。けど上手くは動かないもんだな。自分の体なのに。
「……つ、」
「痛そう、大丈夫?」
「痛い」
けど起きた時よりはましだ。動けないことはない。
……天気も良さそうだし、リハビリがてら散歩にでも行こうか。
「ちょっと外出てきてもいいか?」
「いいんじゃない? 勝手にすれば。私は先生に言ってくるから」
「悪い」
「いーえ」
と言ったものの、歩きでは流石に無理だよな。仕方ない、あそこにある車椅子を使おう。立ち上がろうと足を床につけてみた……んだけど。
「足に力が入んねぇ。立てねぇじゃん。俺どれくらい寝てたんだ」
「驚くところそこじゃないじゃん。驚くべきは起きてすぐに動けるあんたの体だと思うけど」
「うっさい」
色んなもので体を支えながら車椅子になんとか座れた。転げなくてよかったと思う。凜那は手伝ってくれそうになかったし、転んでたら洒落にならなかった。
よし、目指すは外。気持ちいいんだろうな、こんな日に読書したら。
「やっぱ気持ちいい」
外に出てきてよかった。病院ってなんか息がつまる。
そういや、俺がここにいて助かってるってことは、あいつが勝ったっていうことだよな。怪我とかしてなきゃいいけど。どうだろうなぁ。
……本当にあいつは悠斗、なのか。
俺が知ってるあいつとは、あまりにも違う。争いごと好むような性格じゃなかったのに。
喧嘩慣れしてる相手に勝てるなんて並大抵の奴じゃない。それなりに強くないとできないはずだろ。……ま、聞けばいいか、本人に。
「慎也!?」
「……あ、」
噂をすれば、だ。……噂はしてないか。
「慎也が起きたって凜那から連絡があったからきてみれば……もう外に出てるし。大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
「ならいいけどさ」
情報伝達が早いな、凜那は。それを聞いてすぐに駆けつけてくるこいつはあの頃から変わってない。
「……なぁ、悠斗」
「ん?」
「お前、本当に俺が知ってる悠斗、なのか?」
「……そうだ、って言ったら信じてくれんの?」
「正直信じられない」
「だろうな」
爆笑しやがった。そんなに笑うなよ、こっちは結構真剣だぞ。……もう出てるはずの答えを聞くのは、すすまないけど。聞いとかなきゃなんにもなんねぇし。
「……信じられないのも無理はねぇと思う。俺も最初にお前見たとき、『慎也!?』ってなったし」
「……ま、俺も変わってるっちゃ変わってるからな」
お前が転校してから、俺は周りに驚かれるほど喧嘩もしなくなったし、学校も行くようになったし。
「まさに不良少年からの脱出、みたいな感じでさ、慎也は。びっくりした」
「お前が中一の最後に転校した時から、俺は誰の喧嘩も買ってねぇよ」
「知ってる。そのあとは俺が喧嘩してたからねぇ」
「は?」
「と言うよりは、喧嘩せざるえなかったっていうか」
「どういう意味だ」
あんだけ喧嘩すんなって言ってたお前が?
多分、信じられないと思ったのがしっかり顔に出てたんだろう。笑みを浮かべていた悠斗が苦笑いをした後、真剣な顔をした。俺の疑問に答えるために。
「……慎也といたころはさ、守られてたじゃん、俺。初めて慎也と話したのも俺がいじめられてた時で、それを助けてくれて」
「そうだったな」
「それがあったから俺は慎也の親友でいたいって思ったんだけどな」
……恥ずかしいことをいい笑顔をして言いきったよ、こいつ。こういうところは変わってないな。
だがすぐに笑顔は真剣なものへと変わった。
「けどさ、お前が喧嘩してるたびに思ってた。俺も守れたらいいのにって。そしたら慎也が怪我することもなくなるじゃん?」
「守られるようなやわじゃないし」
「そうなんだけどさ。だから怪我して欲しくなくて、必死に喧嘩すんなって言ってたわけよ。俺に守れるような力はなかったから」
そんなこと、思ってたのか。
「約束を今まで守っててくれたのは意外だったけど」
「……約束だったからな」
「慎也らしい」
慎也らしいって、なんだそれ。
「……でも転校してお前から離れて、案の定目をつけられてさ。強くなるしかなくなって。今に至るわけ」
そうなったことを少し悲しそうにまた笑みを浮かべて悠斗は言った。
「けど高校ではそんなことなかったんじゃないか?」
「分は弁えてたしな。俺の家金持ちの部類だから面倒ごとは困るし、喧嘩も表沙汰にはならないようにしてた。高校入ってからはきっぱりやめてたんだけど」
「……俺のせいで喧嘩したんだな」
「あれは仕方ねぇだろ? 俺はむしろ慎也が約束守ってくれてたこと、嬉しかったし」
「けど、」
させたことに変わりはないからな……。危険なことに巻き込んだのは変わりない。
「原因は俺だったみたいだし、慎也が気負う必要ねぇよ。どっちかっていうと、あんだけ存在を主張したのに気づいてもらえなかった方が辛かった」
「……悪い」
「ははっ、気にしてねぇって」
でも気付いてやれなかった。それどころか邪険にも扱って……それでもこいつは待ってた。俺が気付くのを、待っててくれてたんだ。
「俺は信じてたし」
「え?」
「慎也が気付いてくれるって」
……気づかなかったらどうしてたんだよ、馬鹿野郎。
「それに気づいてなくても少なからず俺のこと、気にしてくれてたんだろ?」
「は?」
俺一度だってそんなそぶり見せたけっか。
「凜那から聞いた。寂しがってたって」
にこにこすんな。
「寂しがってはない」
言う必要ないだろ、女王様。……ばらしてやろうか、あの性格を。
けど結局は寂しかったのかもな。俺は分かってなくてもどこかでこいつが悠斗だって気づいてて。同じ懐かしさを感じていたからこそ、こいつが来なくなって、あの物足りない何かにも気づいたんだ。
って、ん?
「なんでお前、俺があそこにいるってわかった?」
あの感じじゃただ帰ったようにしか思えないはず。
「あーそれは、まだ慎也いんのかなって図書室に行ったら、鍵が開けっ放しで放置されてたからさ。絶対閉めていく慎也にはありえねぇなって思って」
「俺に何かあったと?」
「おう。あとは勘」
それだけで気づくってどんな勘だよ。来てくれたことは助かったが、逆に怖いわ。
「行ったらやられてるし、今度こそ守りたいって思って。あの状況見た瞬間、俺、切れたからあんまり覚えてねぇんだけどな」
「助けに来てくれたのは嬉しかった。……が、お前もできるだけ喧嘩はすんなよ。『親友』が怪我すんのは、見たくない」
「……そうだな。でもそれは約束できねぇかも」
「はっ?」
なんでだよ。
「俺は慎也絡みなら多分真っ先に手を出すんで」
「いや駄目だろ、それは」
普通は喧嘩に飛びつく時点でアウトだろ。
「お前自分が【King】だってこと忘れてないか?」
「いやいや、忘れてねぇよ? 学校のそういう問題ごとを正すのも《Jack》のメンバーの役目なんで」
まさか日頃こんなことをしてるんじゃないだろうな……?
「まさか最近図書室に来なかったのも……!」
「それは文化祭の準備で忙しかっただけだから、何もしてないから。安心して」
「安心できねぇ……」
……まぁ、いいか。そういうことにしておこう。
多分こいつは変わってない。昔は人が傷つくのを見たくないから争いごとが嫌いだった。それは今も変わらない。ただ、守るために強くなって争うことを覚悟しただけ。矛盾してるが、それが今の悠斗なんだ。
「さてと、もうそろそろ中に入んねぇと。押すぞ、慎也」
車椅子に乗る俺の後ろに回って悠斗は病院の中へと押し始めた。
「悠斗、……あいつらは、どうした」
ふと疑問に思ったことを言ってみたら、車椅子が止まった。悠斗はあいつらをどうしたんだろうか。警察送りとか、か?
「……何もしてねぇよ。ただあいつらに依頼したメンバーは退学になった。そのあとのことは俺は知らない」
悠斗がそういうならそうなんだろう。あとは学校側の仕事だもんな。それで終わったんならそれでいい。
「……なぁ、慎也?」
襲ってきたあいつらの処分が正当なもので安心してほっと息をついた。けど後ろから聞こえてきたのは少し震えた悠斗の声。
「ん?」
あくまで震えていることには気づいてないように、簡単に相槌を打った。
「これからは……普通に側にいてもいいのかな、って。あ、いやだってさ、今まではうざがられてんだなってのは分かってたし、放課後だけにしてたけど」
「おう」
「別にもう遠慮しなくていいんだよな」
怖い、のか。だから声が震えてるのか。……そうだよな。親友だって思ってた奴が自分に気づきもせず、きつく当たってたら誰だって怖いよな。気にしてないふりしてても俺だってそうなるよ。
だからこそ、俺が言うことは一つだ。
「そうだな、遠慮なんてしなくていい。これからは色々聞かせてくれよ。今までのこと、全部」
「……おう!」
待っててよかった、そう小さく聞こえたのは聞き間違いじゃないと思う。さっきとはうって変わって嬉しそうな声だ。
また親友といられることに喜んでんのはお前だけじゃないぞ。こいつは分かってないな、絶対。けどそんな悠斗にちょっとだけ笑みがこぼれた。
これからどんな学園ライフが始まるんだろうか、少し楽しみだ。あぁでも、読書の時間の邪魔だけはするなよ、悠斗。俺もよくお前の読書を邪魔してたが、今度邪魔したら蹴り入れてやる。あの時間はもう俺の癒しだからな。
まぁこんな俺はこれからこいつら、いや主にこいつに振り回されるんだが……それはまた別の話ってことで、物語的にくくっておこうか。