第9話
Another Story
綾野 祐介
第9話
翌日の朝、懐中電灯、ロープ、拳銃は手に
入らなかったので警棒のような物、シャベル、
手袋など考え付くものを揃えて結城良彦は再
びインスマスに戻って来た。瓦礫の山になっ
ている教会のような建物の中に地下に降りる
階段を見つけたからだ。綾野祐介から渡され
た本の中にいくつか廃墟や教会跡で禁断の稀
覯書を見つけるパターンがあった。何かが発
見できるかもしれない。
少し階段を降りて行くとしばらく廊下のよ
うなものが続いた。部屋のドアがいくつかあ
るのだが瓦礫に埋もれている。人間の力では
どうしようもない量だった。仕方なしに結城
は先に進むことにした。奥にはさらに下に降
りる階段があった。そこを降りようとした時
だった。
「そこで何をしている?」
英語で話しかけてきたのは黒ずくめで闇に
溶け込んでいるかのような男だった。
男の名前はリチャード=レイといった。話
をしてみるとどうも目的は結城と同じで何か
本の類が残されていないか探しにきたのだ。
お互い盗掘のような立場を確認しあって協力
関係を結ぶことに成功した。リチャードは祖
父の代からの邪神ハンター(こう呼んでほし
い、というのがリチャードの希望だった。そ
れが正式な呼称なのかどうか結城には判別が
つかなかったが。)らしい。その活動をする
中で稀覯書にはとても有効な手段が記載され
ているというのだ。成果は共有する、という
条件で二人は階下へと進んでいった。
下の階へ続く階段は緩やかではあったが長
いものだった。元の協会の位置からはかなり
ずれているに違いない。右へ左へ少しずつ曲
がったりしているのでどちらの方向を向いて
階段が続いているのか、既によくわからなく
なっていた。
降りていくにつれて何か地響きのようなも
のが聞こえてきた。
「う~~~。」
何かのうめき声にしても決して人間のそれ
ではない、と感じさせる。
「リチャードさん、あれは?」
「いや、私にも理解できない。あれは人間の
発する音ではないな。」
リチャードも結城と同様に感じているよう
だ。人間ではない、何か別のものだと。
リチャードは拳銃を持っている。それを頼
りに二人は更に進んでいくのだった。
しばらく進むにつれて声、いや叫びとでも
言おうか、は大きくなっていった。ただより
不明瞭なものになっている。人間のうめき声
に近い。だが、こんなうめき声をあげる人を
想像できない。それと悪臭が漂ってきた。マ
スク無しではかなり辛くなってきている。ジ
ャラ、ジャラと何か鎖でも引きづる様な音も
聞こえる。
「いったい何がいるのでしょうか。」
結城良彦はあまりにも不安になってリチャ
ードを振り返った。だが、その答えは彼も持
ち合わせていないようだ。表情がそれを告げ
ていた。
少し広くなっている場所に出た。感覚で言
うともうそろそろ海に近い筈だ。方向と距離
を間違えていないならば。
「あ、あそこに何かあります。」
そこには井戸のようなものがあった。重そ
うな鉄の蓋が掛けられている。二人掛りでな
んとか蓋を降ろした途端、さっきまで聞こえ
ていた声が止んだ。
「この中に何かがいるようだね。」
こんな場面に慣れているのかリチャードは
冷静に言った。
「なっ、何かって何でしょうか?」
結城の言葉は無視された。リチャードは懐
中電灯を穴の下に向けてみた。
その中のものは突然明かりを向けられてパ
ニックになったように突然叫びだした。4~
5mほどの穴の下に何かが蠢いている。大き
さとしてはほぼ人のようだが、人というには
それはおぞましい生き物だった。
人と魚の雑種とでも言えばいいのか。瞼の
ない開いたままのむき出しの眼球。指の間に
は明らかに水掻きがあった。歯はほぼすべて
が犬歯のように尖っている。皮膚は鱗に覆わ
れているようだ。よく見えないが背中には鰭
のようなものがあるのかもしれない。とても
人語を解せるようには見えない。
「あれはいったい何なのですか?」
「深きものどもの成れの果てだろうね。なに
かの罰なのか、ここに閉じ込められていてそ
のまま忘れられてしまったようだ。」
深きものどもとはクトゥルーの眷属だそう
だ。結城にとってはつい最近手に入れた情報
ではあるが、多少のことは理解できた。ただ、
どうも小説と現実の区別がつきにくくなって
いる。あくまでただの小説の中の話であって、
現実のこととは思えないのだ。しかし、今目
の前で蠢いている物体は確かに結城が読んだ
本に出てくるものから想像できるものだ。
それは数年前に放置されていまだ生き続け
ている。元々人間であったとしても、最早到
底人間とは呼べないものだ。
「こいつはとりあえずここに置いて行こう。」
二人掛りでまた蓋をして結城良彦とリチャ
ード=レイは先に進むことにした。ここから
出た後でリチャードが然るべき組織に連絡を
してあの深きものどもは回収することにした。