第8話
Another Story
綾野 祐介
第8話
何が真実で何が虚構なのか。どこまでがフ
ィクションでありどこからがノンフィクショ
ンなのか。それとも真実と事実の間に曖昧な
境界線が引かれているとでも云うのだろうか。
いくつかの現場を取材し、何人もの関係者に
話を聞いた今、結城良彦には判らなくなって
いた。
創作された神話に多少の現実を散りばめる
手法でH.P.ラヴクラフトとその弟子のよ
うな人たちは一種独特の世界の構築に成功し
ていた。あくまでそれは小説の形で発表され
た創作の世界である。しかし、その中で語ら
れている話の一部には事実が含まれている。
取材する中でその現実と対面した結城は、日
本で起こったことも何らかの関係があるので
はないか、と思われてきた。合衆国政府はも
ちろん、日本政府も事件を隠そうとしている。
これは一般市民に事実を知らせられないと判
断したためだ。ではそれはどういう意味なの
か。単なる墓場荒らしや何かの怪物が出現し
た事件は、それ自体はセンセーショナルであ
っても完全に報道規制されるような種類の事
件では無い筈だった。
ではなぜ報道規制されたのか。それはそれ
らの事件の裏に到底想像もつかないおぞまし
い事実が隠されているからに違いない。それ
は今、結城が目の当たりにした事実と重なる
のだ。
インスマスの住人の一部、いやかなり多く
の人々には確かにインスマス面と呼ばれる特
徴が見られる。結城はインスマスにも足を踏
み入れてみた。そこは数年前にほぼ全焼して
いたが、少しだけ残されている建物を見ても
この街がかなり寂れていたことを思わせた。
バスは火災後無くなってしまっていたので、
タクシーを頼もうとしたが、どのタクシーも
行き先をインスマスと云うと断られてしまっ
た。仕方なしにレンタカーを運転して自分で
向かった。街が近づくにつれて何かしら異様
な臭いが漂ってきた。漁村特有の磯の臭いに
似ているがとても比較できるような臭いでは
なかった。ハンカチで鼻を押さえなければ十
分といられない。ドラックストアのような店
が一軒、半分ほど焼け残っている。すぐ近く
にギルマンホテルと看板はすすけているが簡
易ホテルのような建物も半分以上残っていた。
どうやら海に近づくほどひどく焼けてしまっ
ているようだ。
教会のような建物もあった。建物そのもの
はほぼ全焼している。少しあたりを歩いてみ
た。すると地下に降りていくための階段のよ
うな入り口を瓦礫の下に見つけた。結城はど
うしてもその下を見てみたくなった。しかし
懐中電灯もない今、とりあえずは断念するし
かなかった。この場所は多分ダゴン秘密教団
の教会があった場所のはずだ。結城は一度ア
ーカムに戻って装備を整えた上で再びインス
マスを訪れることにしたのだった。