第30話
Another Story
綾野 祐介
第30話
「大学入学以前より僕は新山教授と連絡を取
り合い不老不死の研究をしていました。僕が
小学校高学年の頃からになります。教授は娘
さんの事がなくても早い段階から不老不死や
死者の蘇生に興味を持っておられたのです。
そこで同じ目的の僕とも協力しあって、大学
に入ってからも、ずっとそれだけをやって来
ました。ある程度のところまでは僕が独自に
考えた方法で不老という部分に関しては成功
しました。細胞学上ほぼ不老を成しえたので
す。」
それは、画期的な発明の筈だった。
「但し、この方法は冒涜的過ぎて一般に流布
される類の方法ではありませんでした。様々
な、それこそ読むだけで忌避されるような書
物の数々を研究し辿り着いたからです。そし
て僕と教授は不死の研究に移りました。但し、
そのころから教授は不死ではなく蘇生に力を
注ぐようになっていったのです。それはもち
ろん近い未来に訪れると思われた娘さんの死
を思ってのことだったと思います。」
新山教授は無表情で聞いている。恩田助教
授はショックが隠せない。
「僕は飛び級でこの大学に入っているので、
今年で18歳になります。8年ほどでこの
段階を迎えられたのは一重に教授の公私とも
に献身的な異常とさえ言える努力と冒涜的な
部分の隠蔽に支えられてのことだと感謝して
います。但し、僕の研究の目的は1年程前に
水泡に帰してしまったのです。僕の目的は、
僕が両親と呼んでいる二人の人間の不老不死
を成しえることでした。それが不慮の事故と
いう、なんとも耐え難い出来事で不意に終焉
してしまったのです。それからは、目的を失
ってしまった僕に教授はご自身の娘さんの蘇
生に協力する、という目的を与えて下さいま
した。恩田助教授、申し訳ありません。僕も
奥さんの蘇生に立ち会いました。今となって
はただの興味でしかありませんが、人間の不
老不死は必ず到達できると思っているので
す。」
杉江の口調は淡々としていたが、とても寂
しげだった。自らの両親を不老不死にしよう
と頑張ってきたのが無駄になってしまったの
だから当然か。しかし、綾野は少し引っかか
った点があった。
「杉江君、不躾で申し訳ないが、今の話で気
になったことがあるんだが、聞いてもいいか
い?」
「どうぞ、お答えできることなら。」
「両親と呼んでいる、と言っていたよね、そ
れは実の子じゃない、というような意味なの
だろうか。」
「ああ、いや、少しご説明が必要でしょうね。
そうではないのです。遺伝子上は全くもって
両親の実子で間違いありません。但し、綾野
先生が純粋な人間ではないのと似たような事
情で僕も普通の人間ではないのですよ。だか
ら人間のような死に方はしません。既に成体
にまで成長しましたから多分見た目はこのま
ま変わらないでしょう。僕は老いないのに両
親が老い、死んでいくのが辛かったのです。
だから僕は人間の不老不死の研究を始めたの
です。」
新山教授は知っていたようだが恩田助教授
は明らかに動揺していた。彼には色々と知ら
されていないことがあったようだ。
「僕の正体は、この際置いておいてください。
いずれお話するときもあるでしょう。そんな
こんなで僕と教授は沙織さんの脳の蘇生に成
功しました。身体は今のところ損傷が進まな
いよう丁重に保存している、といったところ
でしょうか。但し、中身はいろいろと交換さ
せていただきました。転移していた部分は全
部、転移の可能性のある箇所もほぼ交換が終
わっています。あとは、脳を元に戻すだけ、
といった状況から、一歩も前に進めないのが
現状なのです。」
綾野も桂田も動揺していた。杉江が人間で
は無い、との告白も衝撃的だった。綾野のよ
うに旧支配者の遺伝子を引継いでいる訳でも
なく、桂田や岡本浩太のように一旦吸収され
て遺伝子が変容してしまった訳でもないよう
だ。自らを人間とは違う存在として元々認識
していたらしい。
(まさか、何かの旧支配者の一柱だとでも言
うのか、それなら大変なことだ。)
そう思う綾野だったか、口にはできなかっ
た。




