第11話
Another Story
綾野 祐介
第11話
「ええ。」
「あの粉は処分された者たちだ。」
「処分された者たち?」
「どういう意味ですか、あれはただの粉じゃ
ないですか。火葬した灰とか。」
「そうじゃない。あれは全てだ。」
「全て?」
リチャードの言う意味は二人には理解でき
なかった。灰ではない。火葬したものではな
い、という意味なのだろうか。
「全て、という以外に説明のし様は無い。か
なり強引に説明するとすれば人間を酸のよう
なもので完全に溶かしたもの、だがこの説明
は少し違うな。」
「酸、ですか?」
「いや、それは君たちに判りやすい様な言葉
がほかにないからそう言っただけだ。胃酸、
と言った方がまだ近いだろう。」
リチャードによると胃酸?のような液体に
よって処理された人間一人分が壺ひとつに収
められているらしい。
「それを触ったらどうにかなるんですか?」
「何も変化はないかね?」
「特に何も?」
「この粉は死者再生に必要なとても重要なも
のなのだ。ただ、この粉だけでは死者再生の
用は成さないのだが。不用意に触れたものに
は、さっき話した酸のようなものを生成した
ものの呪いがかかるらしい。教団の者に特に
注意して扱うように指示を出した、と記され
ている。ただ、生成したものについてはただ、
『かのもの』と言う表現しか記されていない
がね。」
特に綾野には変化が見られない。直ぐに症
状が現れるような呪いではないのか、それと
も呪いは掛けられなかったのか、今のところ
判断はつかない。
「それと様々な稀覯書についてもその所在が
記されている。いくつかはこの部屋に保管さ
れているようだ。あとは、例えばネクロノミ
コンの所在などは我われの間ではよく知られ
ている場所を記しているだけだ。ミスター綾
野、あなたの探しているサイクラノーシュ・
サーガはこの部屋にあると書かれているぞ。」
「そうですか、ありがとうございます。でも
この部屋の一体どこにあるのでしょうか。」
「そこだ。」
リチャードが指し示したのは右側の壁に置
かれた大きな箱だった。右の棚にはその箱し
か置かれていない。正面に置かれていたたく
さんの箱よりも一回り大きいものだ。
綾野は直ぐに開けてみた。そこには先ほど
みた粉が箱いっぱいに詰められていた。
「こっ、これは!」
「綾野先生、触っては駄目です。呪いが、さ
っきは少量だったので無事だったかもしれま
せん。こんなに大量な粉に触れたらどうなる
か判りませんよ。」
「ミスター綾野、その箱はその場所からは動
かせないように細工がされているようだぞ。
箱そのものをこわしてみよう。」
リチャードはそう言うと箱の隅を狙って拳
銃を発砲した。ところが、箱は壊れるどころ
か傷ひとつ着かなかったのだ。
「壊すことも出来ないようだな。」
「私がやります、どうせさっき粉には触れて
いるのですから、私しかできる人間はいない、
ということでしょう。」
「そういうことになるな、どうしても君が例
の本を手に入れたいのなら。」
リチャードは止めようとしなかった。結城
も綾野の表情を見て声が掛けられなかった。
死すら覚悟している顔だったからだ。
綾野は無造作に箱に手を入れて探っていた。
「あった。」
綾野が箱から取り出したのは古い、想像も
つかないほど古い書物だ。だが背表紙も表紙
も結城には全く読めなかった。
「間違いないな、これはサイクラノーシュ・
サーガだ。」
「リチャードさん、判るのですか?」
「エイボンの書と同じ言語で記されているか
らな、当時のサイクラノーシュでの公用語だ
ったのだろう。ミスター綾野、この本の解読
は私がアーカム財団と早急行おう。任せても
らえるかね。」
「ええ、お願いします。私は暗号解読は結構
得意なのですが、古代文字となるとそれほど
ではありませんから。アーカム財団には私か
らも依頼しておきます。」
「綾野先生、でも本当に大丈夫なのですか、
何か変化はありませんか?」
結城にはそれが気がかりだった。本は綾野
が外気に触れないように袋に入れてリチャー
トに手渡した。少し様子がおかしい。
「うっ、うおうううううう。」
急に綾野が叫びだした。顔を押さえている。
いや、目だ。右目を抑えている様だ。
「目、目が、目が焼ける、溶ける、熱い、焼
ける。」
綾野は床を転げまわっている。その声から
はとてつもない痛さが伝わってくる。
「先生、綾野先生!」
結城の声は届いていないようだ。
「うわぁぁぁ。」
急に綾野の体が静止した。相変わらず右目
を押さえて俯いている。
「だっ、大丈夫ですか。」
綾野は暫くそのままだったが、やがて左手
を突いて腰をあげ、立ち上がりかけた。結城
は慌てて手を差し伸べた。そして綾野の顔を
覗き込んだ。
「せっ、先生!」
今度は結城も静止してしまった。綾野の顔
はもう右手で覆われていない。
「どうしたんだ。」
リチャードも綾野の顔を覗き込んだ。
「その右目は一体なんだ。」
結城とリチャードが覗き込んだ綾野の右目
にはただ暗黒が、そう暗黒としか表現できな
いものがあるだけだった。




