第1話
『クトゥルーの復活』『ツァトゥグアの恐怖』『ナイアルラトホテップの影』三部作のサイドストーリーです。
Another Story
綾野 祐介
第1話
その記事は全国紙に第一報が掲載された後
続報が一切掲載されなかった。墓場荒らし、
というのは火葬が主流になった現代にはほと
んど見られない犯罪なので、本来なら詳しく
続報が出るはずだった。ところが、滋賀県の
湖西地方で起こったこの事件は一切闇に葬ら
れてしまったのだ。誤報である、という記事
も出なかったのは、誤報ではなかった、とい
うことではないのだろうか。なぜその事件の
続報が出なかったのか。結城良彦は妙に気に
かかった。
結城は本来東京本社で政治記者をしている
筈だった。ある事件がきっかけで関西に跳ば
されて京都府警詰めの事件記者を去年の秋か
ら命じられたのだった。事件記者を目指して
いる者も数多く新聞社には居るのだが、結城
は政治記者になりたかった。その夢が叶った
矢先にある政治家の収賄事件を追っていた結
城に上層部からストップが掛かった。取引が
あったのだ。結城は信じられなかった。日本
で一、二を争う新聞社が裏取引で政治的スキ
ャンダルをもみ消したのだ。日常的に行われ
ている、とは聞いていたが政治記者になった
途端に自らに火の粉が降りかかってくるとは
思っていなかった。結局結城はその件で京都
に転勤になってしまった。結城は滋賀県出身
だったので、地元に近い支局に転属されるの
は本人に配慮してのことだと説明されたが、
そんな話はとても本当のことには聞こえなか
った。多分そう伝えた上司も同じように思っ
ていたことだろう。しかし、庇ったりしては
くれなかったのだ。
墓場荒らしの記事は自分の担当ではなかっ
たので詳しくは知らなかったのだが、その記
事を書いた、同じ京都支社の先輩で滋賀県も
担当していた佐々木伸介に事件の詳細を聞こ
うとした矢先に佐々木は本社に転属になって
しまった。朝結城が出社してみると佐々木が
居ないので聞いてみたら今日付けて転勤した
と教えられたのだ。昨日まで全くそんな話は
聞いていなかったので上司にそういうと、
「ここからさらに遠くに転勤したいかい?」
と言われた。佐々木の転勤も含めて何らかの
圧力が掛かったのだ。結城は腹立たしかった。
自らを地方に追いやり、今度は逆に佐々木を
東京へと追いやってまで隠そうとする真実。
これが新聞社の実態なのか。
一度は圧力に屈した結城だったが、今度は
それを跳ね除けようと考えた。事件の真相を
追うのだ。早速東京に行ってしまった佐々木
に連絡を取ろうとしたのだが、駄目だった。
不在、不在、不在。何度電話しても同じ答え
だった。携帯電話の番号も変えてしまってい
る。新しい番号は同じ社員とはいえ教えても
らえなかった。
仕方なしに結城は当事者に直接取材してみ
ることにした。まずは墓場荒らしの犯人を捕
まえた警官に連絡を取ろうとした。小さな駐
在所の巡査だったのだが、この男も既にどこ
かに転勤した後だった。住み込みの駐在所に
は別の巡査が引越ししてきていた。県警に問
い合わせてみたが、赴任先は回答してもらえ
なかった。徹底的に事件を消してしまうつも
りだ。かなり大きな力を持った人間、又は組
織の仕業のようだ。結城は俄然燃えてきた。
こうなったら徹底的に調べてやろう、そう決
意したのだった。