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夏至の庭  作者: 西東行
第2章 真珠の櫛
11/16

3

「ソンメルと申します。オレクタンテ様にはお時間を取っていただき、感謝いたします」

 男が名のる声は低くかすれていたが、抑揚は優しげと言えるほどゆるやかだった。

「かまいませんのよ。どうぞおすわりになって」

 オレクタンテはソンメルと名のった男を広間に案内し、自分も長椅子に腰をおろした。

「友人から聞いていますわ。ヴァラとレートのことですのね」

「さすがにお耳がはやい。さよう、ヴァラ様たちのことで、お話をうかがえればと」

 ソンメルは魔術師にありがちな、年齢を推測しづらい風体の男だった。中肉中背、容貌にもこれといって特徴はない。表情の読めないまなざしと、地味な服の襟元や袖口からのぞくいくつもの胸飾りや腕輪などの護符が、魔術師らしいと言えばらしいだろうか。

「魔術師組合は以前から、しばしばヴァラ様に助言を受けておりました。ヴァラ様は各方面に顔がききましたからね。仲介や調べものをお願いすることもよくありました。この夏も、彼女にあるものを探してもらっていたのですが、あのように突然亡くなったので、あるものの行方がわからなくなってしまったのです」

「それで、ヴァラの側近だったレートを探していらっしゃるのね。彼女なら、ヴァラが探していたものを把握していますもの」

「そうです。もともと、ヴァラ様になにかあったときは、知りえた情報も現物も、すべてこちらに引きわたしてもらう約束でした。レート殿にはそれをさがすよう頼んでいたのですが、彼女は数日前、姿を消してしまったのです。おそらく、我々が探しているものと一緒に。魔術師組合も探しておりますが、足取りがつかめておりません。そこで、ヴァラ様たちと親しかった方々に、心当たりがないかと尋ねてまわっている次第です」

 オレクタンテは眉をひそめた。レートは本当にその物品を持ち逃げしたのだろうか。まさかべつの誰かに、売りわたすつもりか。いずれにせよ、たいへんな掟破りだ。

 オレクタンテは首をふった。

「心当たりはございませんわ、ソンメル様。たしかにヴァラとは親しくはしていましたけれど、レートとはヴァラの側近という以上のつきあいはありませんでしたの。ただ、レートがヴァラの名を汚すような、不誠実なことをしたというのは意外な気がします。彼女はヴァラに忠実でしたから」

 ソンメルにとって予想していた返答だったのだろう、気にかけた風もなく、うなずいた。

「オレクタンテ様が、はじめてレート殿に会われたのはいつのことでしょうか」

「五年ほど前かしら。ある呪いの解呪の方法について、ヴァラに助言を求めたましたの。そのときレートにも会いました。よい主従という印象を受けましたわ」

「ふたりがいつ、どのようにであったか、ヴァラ様から聞いたことがおありですか」

「一度もありません」

 ソンメルは少し考えこむように目をすがめた。

「しかしヴァラ様とは親しくしていらしたのでしょう?」

「ええ。ですが個人的なことや昔の話は、ほとんどしませんでしたの。ソンメル様、私は今も、ヴァラの本名さえ知らないままですのよ。シノニムやペリにしてもそうですわ。私たちのあいだの礼儀というのかしら」

「ですが少なくとも、大切な愛用の品を遺品として受けとるほどの仲ではあったはずです。なにか――」

「――遺品……」

 オレクタンテがふともらしたつぶやきを、ソンメルは聞き逃さなかった。

「遺品がどうかなさいましたか」

「いえ……ヴァラから譲られた遺品が、形見分けにしては大げさな、宝物といってもいいほどの品だったのが、少し気になっていて」

「たしか真珠でしたな?」

 ぬかりなく調べはついているらしい。

「ええ。大粒の真珠がそれは見事なもので」

「年代物の首飾りとか。調べたところでは、さる貴族の姫君の持ち物だったそうですな」

 ソンメルはあまり関心のないふうだったが、オレクタンテは動きをとめた。

「首飾り? なにかの間違いですわ。ヴァラからもらったのは櫛です」

 ソンメルはほそい目を大きく見はった。

「櫛!? しかし、ヴァラ様の遺言状を拝見したところ、あなたには真珠の首飾りをゆずると明記されていましたが。それに、シノニム様とペリ様も、あなたは真珠の首飾りをうけとったと」

「まさか。そんなはずはないわ!」

 あのふたりは、装飾品の種類を間違うような人間ではない。どの貴族の家にどんな宝石や装飾品が伝わっていて、誰がいつ身につけたか、誰に贈ったか、すべて素知らぬ顔で観察しているのだ。王都のほかの誰が忘れても、あのふたりが忘れたり間違うはずはなかった。

 しかしそれでは、なぜこんな齟齬が起きるのだ。ふたりが示しあわせて嘘を言っているというのか。

 そんなはずはない、と信じたかった。

(それに、レートは)

 彼女はヴァラの所有する装飾品はもちろん、遺言の内容も遺品の由来も承知していたはずだ。レートは意図して、オレクタンテにべつの品をわたしたのだろうか。

 でなれば、いったいなにが起こっているのか。そして、あの真珠の櫛はいったいなんなのだろう。

「オレクタンテ様。その真珠の櫛を見せていただけますか」

 ソンメルはすでに腰をあげていた。

「もちろんですわ」

 オレクタンテは長い裾を引き、自室へソンメルを案内した。

「誰か、私の装飾品をしまっている長持をだしてきてちょうだい」

 すぐに、小間使いの少女がふたりがかりで長持ち運んできた。その大きさに、ソンメルは驚いた様子だ。オレクタンテはかまわず、鍵をとりだして長持ちを開ける。

 そして、装飾品の入った小箱を次々とりだしていったのだが。

「……ないわ」

 呆然として、つぶやいた。

 オレクタンテは、装飾品は種類ごとにきちんと整理してしまっている。なにがどこにあるか、わからなくなることなどない。

 それなのに、長持ちを底までさらっても、ヴァラの遺品としてゆずりうけた真珠の櫛が見あたらなかった。

「おかしいわ。先日の夜会で身につけて、ちゃんと埃をぬぐってしまったのを覚えていますもの。長持ちの鍵だって、私が管理して」

 ソンメルは、オレクタンテの言葉に不信を抱いている様子は見せなかった。

 かわりに、唇をぐっと引き結んだ厳しい表情で、黙って長持ちを見おろしている。

「ソンメル様。あの櫛はなんですの? 私には教えていただけますわね」

「そうですね。よろしいでしょう」

 ソンメルは、やや青ざめた顔でオレクタンテを見やった。

「その真珠の櫛は、黒魔術師の呪具――人を呪い殺すためにつくられた道具です。我々はヴァラ様に依頼して、呪具を探していたのですが、見失っていました。ですがどうやら、その手がかりをここで見つられけたようですな」




「呪殺のための道具ですって?」

 オレクタンテは思わずあとじさった。

「さよう。呪殺にはいろいろやり方はありますが、ほとんどの場合、魔の……穢れた邪霊を利用します。恨みを抱いて死んだ者の怨念、長く苦しみぬいて死んだ者の断末魔、絶望や狂気などを利用するのです。獣でもいいが、恨みといえばやはり人です」

 ソンメルの説明は淡々としていたが、オレクタンテはぞっとして、我が身を抱いた。

「なんて忌まわしいんでしょう」

「まったく」

 ソンメルはうなずき、つづける。

「呪う相手を決めてから、相手にあわせて呪具を準備することもあり、そのほうが確実ですが、時間がかかります。そこで黒魔術師によっては、急ぎの依頼にも対応できるように、あらかじめ怨念を準備している者もいるのです」

「準備?」

「ひどい死に方をした者の遺体か、あるいは誰かを――いや、やめましょう。とにかく怨念を集めるわけです」

 説明を途中できりあげられたせいで、かえってあれこれとつづきを想像してしまい、オレクタンテはいよいよ気持ちが悪くなった。

「ともかく、念には実体がありませんから、不安定で変化しやすい。そこで、ものに封じておくのです」

「それが呪具ですのね。そして今回の場合は、真珠の櫛だと」

「そうです。我々は先だって、黒魔術師をとらえたのですが、その者が所有していたずの強力な呪具が見つかりませんでした。その黒魔術師はよく貴族の依頼を受けていたので、もしやすでに誰かに手わたしたのではないかと。それで、社交界にも顔の広いヴァラ様にお願いしたのですが」

 オレクタンテはソンメルにむきなおった。

「そしてヴァラは見つけましたのね。でもレートはなぜ、それを私にわたしましたの?」

「禁忌の技でつくられた呪具は貴重なものです。自分が手に入れるつもりだったのかもしれません。我々が探していることは承知していましたから、いったんあなたにあずけて自分から遠ざけ、あとで回収するつもりだったのかもしれませんね」

 ソンメルはそこで言葉をきった。

「あるいは、自分でも知らないうちに、髪飾りを正しい遺品と思いこんで、あなたにわたしたのかもしれません」

「知らないうち?」

「はい。呪具の影響を受け、知らぬ間に操られているかもしれないということです。呪具にこめられた念が強ければ、ありうることです。シノニム様やペリ様が、あなたがうけとった遺品のことを覚えまちがえていたことを考えると、こちらのほうが正解かもしれませんね」

「ですが、呪具がなんのためにレートを操る必要がございますの」

「もちろん、魔術師組合の手に落ちないためでしょう。我々は怨念を浄めてしまいますから。でも怨念のほうは、そんなことを望んでないんです。恨みを晴らすことだけを欲しているのですよ」

 鉤爪のようにまげられた女の指を、オレクタンテは思いだした。あの手は呪う相手を欲しているのだろうか。

「――そうだわ、ソンメル様、これをお伝えしなければ。この館で、気味の悪い女の幻を見かけましたの。あれも、呪具に関係があるのではないかしら」

「気味の悪い女ですか?」

 オレクタンテは庭園と屋内で見た、不気味な女の姿をソンメルに説明した。

「見かけたのは今日だけですが。今、私の魔術師がくわしく調べているところですわ」

 ソンメルは性急な様子で身をのりだした。

「魔術師の方にお話をうかがえますか」

「ええ。こちらです」

 サウラの部屋の前で、オレクタンテは扉を叩いた。

「サウラ。集中しているところをごめんなさい。でも先刻の気味の悪い女のことで、わかったことがあるの。入っていいかしら」

 しかし返事はない。

「サウラ?」

「オレクタンテ様。開けてください。はやく!」

 返事を待たずに、ソンメルは扉の取っ手に手をかけ、開いた。

「――サウラ!!」

 オレクタンテは叫んだ。彼女の魔術師は、床の上で昏倒していた。




 オレクタンテの悲鳴で集まった執事や小間使いが、サウラを寝台に寝かせた。が、いくらゆすっても彼女は目を覚まさなかった。

 ソンメルはしばらく、サウラの額に手をあてていたが、唐突に立ちあがった。

「このような事態になるとは思ってもいませんでしたので、私も準備ができておりません。すぐに魔術師組合に戻り、応援を呼んで参ります。それまでサウラ殿は静かに寝かせていてください。そしてもし真珠の櫛が見つかっても、お手を触れぬよう」

 そう言いおいて、あわただしく立ち去ろうとする。それへオレクタンテは、すがるように問いかけた。

「お待ちください、ソンメル様。ひとつだけ。真珠の櫛がこの夏至館に入ってから日数がたっているのに、なぜ今になって急に大きな力をつけるようになったのでしょう? サウラまでこんなふうに倒れるだなんて」

 ソンメルは、しかし、すまなさそうに眉をひそめた。

「申しわけありませんが、真珠の櫛の実物を調べてみないことには、なんとも言えません。しかし推測ですが、なにか強い恨みの感情に触れたのではないでしょうか。そのために封じられていた怨念が刺激を受け、目覚めたのではないかと考えられます」

「強い恨みの感情?」

 オレクタンテが真っ先に思いうかべたのは、エルドニア子爵だった。夏至館で催された夜会で、エルドニア子爵が庭園で彼女をとらえかけたとき、オレクタンテの髪にはあの真珠の櫛が飾られていたのだ。

(サフィレットの残したお前さえ片づければ、思い残すことはないという気もしているのだ――サフィレットめ、この私をさんざんに利用しやがって……)

 浄められることを望まず、ただ恨みを晴らしたがっている呪殺の道具が、エルドニア子爵と重なった。

 子爵はオレクタンテをとらえる機会を逃したあと、王都の邸にこもりきりになっていると聞く。邸のおくで、子爵はなにを思っているのだろう。オレクタンテとサフィレット伯爵への恨みを、今なおつのらせているのではないか。

 思って、オレクタンテはぞっと身をふるわせた。

「オレクタンテ様? いいですね。くれぐれも真珠の櫛を見つけても触れぬよう。女の姿を見ても無視してください。竈神の祭壇のそばに行って、守ってくれるよう祈るんです」

 ソンメルは今度こそ夏至館を辞去した。

「オレクタンテ様……」

 事情がよくわかっていない小間使いたちが、心配そうな目でオレクタンテを見ている。執事はさすがに泰然としているが、それでも邪霊相手では彼を頼りにできない。

 オレクタンテは無理にほほえんだ。

「大丈夫よ。それよりあとでまた魔術師組合の方たちがいらっしゃるから、そのつもりでね。ほかのお客様は、今日はおことわりしてちょうだい。それから、誰かサウラについていてあげて」

 執事と小間使いに命じると、自分は長持ちを片づけに、自室にむかった。

(その場にそぐわない不自然なものをもらうときは、もっと気をつけるべきだったわ)

 オレクタンテは装飾品を収めた小箱をひとつひとつ、長持ちにしまいこんでいく。

 作業の途中で、なにげなく目をあげると、鏡が目に入った。枠はごくほそい真鍮の、あっさりした意匠だったが、上半身がぜんぶ映るほど大きく、少しはなれていても見やすかった。今も、作業をしているオレクタンテの姿がよく見えた。

 だがそこに見えたものを、オレクタンテは即座に理解できなかった。

 鏡に見入り、わかったとたん、恐怖に身をこわばらせる。

(――嘘……)

 人を殺すために怨念をこめられた、あの真珠の櫛が、オレクタンテの黒髪にささっていた。

 だが自分で髪にさしたはずは、ぜったいにない。ソンメルも、なにも気づいていなかった。黒髪につけた純白の真珠など、見逃すはずがないのに。

 それでも鏡のなかの自分は、なんど見直してもたしかに、大粒の白い真珠を髪に飾っていた。

「いや……っ!」

 オレクタンテは無我夢中で、櫛をはずそうと髪に手をのばした。

 そのとき、氷のように冷たい手がオレクタンテの手に重なったかと思うと、頭にぐいとおさえつける。

「きゃああ!!」

 オレクタンテは悲鳴をあげた。櫛を持った手をおさえつけられたせいで、櫛の歯が頭の地肌に突きささってしまったのだ。歯はそれほど鋭くないとはいえ、ひどい痛みにオレクタンテは頭をかかえる。と、熱くぬるりとしたものが指をつたった。あわてて指を見ると、血がついていた。

「……あ……」

 オレクタンテは力の入らない足で、それでもなんとか立ちあがった。

 ソンメルは、なにかあれば竈神の祭壇のそばへ行けと言った。だがオレクタンテの頭を占めるのは、母と、ルーザ=ルーザだった。

(助けて)

 母の炉端に行きつけば安心だ。そう思うのに、足が思うように前にすすまない。

 これは悪い夢ではないのか。オレクタンテはそう思った。こんなことが、現実に起こるのだろうか。呪具など、そもそもなにかの思い違いではないのか。混乱と疑念のなかで、恐怖の感情だけがはっきりとしていた。ただ、怖かった。

 血が頬をつたう。だが痛みなど気にならなかった。

(ルーザ=ルーザ……!)

 心のなかで名を呼んだ。

 しかしいくらもすすまないうちに、なにかに足首をつかまれて、オレクタンテは床に倒れてしまう。

「く……」

 うめいて、それでも起きあがろうとしたとたん、またも硬直した。

 目の前に、翠色の衣装が立ちふさがって、行く先をはばんでいる。

 オレクタンテは息がとまって、あえぐことすらできなかった。

 もはや怖ろしいと感じる心さえ、麻痺していた。

 恨みという感情だけで実体はないと、ソンメルは言っていた。だがオレクタンテのすぐ目の前にある衣装は、どう見ても実物にしか見えなかった。生地の光沢も、触れればやわらかそうな質感も、しわも、裾にほどこした紅い刺繍も、すべてつぶさに見て取れる。

 ただ、間近に人の肌のぬくもりがあるという感じがしなかった。ひどく寒いせいかもしれない。

 目の前の衣装は染みひとつなく清潔なのに、オレクタンテにはひどく不潔なものが目の前におかれたような気がした。

 オレクタンテは顔をあげることができなかった。女の顔を、しかも自分を見おろしているに違いないそれを、見る勇気はなかった。女が自分を見ていると想像するだけで、全身がふるえた。

 どれくらいそうやっていただろう。おそらくたいした時間ではなかったはずだ。

 頭上で衣擦れの音がした。

 女が腕をふりあげたのだと、オレクタンテは感じた。

 力なくさげられた腕の、指先だけは鉤爪のようにまげられていたことを思いだし、オレクタンテは総毛立った。あの指先で、女はなにをするつもりなのだ。

(助け――)

 突然、部屋のすみで、なにか重いものが床に落ちる大きな音がして、オレクタンテは気をそらせた。

 次の瞬間、凄まじい音とともに露台につづく扉が蹴破られた。

 ルーザ=ルーザが抜いた剣をひっさげ、オレクタンテの部屋にとびこんできたのだ。

「おい! 無事か!」

「ルーザ=ルーザ!?」

 オレクタンテは叫び、顔をあげる。

 だがそのときには、女の姿はもう消え失せて、見えなかった。

 あわてて髪に手をやる。真珠の櫛はなかったが、血はまだ流れていた。

「すごい殺気がしてたぞ。大丈夫か」

 ルーザ=ルーザは剣をまだおさめずに、足早にオレクタンテに歩みより、膝をつく。

「血がでてる。なにがあった」

「……ルーザ=ルーザ……」

 オレクタンテは安堵のあまり、声がつまりそうになったが、なんとか声をしぼりだした。

「人を呪い殺すための呪具が、夏至館に入りこんでいたのよ。魔術師組合の人がきて、教えてくれたわ。でも組合の人は応援をつれてくるって行ってしまったし、サウラはなにがあったのかわからないけど失神してしまって、誰も頼りにできないの」

「呪具?」

「真珠のついた櫛よ。強い怨念が封じられているんですって。きっと、エルドニア子爵の恨みに触れて、封じられていた怨念が目覚めて動きだしたんだわ。だからあの女は、私の前にあらわれるのよ」

 話すうちに、落ちついてきた。オレクタンテは自分の感情を抑えつけることには慣れていたのだ。

 ルーザ=ルーザはそんな彼女を見おろしていたが、立ちあがると剣を鞘におさめ、部屋を見わたした。

 そして、なにに気づいたか部屋のすみに行き、なにかを拾いあげる。

 ルーザ=ルーザが借してくれた、火神の護符だった。表面が焦げたようにすすけ、鎖が切れている。ルーザ=ルーザは護符をじっと見ていたが、小さくため息をつき、ふりかえった。

「とにかく、手当てをしないとな」

 小間使いに薬箱を取りにやらせ、処置をする。幸いにも深い傷ではなく、サウラがいなくてもなんとか手当てができた。

 それから、魔術師組合の人間がきたら知らせるようにと言い残して、母の家に移ることにした。

 扉の前で、ルーザ=ルーザを呼びとめる。

「お願い。お母さんには、呪具のことは黙っていて。心配させたくないの」

「わかった」

 ルーザ=ルーザは素直にうなずいた。

 母の台所で夕食の支度を手伝い、三人で食事を取る。無理をせずとも笑い、和やかな態度で過ごすことができた。

 だが夕食が終わり、夏の長い薄暮がようやく暗くなっても、魔術師組合の人間はやってこなかった。



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