⑤
「じ、じんつうりき……?」
ジンギはサキのことを見上げながら、彼女が言った言葉を復唱する。
困惑は未だ収まらないが、それは否定できないからこその困惑であった。なにせこの目の前にいる少女は、ジンギの常識を打ち破る技をやってのけたのである。少なくとも、自分の常識の範疇に収まらない存在であることをジンギは認めざるを得なかった。
「これで少しは信じてくれたかしら?」
一方で少女は笑顔を浮かべながら問いかけてくる。ジンギは黙ってうなずいた。
「OK! それなら説明の続きをさせてもらうわね」
そう言って、先ほどジンギを切りつけるために立ち上がっていたサキは、再び机の上に腰かけた。それを見てジンギも立ち上がって椅子に座る。
「じゃあ、改めて言わせてもらうけど、あたしはこの世界……まあ私たちは天下界って呼んでるんだけど……それとは違う天上界っていう並行世界から来たの」
「そう……なのか」
正直未だにサキの言葉を信じられないジンギであるが、同時に先ほどの光景を見せられては否定する材料がないのも事実であった。
「で、でもさ……。お前が異世界人であるのと、さっきのトーナメントとかはどう関係あるんだよ」
「そうそれ。そこがあたしにとっても本題よ」
サキは指を鳴らしながらウインクする。
「あたしたちの世界ではしきたりで、1000年に1度、この天下界から天上界の統治者、通称『神』を選ぶっていう慣習があるの。『神』に選ばれる条件は1つ、『より神通力の扱いに優れた者であること』……。だからあたしたち天上界人はこの世界中に散らばって〝神の候補者〟を選び、彼らを戦わせる。そして勝ち残った1人を天上界の神として迎え入れるのよ。その戦いをあたしたちは――神の戦いと呼んでいるわ」
「じゃあ何だ? トーナメントって言うのはその神の戦いとやらを指してるのか?」
「そういうことよ」
「ふむ……」
ジンギは顎に手を当て、何やら思案し始める。
「ちょっと確認したいんだが、さっきお前、候補者の名前とか言って俺の名前言ってたよな?」
「言ったわよ。リングつけた段階で参加の意思表明をしたことになるもの」
「リング? ああ、もしかしてさっきくれたこれ?」
ジンギが右腕につけたリングを指差すと、サキはうなずく。
「そうか、これか……」
「うん。それよ」
「………………」
「………………」
「ふざけんなぁああああ!」
ジンギは激高してリングを外そうとする。が、外れない。
「ああ、悪いけどそれ自分じゃ外せないようになってるの。神の戦いのルール事項に『担当の天上界人の許可なくリングを外すことはできない』っていうのがあるから。というわけでそれはあたしにしか外せません」
「何だよそれ! だったらお前が外せ!」
ケラケラと笑うサキにジンギは右腕を突き出した。
「えー、何でよ。そのリングわりと似合ってるじゃない」
「アホか! このリングをつけたらその神の候補者ってやつにさせられて、神の戦いとかいうバトル展開に巻き込まれちまうんだろ!? だいたい参加の意思表明って言ったが、俺は参加するとか一言も言ってないぞ!」
「そりゃまあ、つけてって言った時は何も話してなかったしね」
「てめえやっぱり確信犯か! 言っとくが俺は喧嘩なんてほとんど経験がないぞ! そんな奴をこんな詐欺同然の方法でバトル展開に巻き込もうとするとかお前正気か!?」
「フフフ。あんた甘いわね」
「何だと?」
不敵な笑みを浮かべるサキにジンギは眉をひそめる。
「さっき何のために神通力を見せてあげたと思ってるの? あたしたちの世界は、あんたたちの世界から見れば異能に溢れているのよ。そこが主催するトーナメントが普通の喧嘩だとでも思った?」
「ど、どういうことだよ?」
「つまりね。あんたが今から参加することになる神の戦いっての言うのは、その神通力が勝敗を大きく左右するってことよ。ちょっとこれを見て」
そう言ってサキは右手を肩の高さくらいにまで挙げた。ジンギがそれに目を向けると、次の瞬間にはその手に先ほどジンギを切りつけたものとまったく同じナイフが握られていた。
「うおっ!?」
「驚いた? さっきの治癒術とは違って、こっちのは『物質形成』っていう神通力の特性のひとつよ。エネルギーを質量に変換させることで無から物質を作り出す術でね、それをあんたちのような神の候補者が行った場合、それは特殊な道具〝神器〟となるの。そしてこの神通力と神器、これらを使いこなした者が神の戦いにおける勝者になるとっても過言ではないわ。実際の喧嘩の強さなんてたいした問題じゃないの。すなわち、喧嘩の経験の少ないあんただって十分勝ち目があるってわけ。わかってくれたかしら?」
ひとしきり説明し終えてサキは満足そうな様子を見せていたが、そんな彼女へジンギはジト目を向ける。
「……で、それと俺が神の候補者とやらにさせられたことはどう関係あるんだ?」
「え? だって勝ち目があるなら参加してくれるんでしょ?」
「そんなこといつ言った!? だいたいだ! そんな神通力だの神器だの変な要素が加わるとか、明らかに危険度が増してんじゃねえか! 俺は絶対参加なんざしねえぞ! いいからこのリングを外せ!」
最終通告だと言わんばかりにジンギはサキの顔近くに右腕を突き出す。これでも聞かないようであれば、少々手荒な方法でも使ってやろうとジンギは考えていたが、一方で右腕を突き出されたサキは徐々に顔をうつむけていった。
「ん……? お、おい……」
「…………うるさいわね」
「へ?」
顔を上げれば、サキの表情は険しく変わっていた。ジンギはその剣幕に一瞬ひるんでしまう。
「何よいつまでもうだうだと文句ばっかり……。男なら自分の置かれた状況を素直に受け入れなさいよ」
「はいい!? 何お前開き直ってんだよ! どう考えてもお前が俺を騙すようにリングをつけさせたんだろうが!」
「知らないの? 世の中には騙される方が悪いって言葉があるのよ」
「それ堂々と使う言葉じゃねえよ! ……くそっ、俺が今日どれだけ期待したと……」
「え? 何? 何か期待してたの? うわ~いやらしい……」
「お前のどこにそんなこと言う権利があるんだよ!……」
人気のない廃工場の事務所の中、高校生くらいの年齢の男女が言い争いを始めていた頃……。本来ならまず人の寄りつくはずのないこの場所に、それを傍から見つめる者がいた。
「ケケケケケ、見失った時はどうしたもんかと思ったが……ようやく見つけたな」
短髪に糸目、そしてジンギが着ているものと同じ制服を身に付けたその男は、まさしく先ほどジンギの後をつけていた男であった。
男は事務所の扉についた窓からジンギとサキの様子を眺めているのだが、言い争いに夢中になっている2人はまったくその男の存在に気が付いていない。
「不意打ちにゃあ絶好のタイミングってわけだな。ケケケケケ」
そして男は右手に自らの得物を持ち、窓を通して狙撃するように構える。
「神器『ジョウロ』!」