①
「ごめんなさい」
告白とは青春を謳歌する高校生にとって一大イベントである。それも体育館の裏となればベタもベタな告白スポットであり、今日もまた、ここに2人の男女が顔を見合わせていた。
「その、安倍君はすごくいい人だと思うんだけど、出来れば安倍君とは友達でいたいっていうか……」
「……そっか」
「あの、本当に気持ちは嬉しかったんだけど! その、ごめんなさい……」
「あ、いや。そんな気にしなくても大丈夫だよ。むしろこっちこそこんな話を持ちかけてごめん。これからも友達としてよろしくね」
断られたほうの男は残念そうな様子であったが、笑顔で女の子へ言葉を返した。
「うん。それじゃ……また」
そう言って女の子は走り去って行く。そんな彼女に向かって、男はただしばらく手を振り続けていた。
……しかし、女の子の姿が見えなくなった瞬間――
「何故だぁあああああああ!」
絶叫しながらその場に崩れ込んだ。結局それまでの彼の態度は、ただ強がりにすぎなかったようだ。
「アッハハハハハハハ! まーたフラれちまったのかよジンギー!」
「やれやれ、高校入学からわずか2カ月で7連続失恋……2桁行く日もそう遠くなさそうじゃないか。ジンギ」
フラれた男が悔しさのあまり四つん這いで凹んでいると、物陰から2人の男子生徒が現れた。
そのうち1人は茶色がかったくせ毛の男子生徒であり、もう1人はやや長身の眼鏡をかけた男子生徒であった。前者の男は指をさしながら腹を抱えて笑い、後者の男はうっすら笑みを浮かべながら肩をすくめていた。
「……山崎、竹田。てめえらいつから見ていた?」
この2人の登場に気がつき、さきほどフラれた男は呪いでもかけそうな目で2人のことを睨みつける。
「いやいや、おーちつけってジンギ。俺たち『安倍仁義の恋を応援する会』がお前のフラれる現場に立ち会うなんて当然のことじゃん」
くせ毛の男、山崎が答えた。
「しかしジンギ。お前はつくづくつまらん男だな。たまにはフラれるという予想を覆すことはできんのか?」
眼鏡の男、竹田も答えた。
「何だよ『安倍仁義の恋を応援する会』って! お前らに応援された覚えなんざねえぞ! というかお前ら応援する会のくせに、どっちも話が振られる前提になってるじゃねえか!」
鋭いツッコミを入れながら、四つん這いの状態から振られた男が立ち上がる。
彼の名前は安倍仁義
彼は周囲から、あだ名で『ジンギ』と呼ばれていた。
「だいたいさー! 『いい人だけどごめんなさい』って何だよ! いい人以上に何が要るっていうんだよ! ……そもそも『友達でいたい』とか、俺あの娘と話したの今回がほぼ初めてだったのに」
体育館裏から教室までの帰り道、ジンギは2人の友人に愚痴をこぼし続けていた。その愚痴を聞いている2人は時折ジンギから目を反らして笑ったり、必死に口を手で押させたりしており、明らかにジンギの不幸話を楽しんでいるようであった。
「なんつーか、その断られ方って絶対気を使われてるよな。ジンギってこれまでその断られ方何回されたの?」
「…………な、7回……」
山崎の笑い声が狭い放課後の廊下に響き渡って行く。
「何それお前! 7回中7回って10割じゃん! 伝説のバッター遥かに超えちゃってるよ。お前!」
「7回も告白してるくせに、ろくな統計が作れそうにないな」
「うっせーよお前ら! 友達なら慰めの言葉一つくれたっていいじゃねえかよ! というか寄越せ慰めの言葉!」
「まーまー。落ちつけよジンギ」
半ばキレかかっているジンギを山崎がなだめようとしていると、ジンギの方の動きが急にピタリと止まった。
何事かと山崎は思ったが、ジンギの目は彼を見ておらず、そのずっと後ろの方へ向けらていた。山崎もその視線に沿ってその方向に目を向けてみると……そこにはたくさんの書類を抱え、おぼつかない足取りで歩く女子生徒の姿があった。
「ふむ。大方委員会の仕事か先生に頼まれたのだろう。まあそれでも男子と違って女子だと後から教師にお礼をもらえそうだし、大変そうだとも思えんな」
横では竹田がそんな風に解説を入れていた。しかし問題はジンギの方だ。半ばキレかかっていた状況だというのにいち早く彼女の存在に気が付いていた。何か嫌な予感がし、山崎は視線を戻してみる。
「ワリィ、お前ら。ちょっと俺行ってくるよ」
山崎が振り返った時には、すがすがしいほどの笑顔を浮かべながら既にジンギは駆けだしていた。彼の失恋のショックは、もうすっかり消え去ってしまっているようである。
「……失敗してしまえ」
山崎はあきれ顔でそう呟き、竹田は小馬鹿にしたような目をジンギに向け、彼らはジンギを置いて先に歩いていった。
「……なんでだよ。なんで一瞬たりとも目を合わせず『あ、すいません。別に要らないです』なんだよ。距離置かれてたよ。絶対あの娘に俺距離置かれてたよ……」
新たな失恋のショックを抱え、ジンギは鞄を携えて校門に向かって歩いていた。教室に戻った時には山崎も竹田もその姿が見えず鞄もなかったので、既に帰ってしまったのだろう。ジンギは愚痴る相手もおらず1人でぶつぶつと文句を垂れ続けている。
「……ん?」
校舎を出たあたりで、ジンギは校門の前に見覚えのある人影が2つあるのに気がついた。先に帰ったと思っていた山崎と竹田である。ジンギは何故この2人が未だにいるのか疑問に思いつつ見つめていたが、やがて2人の方がジンギの存在に気がついた。