そのいち
話全体に言えますが、視点がころころ変わります。一応段落で分けるつもりですが、読みにくかったらすみません。
アイラは城を目指して歩いていた……少なくとも本人はそのつもりであった。肝心なのはアクアと別れた時すでに城とは逆方向を目指していたという事実だ。アイラがそのことに気がついたのは、エメディールの街と外を区切る城壁の前に立った時だ。振り返ると、ジェイドの王城が見えた……遠くに。
アクアに道を聞いてから別れるべきだったとか、いっそ王城まで連れて行ってもらえばよかったとか、もっと早くに疑問を持つべきだったとか、そもそも何故今まで気づかなかったのか、などと思っても全て後の祭り、というやつだ。こうなったら、門番の兵士に頼んで、案内してもらう方が早いかもしれない。そう思った時、背後に気配を感じた。
「何してんの、姫さん。約束の時間まであんまし余裕ないよ?」
軽薄そうにも聞こえる声に振り返ると、赤毛の青年が立っていた。武人風の格好をしているのにいまいち“しまり”がないのは、彼がうさんくさい作りものの笑みを浮かべているからだろう。
「……言われなくとも分かっている。しかし、何でここにいる? あいつに呼ばれてたんじゃないのか」
姫さん、の呼称にはつっこまずに青年を見ると、青年は頷いた。
「その主人が、姫さんが道に迷っているような気がする、って言うからさ。何か手伝える事があるなら手伝うよ? 主人の言いつけだからね」
「そうか。なら王城まで連れて行ってくれ。今ここに現れたと言う事は、出来るんだろう?」
アイラは遠慮のかけらも見せずに言いきった。青年はにっこりと笑みを深くする。
「当然。精霊王を見くびらないでよ。というか、姫さんも出来たでしょ、空間転移……王女様とお友達なんでしょ? その権利をもらってたよね」
その言葉に、アイラは胸をはって答えた。
「方向音痴なめるな。座標指定が上手くいかないんだ」
青年……炎の精霊王は何か言いたげな顔をしたが、すぐに仮面のような笑みを浮かべた。
「色々気に食わないけど、お手をどうぞ、お姫様」
アイラがその手を取ると、二人の姿は一瞬にしてかき消えた。周囲の人間は、何も気がつかない様子でそばを通り過ぎていった。
一方、アクアは図書館に到着していた。外部の人間が利用するには利用証が必要なので、それを発行してもらっていた。
「アクアレーデ・グランダさんですね。蔵書を持ちだす場合はまた別の証書が必要なので……」
適当に相槌を打ちつつ、利用証を受け取ると、アクアは書架に向かった。外国人、特に南の術者に簡単に貸出許可が与えられるとも思えなかったので、聞く必要がなかったのだ。
閲覧室の壁には大きな地図が貼られていた。といっても、詳細な地図は国防の面から機密情報扱いなので、大雑把なものであるが。地図には四つの大陸と中央に小さな島が描かれていた。島は他にもあるけれど、人が気にすべきなのは、その五つだけでいいのだ。神が住む世界樹の島と、それを囲む東西南北の大陸。後は基本的に精霊達のもので、ヒトが住みたがる場所ではない。南北は聖域とも呼ばれ、北には男性、南には女性しか入れない。“神殿”とも呼ばれるが、実体は異能者と孤児の保護施設だ。18までにパートナーを見つけて術者になり仕事をするか、東西大陸に適当な土地を貰って独立するか。東西大陸は“普通の”人間のための土地で、そこに馴染めない者達の土地だ。それ以上でも、それ以下でもない。アクアはそう思っている。
「すみません。魔術理論の書架はどこでしょう」
通りすがりの婦人に声をかけると、婦人はやさしく微笑んで、右の部屋をさし示した。
「ありがとうございます」
アクアは部屋に入ると、分類表を眺めた。頭痛がしそうなほど細かく分けられた表に眉をしかめつつ、書架の間に足を踏み入れた。