~部族と魔法と戦争と~5
小さな揺れ。
地上にいると天敵に狙われやすい鳥類はわずかな揺れでも目を覚ます。
少しでも動くと見つかる。なぜなら、生き物は止まっているものに対しては気付かないことも多いが、動くものに対しては敏感だからだ。
寝たふりをして匂いを嗅ぐ。どこからどう考えても初めての匂いが三つ。ガルドの匂いに近い。事は上で起きているようだ。ガルドはどうしたのだろう?
カチャカチャという金属音。メタル・バット・ビーストのものだ。
僕の脳裏に今まで大人しくしていた考えが頭の中を覆った。
__ガルドは敵であり裏切り者だ__
今ここで何が起こっているか見ておかなくては、後で損するかもしれなかった。しかし、あの知らない匂いに殺されたくない。
ガルドは僕を殺すことができないのだ。
だが、彼らは別。ガルドと知らない匂いが仲間である場合、「新たな仲間だ」と平和に終わる可能生は低い。
メタル・バット・ビーストが落ち着いている時点で戦闘は起こっていないとわかる。そして、彼らが向かう先は恐らく外。
とすると、ガルドがメタル・バット・ビーストを仲間に引き渡している。という裏切りの可能生が高い。
そして、僕の居場所を知っているガルドは、仲間にそれを教え、殺させるという手段もあり得る。
ガルドと知らない匂いが敵だった場合は、大人しくしていれば見つからないかも知れない。
賭けだ。
僕は、様子を見たいという誘惑に負けた。薄目を開けると、この部屋には多分敵がいないことがわかる。
さらに目を開けてみると、頭上の穴が一瞬暗くなった。同時に風が顔に当たる。
ガルドの尻尾に似た振り方。月明かりを遮るそれは、とても大きなものだった。彼らは僕のことを知らないようだ。
「おい」
潜めた声だった。
「おい、行くってんだろ」
さらに大きな声で言った。
ガルドとソックリの口調だ。尻尾を振っている方ではない。
新たな影が差す。実際こんな形を見たのは初めてだけど、それが翼であることが空飛ぶ者には瞬時にわかった。
長細い。上の方にかぎ爪らしきものがあり、その反対側には四つの棘が規則正しく並んでいる。棘の間はモモンガの飛膜のようにへこんでいた。
やっぱり裏切りかもしれない。ガルドは前からおかしかった。
でも、また疑ってばかりではいけない。そうしていたら、ガルドのようになって、ひねくれてしまうだろう。
いや、ガルドの事をほとんど知らずに毛嫌いするだなんて、それこそ悪いじゃないか。
僕は考える程にひねくれてしまうようで、苦しくなった。
ブウウウン。風が吹き荒れて影は消えた。
思わず穴の真下に行って上を見上げる。
すると、話の中でしか出会った事の無い生き物がいた。
あの凛々しい翼と二本の角、ほっそりと長い顔。蛇の様に細く滑らかで、自由自在に動く長い尾。
ドラゴン……話でしか聞いたことのない、地上を制する生き物。
彼らは飛びながら話していた。
「バカ、もうちょっと綺麗に離陸しろ。オレらの名が廃るぜ」
「黙れ。このプライドばっかき気にする野郎め」
彼らは、話の中のドラゴンと違っていた。
気高きドラゴン。それは言葉だけのくだらないプライドと化し、ただの悪態をつく獣となっていた。
呆然としていた僕は後ろの気配に気付かなかった。
「お前、見てたな」
ガルドの牙が青く輝きだした。
*********
夜風で頭を冷やした後、ディレーズはうろに戻った。
すると、彼女らは床一面に本を広げているではないか。どうやらドラゴンの本らしい。空を飛べる二頭は、床一面に広げていても踏まずにいられるが、大きな足のディレーズには困りものだ。
「すまないが、本は一冊ずつ出して、次のを読むときにすぐしまうんだ。本は悪くなるし、私が入れない」
そう言うと二頭は困った顔をした。
「私達、本は出せるんですけど、戻せないんです」
スピネルが言った。
彼女らは、本と本棚の隙間に蹄や角のドリル状の隙間を引っ掛けて本を取る。ページもめくれるが、本を持ち上げることは出来ない。手が無いのだから。
ディレーズは大きなため息をついて本を片付けだした。
そんな中、彼女らは大体の本が片付いてくると、また本を出して広げた。
それにしても次の本にいくペースの早いスピネルたちを不思議に思って、ディレーズは聞いてみる。
「どうして、そんなに読むのが早いんだい?」
「読んでませんから」
クリュが即答した。
そうだ、彼女らには文字を教えていない。つまり、彼女らは挿絵だけを見ているのだ。
そんな、一時収拾つかないと思われたイタチごっこも、月が西にあまり傾かないうちに終わった。
そして、スピネル達にはお気に入りの本ができたのである。挿絵が気に入ったからディレーズに読んでもらったのだ。
そしたら面白かった。人間という生き物のいる世界に一頭のドラゴンが迷い込んでしまう。そのドラゴンは、人間と協力し、故郷に戻るという話だ。まだ続きがあるが、今日のところは寝ることにした。
ディレーズは鏡に布をかけに、はしごを伸ばす。このうろは、月光を反射させて明るくすることができるのだ。
光は薄くなり、柔らかい影が彼らを包む。
スピネル達は吸い込まれるように眠りについた。
しかしディレーズは、彼女らの引っ張り出した本を見つめて薄明りの中で起きている。
「こんな本など……」
ディレーズは静かに拳を握った。
実を言うと、ディレーズはかなりの本好きである。
それ故、ここにある本の事は全て知っていた。なのに、この本は知らなかったのだ。
自慢ではないが、生きがいの一つがそれであるのに、崩されたのが悔しかった。
それだけではない。
ドラゴンは、ディレーズを殺しかけたのだ。なぜドラゴンが良い奴なのだと、怒りが込み上げてくる。
ディレーズは古ぼけた赤い表紙を撫でて、それをしまった。
*
明くる朝、妙に嫌な予感がして跳ね起きた。ディレーズはまだ寝ている。クリュは同じ予感がしたのか起きていた。彼女らはうなずきあい、立ち上がる。
二頭はうろから出る前に外を覗いた。キラキラと光る青。その後ろに火が舞っている。そして彼らは動きを止めた。
「お前ら、世界を知りたいと思わねえか?」
青色が口を開いた。顔つきはどう見ても昨日森で見た蛇と一緒。でも、草をたくさん潰して迫ってくる程の大きさではないし、こんな綺麗な色でもなかった。
あまりに唐突な問い掛けに戸惑うばかりになった。
「詳しく聞かせていただきたい」
ディレーズだ。さっきの声で起きたに違いない。
「お前には、きいてない」
刺々しく青色が言う。赤い鳥は黙って動かない。
「私はこの者達に命を助けられた。恩人なんだ。キー……」
「お前にはきいてないっつたろ」
途中で遮った。
「もう一度きく。この世界のことを知りたくないのか?」
そう、彼女らはこの世界のことについて知らなければならない。この者達は確かにたくさんの事を知っているようだ。でも、行ってはいけないような気がする。
「そうか、おい行くぞガルダ」
ガルダと呼ばれたその鳥は縦に飛び上がり、方向を変えて出て行こうとする。その瞬間顔が見えた。
二頭はあの顔をどこかで見た覚えがあるような気がした。
ひょんなことがあったが、三頭は紅茶を飲むと昨日と全く同じように、探検に出る。
しかし、こういう事はたて続けに起こるのだ。




