~魔法と部族と戦争と~4
「そうだ、君達は?」
君達はと言われても……だ。まず、何を言えばいいのかわからない。戸惑った様子で黙っていると、
「名前とか、どこから来たとか」
それもわからなかった。どこから来たのだろう。ただ、起きた時には木の傍にいた。
「では、角のある方はスピネル、翼のある方はクリュでどうだ」
あとから聞いた話によると、スピネルは尖晶石と呼ばれる先の鋭く尖った石のこと。クリュとは、畑を表す言葉らしい。この時は意味を知らなかったが、語呂が良かったので気に入った。
「それでは、スピネルにクリュよ、助けてくれてありがとう。恩返しになるかはわからないが、こっちに来なさい」
急に堅苦しくなった。それに、なぜ礼を言われるのかわからない。
しかし、それ以上にさっきの不可解な現象について何も言わない事が不思議だ。それに、平然としている。
ディレーズなら知っていそうという勘をたよりに、スピネルは思い切ってきいてみた。
「あの、さっきの……」
「ああ、あれは青龍っていってな、四神の一つだ。全部で四ついる。」
キーシャの言っていた四神。彼らによって私達はこの世界を離れるのだろうか。
というより、私が聞いたのは、青龍が消えてしまった事とディレーズの傷が治ったのはなぜか、といことだ。
「あの、何でその青龍が消えたのかって事と、あなたの傷が治ったのかをききたかったんです」
「ああ、あれか……それは私もわからない。でも君達の起こしたことだろう。なあにキーシャが訪れる時は決まって不思議な事が起きるという。今回はそれが君達だったんだ」
私達がしたこと? クリュと顔を見合わせた。そんなことした記憶はないし、キーシャが何かやったのかと思っていた。これで、礼を言われた理由もわかったのだが。
ディレーズに連れられていくと倒れた木の隣に、さらに大きな木がかろうじて立っていた。根の半分がえぐり取られたようになっている。
「倒れそう」
クリュが言った。
「いや、これは昔ここに倒木があったんんだ。だが、それがいつの間にか腐って無くなってしまったんだ。その倒木の上にこの木の種は落ちたんだと思うが、その時は倒木が地面のようで、その倒木の形に沿って根を張ったが、今になって腐ったら穴が空いたみたいになっただけで、頑丈だ。倒れやしない」
ディレーズは穴の空いた木の根元の下草を手で除けた。
「さ、ここから入れる」
なんとそこには木の*うろができていた。しかも、角つき、翼つきの馬とディレーズの入れる大きさだ。
中に入ると掘っ立ての穴が根元にあり、床面積こそ狭いが、天井は空を突き抜けそうなほど高かった。
こんな空洞だらけで木が生きていることが不思議だ。そして、その壁には様々な色が並んでいる。
「ああ、あれは本だ。文字が書いてあって読むんだよ」
ディレーズは、常識を知らない私達を考慮して解説してくれる。
そして、適当に一つを取って渡してくれた。
分厚い板を回すように開くと、赤色のボコボコがある。さらに開くと、白いペラペラに黒く細い線が曲がったり途切れたりしていた。この黒い線が文字だろうか。これを読むらしい。スピネルはペラペラの間を器用に角を入れてめくっていく。スピネルはきいた。
「この白いのなに?」
「紙に決まってるでしょ」
クリュが答えた。ディレーズにきいたつもりだったが、常識問題に関しては、クリュが答えることも多かった。
クリュとは何故か自然に喋れる。私達は偶然木の下で出会った。でも、前から知っているような気がするのだ。って言ってもわからないのだが。
自分の事も知らない。
そんな時に一緒になって楽しんでくれる仲間が傍にいるほど心強いものはないものだ。
これは寂しさを知って初めてわかるのだと、スピネルはすぐに気付いていた。
こんな調子で話し込んでいると、ディレーズは本棚の隙間から、ありとあらゆる物を取り出していた。無論、二頭の目はそちらの方に釘付けだ。
「あれ、粉がお空に浮いてるよ」
「違うよ、透明な容器に入ってるんだよ」
とか、
「水の色が変わった」
「うん。あの粉から色が出たんだよ」
など。ディレーズはお茶を入れていたわけで、つるんとした容器にそれを注いだ。
「さあ、紅茶というものだよ」
と言われた。
さて、どうしたものか。赤い色水からは白い煙が上がり、なぜかけむたくない。その上に顔をやると、甘い香りに、温かさと湿っぽさが混じって同時に感じられる。
「それは飲むんだ」
ディレーズは容器の端についた丸い輪っかに爪の先を用心深く入れ、そのまま持ち上げて口に運んだ。
「熱いから気をつけて、しばらくすれば冷めるけど苦くなる」
何でそんなめんどくさいことをするのだろう。小川に言って飲みにいけばいいのに。
「川はないんだ。さっきいた青龍が昔も来てね、消してしまったんだよ」
「あの砂漠を抜ければ滝があるが危険なんだよ。だから、何度も行かなくていいように水を貯めておくんだが、あっちの水は体に合わないのか腹を壊すのでね。こうやって飲むしかないのだ」
ディレーズは森の騎士。森を守らなければならないのだから、移住することはできない。
私達も森を守ればいいのじゃないかしら。スピネルは思った。
森はいろんな事が知れそうだし、ディレーズはとても親切。彼と一緒に森を守れたら、とても楽しいだろう。
青龍みたいな悪い奴を倒す。スピネルには、とても言い事に思えた。
しかしながら、キーシャの言っていた世界。世界を知るということが、とても暗く感じられる。
「ねえクリュ。私達も、森を守りましょうよ。青龍みたいな悪い奴をたおすの」
クリュは目をキラキラさせてこっちを見た。
「ええ。約束よ」
そんな二頭を見ながらも、ディレーズはハッキリと言った。
「君たちは旅に出なくてはならないのだろう。森を守る事は途中で辞められない」
スピネルは、それでもと懇願する思いで声を絞り出した。
「じゃあ、お手伝いは?」
ディレーズはあっさり答えた。
「勿論、大歓迎だよ。探険にでもいくか? 森の作りの勉強は楽しい」
それからというもの、夕暮れの少し前まで森にでて勉強した。
水のおかげで土地ができたこと。薬草の種類と効果と使い方など、とても充実していた。これに関しての飲み込みはスピネルの方が早い。
そして、探険しながら草木を撫でるディレーズは嬉しそうだった。
ディレーズと草木に間には、甘やかしではないけれど、お互いに支え合っているようなものがあった。
唯一の仲というように。
「ねえ、結構綺麗じゃない?」
スピネルが急に切り出した。
彼女の言いたい事はつまり、悪い奴が居るというのに世界が美しい過ぎるという矛盾があるということだ。
「さっきも言ったとおり、キーシャが来る時は変わった事が起きるものさ。それで偶然悪い事も起きてしまった。だが、平和だ。いい所だ。森だって、私。いや私達が誇りを持って接すれば悪い奴なんて来やしない」
私達は微笑んだ。
木のうろに帰ったときは、狭間の世界や“とある木”について学んだ。こういう時はクリュが活躍する。
「なんでわざわざ“とある木”なんて言うんでしょう。ちゃんとソーマの木っていう名前があるじゃない」
こればかりはディレーズも答えられずに、頭を抱えていた。大きなかぎ爪で角の周りを掻いている。
「これは……あくまで推測だが、余りに強力な力を持っていただろう。だから、悪い奴が手を出さないように大切なものだって思わせる必要がある。それで、私達のような者には名前で呼ぶ権利など無い、と示したかったのかもな」
しかし、スピネルは反抗する。
「名前で呼んであげないなんて可哀想」
この言葉に、またディレーズは頭を掻く。まず、スピネルは説明を理解していない。
ソーマの木というものは、世界の柱となる力を持った木のことだ。普通の生き物とは違う。神聖なものなのだ。
北側の林がそうだ。沢山あるとはいえ、一滴でも私利私欲に使うと世界のバランスは崩れ去り、死を待つのみとなる。
「凄いよね」
クリュが感嘆したようにぼんやりと言う。
「だって、不死身でしょ。力持ちになるでしょ。強力な魔力まで使えるようになるのよ」
すごいねぇ。とスピネル達が言い合っていると。
「それで、あの木に手を出すような事があってはいけないよ。今のところ、そこまで悪い奴はいないがな」
__またニコニコと笑い合う、幸せな時間。彼女らはキーシャから告げられた使命を忘れているようだ。世界が平和だと、何も見ずに言える事は無い__
さて夜になり、寝静まったころだった。ディレーズは、風を叩きつけるバサバサッ、バサバサッという音がしているのに気付いて起きた。木のうろから出てみると、月に裏光りする機影が見える。全部で三つ。
スピネル達も出てきた。
「まるで、悪竜ヴリトラだな」
悪竜ヴリトラとは、干ばつを起こす黒いドラゴンのことだ。他の世界(我々の世界)の伝説であるが、草原と森の集合体みたいなのが荒野に一瞬で変わった日の夜に、月の逆光で黒く光るドラゴンなど、まさにそれに見えるではないか。
「あれはドラゴンだ。滅びたって言われてたがな」
あり得ないというように、ディレーズは言った。
「もう戻ろう。いい事は無い」
スピネル達は頷きあって、すぐに戻った。
「何が起こっているというのだ。この世界に……」
*うろ=木に、爆弾などの力が加わって穴が空いたもの。今回の作品では、別の理由がありますが、ネタバレになるので書きません。古木のうろはよくフクロウ類の巣穴の利用されます。




