真実と偽わりの章~グラジオラスとザミア10~
『それは心の大量虐殺だよ』
僕はぽかんとした。心を殺すというのがあまりイメージしにくいからだ。
『心は普通、目に見えぬ。だから心など存在しないとはよく言う者もいるがそうではない。確かに物事の判断を下すのは自分の頭だ。しかしその判断のためには経験がいる。心とはそれをためておく大切なものだ。それゆえ、悲しいことや辛いことほどためこんで、誤ちを犯さないようにするのさ。だが、それが限界に達することもある。そうすると生物は』
『心を手放すと?』
グ僕ははきいた。
『そのとおりだ。経験によって心があるから傷つくことをわかっているからね。傷の原因となる部分を手放してしまう。そういう者がどうなるかは、わかっているはずだ』
僕は自然とザミアの方を向いてしまった。
いきなり怒ったりと、子どものような行動をとるのは経験がためられないからに違いない。
『現代竜もそうだ。彼らは言われたこと、起こったことを鵜呑みにするだろう。だからどんな命令にも従って現代竜軍は勢力を伸ばした。彼らは捕虜を飢餓状態にしたり、暴言にさらしたりして心を手放させ、しもべにした。だが心が無いため、不調も訴えなければ、可能性も無いのだよ。人間の使う機械は心が無いから気まぐれで止まることはない。そのかわりに、勝手に高性能なものに変わることはなかったはずだ』
『それでは、心を殺して勢力を広げたものの、心が無いから現代竜自体は衰退していったと』
名も無き者はうなずいた。
『そして私が言いたいのは、殺された心の行き先だよ。殺された心は二度と戻らないことはなく、別の世界へ渡っていく。ただその世界の状況が一変したのさ。今までは心単独では経験をためこまなかった。しかし存在していなかった支配者が、その世界に現れたことで心単独でも経験を積むようになった。その証拠はザミアを見ればわかるだろう。君は今、なぜ震えているのだ?』
僕はザミアを見た。彼は最近よく、いきなり震えたり、痛がったりすることがあった。
『心は持ち主に戻ろうと、少なからず干渉するのだよ。ただ心が痛い目にあったりすると、持ち主も痛がる』
僕は寒気がした。
心を傷つけて一体何がしたいというのだろう。
『私が君に伝えるのはこれが最後だ。……心の世界の支配者はウィーキュウだ』
僕は翼をもがれ、崖から突き落とされたような感じになった。
あしもとが定まらず、漂うような。
『だから感傷的になるなと言ったのだ』
『待って、待ってください。なぜ彼なんです』
名も無き者は目を細めた。
『伝えるのはそれが最後と言ったはずだ。あとは自分で考えるなり彼にきくなりするのだな』
名も無き者は背を向けて立ち去ろうとしている。
『なぜそれは教えてくれないんです』
いけないとはわかっていながらも、非難するように言ってしまった。
『私のような純粋な光と闇を持つ者は、経験を積まぬために心も無い。そんな者が生者の心までを読み取ることはできぬ』
『でもあなたは僕の思考を読んだ』
僕は間髪入れずに言った。
『それは君がこの世界にいるからだ。別の世界にいる者の心は無理だ』
『じゃああなたが、世界を移動……』
『それも無理だろう。君は現代竜を見て恐ろしいと思っただろう。彼らは心が無いため、感情の起伏なしにただ存在している。私も同じなのだよ。私は生者の世界で生きるのに適してはいない』
視界が揺らぎはじめた。ねじれて、前がかすれて見えにくくなっていく。
『四つの翼は、生者の世界にいたのに……』
グラジオラスとザミアは、死者の世界から消え去った。




