真実と偽りの章~ウロボラズ外伝~
あの忌々しい言葉を言い終わった瞬間、紅蓮の空は群青に変わった。
いや、太陽が夜の衣をまとって別れの挨拶をしたようだ。
ついにこの時がやってきた。本当に、人間世界の太陽とはお別れだ。
「痛っ」
ザミアが消え入りそうな声で短く言った。
局部的に痛いというより、全体が痺れてしまっているようだ。
だが、そんな事にいまさらかまっている余裕は無い。
その時、何かにぶつかったような強い衝撃を受けた。
風圧のようだ。風で翼が開きかけ、飛ばされそうになる。目を開けていられない。
岩の隙間に爪をかけ、なんとかしのぐ。
時間が長く感じられた。
少しでも力を抜いたら、その瞬間に全てが水の泡となる。それが怖くて動けなかった。
もう、あの風圧は終わったのかもよくわからない。
右手に重みが加わった。
びっくりした僕は目を開ける。
ザミアだった。彼の痛みは治ったようだ、しかし怯えている。彼の目線の先にあるのは、穴だった。
さっきまであった岩壁は消えている。
僕達の世界への道。
風圧はもう無くなっている。
今飛び込まなくては、せっかくのチャンスが台無しだ。
僕はザミアを手で拾いあげ、翼を広げた。
翼は弧を描くような形にして振り下げ、ゆっくりと浮上する。
そのまま滑空し、吸い込まれるように穴へ入った。
*
突然、辺りは真っ暗になった。
僕は反射的にザミアを確認する。__いなかった。
自分以外は全て漆黒の闇に塗りつぶされている。自分ははっきり見えるのに、あとは何も見えないのだ。
恐ろしい。そんな感情が真っ先に出てきた。
次に出てきたのは、マイナス思考だ。
世界が終わってしまったのではないか。別の世界に入ってしまったのではないかと。
だがそんな事を考えているうちに、ぼんやりと光が見えてきた。僕に少しづつ近づいてくる。
最初は一つだったが、今は二つになっていた。
罠かもしれない。
こんな暗い所に入れられたら、誰でも不安になる。
そうして近づかせて傷つける奴がいるかもしれない。
でも、僕にあれを罠だと疑える余裕は無かった。
僕も、一歩ずつ歩みを進めていく。
すると、光はそれぞれ違う形をしているのが確認できた。
一つは人型。もう片方は四足歩行の生き物だろう。
距離感がつかめない為、大きさはわからない。
足が、だんだんと軽やかに進みだした。
どうやら、光は何かを覆っているようで中に何かいるのだろう。
色が見えてきた。
人型はまだぼんやりしている。
四足歩行の生き物は、胴体が水色のようだ。
彼らの容姿に集中していると、いつの間にか目の前に来ていた。
「ザミア!」
人型の光は、紛れもなくザミアである。
服が黒いせいでわかりにくかったのだ。
僕はふと、隣の者に目を向ける。
体は大柄な狼のようだ。肩の高さがザミアのみぞおちまである。
外側の毛色は青灰色。内側はシルバーグレーだ。
首にはたてがみがある。
そして最大の特徴は、人面だ。
年老いた、賢そうな顔だが不気味で怖い。
しかも、男か女かわからないのだ。
すると、彼の方から語りかけてきた。
『君はグラジオラスだね。ザミアが世話になった。……君に私の事を話してもわからんだろうが、彼ならわかるな』
そう言うと、彼は後ろを向いた。
また光が現れた。僕の近くに。
『あなたは……』
狼のような体をしている点は、人面狼と変わらない。
しかし、顔が違う。
長い鼻先、横についた細い目。突き出た犬歯。
そう、ドラゴンの顔だ。
竜面狼は口を開いた。
『私は"名も無き者"だ』
彼の首回りには動物の骨が輪になって漂っている。
穏やかな表情が、逆に緊張する。その者の力を感じているようで。
『それでは、僕は死んでしまったのですか?』
グラジオラス、ザミアは死んでしまったのか?
それとも生きているのか?
そして、名も無き者と過ごしていたガルダは一体!?




