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ウロボラズ外伝1 竜の仮面  作者: Lightning
真実と偽りの章
35/46

~束縛~囚竜2

ドラゴンの緩やかな滑空の音も、狭く一本に続いたトンネルでは暴風のような音として響き渡る。

また、あの拷問が始まるのだ。


薄暗がりの中に、鮮明な姿形が浮かび上がる。

名前はリュロクとか言っていた。逆光でこちらから姿を確認するのは難しいが、この覇気は精鋭部隊のものだと感じさせる。


こいつが、私の拷問番だ。


こんな謎かけがある。

自分のものなのに、他者がよく使うものはなーんだ。


答えは名前である。


しかし、私の名前はここに来てから他者に使われていない。

始めは、自分で自分に問いかける時に使っていた。

だが、今は自分で使う事も無い。辛くなって、忘れようとして、忘れてしまったから。


そんな考えにふけっていると、スルスルと腹ばいになって進んで来る奴の音がした。

続いて、何かの肉のいい匂いがする。


「リュロク、今だにこのブスは口を割らないと?」


ただものではないドラゴンの隣に現れたのは、紛れも無くガルドだ。形が蛇なのだから、すぐにわかる。


更に、ガルドの後ろについてきた下っ端が、囚竜用の肉を放り投げて来た。

実に一ヶ月ぶりだ。奴ら現代竜軍の食い散らかしだが、喰わない事には生きていけない。


リュロクは答えた。


「はい。その通りでございます。見ての通り、いくら痛めつけても無駄なのです」


私は肉と言うより、骨がメインの食事をとりながら思った。

リュロクは言葉を巧みに操って表現する事の出来る、現代竜にしては頭の良すぎる奴だ。

まず、ガルドなんかに敬語はもったいないと思った。


そして、何故こんな奴らの為に力を使っているのかと。


ガルドがこちらに近付いて来た。

口輪をされた私は、来るなと言う事が出来ない。


奴は私の左側から回って、こちらを注視している。

いや、自分の自由を見せびらかしているようだ。腹の底から燃え上がるような怒りを感じた。


だが、これは罠だ。こうやって精神を傷つけ、冷静な判断力を失わさせる。

奴らの欲しい情報を言えば逃がしてもらえると、思い込ませる為のもの。


奴は動きを止めた。

私の右腕の前で。


そこに、殺気が溜まってくる。

私は知っていた。これから何が起こるか。


奴にまだ翼と四肢と角があった頃の事だ。

爪で肉を引き裂き、自分の命令に従わないものなら殴り通す。

私以外の囚竜はいま口にしている食事のような姿になって、ここの床に散らばっていた。


そう、また新たな傷痕が増えるのだ。


手先に痺れるような感覚が表れた直後、噛まれた腕の周りから無感覚という痛みに襲われる。


痛みは生きている印。

感覚が無くなってしまうとは、その部分がダメになってしまったという事だ。


その時。


「なにやってーんの?」


大きな蝶々を頭に掲げて、ロベリアは突如現れた。

短めの首をしきりに動かして、私をじろじろ見てくる。


「ふーん。面白いじゃない」


ロベリアは予備動作が大きいが、奇術師のような手の動かし方を心得ていた。


ゴッ。


ロベリアはトンネルに落ちていたごつごつした石を拾い、私の右脚に投げつけてきたのだ。

それはガルドを見事に避け、私のすねに赤黒い液体の滴る跡をつくった。


なにかと右側の怪我が酷い。

理由は単純。


私の右目は戦いで視力が悪くなってしまっている。

それを知っている奴らは、万が一攻撃されても被害が少ないと予想される右側から攻撃するからだ。


「おいリュロク。ちゃんとこの位ぼこぼこにしたのか。え? これでも最低レベルだぞ」


「いえ。それまでは……。私の考えが及ばず、誠にも……」


あいつも終わりか。こうとなったら、ガルドは殺すまでだ。

私みたいに特殊な力を持っている場合は例外だが。


「フン。これからは死ぬぎりぎりまで痛めつけて秘密を炙り出すんだぞ。いいなバカ、ボケ、くそったれ、脳なし、拷問センスゼロのおたんこなす野郎め」


暴言で終わった!?

確かに奴からは他ではない力を感じる。しかし、ガルドが手を出さない理由までに及ぶとは。

奴は一体何者なのだ。


「さあーて。オレが帰って来たからには吐いてもらわなきゃなぁ」


ガルドは魔法で上へ上がって来た。


「言えよさっさと。質問、忘れちまったか?」


「あの……口輪をはめている以上、何も話せないと思うのですが」


リュロクがいかにも言いにくそうに言った。

まったく、他者にバカと喚いておきながらこのザマだ。


「バカ言え。この口輪を外したらどうなると思ってんだ。こいつは危険な魔法を使うんだぞ」


言う事は出来ないが、私は口輪を外されようが魔法を使う気は無い。

そこまで計画性の無い奴ではないのだ。


だが、それ以外に吐かせる手段のないガルドは、尾を振り上げた。


耳障りな音を立てて、金属の口輪は壁に飛ばされた。

あの太い尾が悪くなった目を殴りつけ、その反動で全身の鎖が騒がしく鳴り、血の湖が広がる。


私は口を軽く開け、息を吸った。

空気の感覚が懐かしい。


「私は喋らないからな」


「ふざけるな」


奴はさらに、顎を尾ではじき飛ばして来た。


「殺す気か。こんなに束縛しておいて、殺すなら最初にしておいて欲しいものだ」


「フフフ……その通りよ」


ロベリアだ。

奴らをあざげるつもりが、その通りと言われてしまうと、色濃い不安に襲われる。


「束縛……決まりに適応出来ずにいる者は、どうせ死ぬだけじゃない。今あんたは、ここの決まりに適応出来てないの。長い死の道を、あんたは最初っから歩んでるの。あーおもしろっ」


リュロクから踵を返し、飛び去っていった。

続いてガルド、最後にロベリア。



「口輪を付け忘れるとはな」


私は小さく呟いた。

いつも抜けている奴だ。この牢だって、私の後ろ側には小動物が出入りできる穴が空いている。


あの最低な奴だ。それに見合う事をして葬ってやる。

だから、それまでは力を保たなくてはいけない。


しかし、あの時が訪れる直前になって出血多量で死んだなどという、愚かな事はしない。


私は視界に、夏の深い緑と朱色が混ざり合い、大きくなっていく球を見た。






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