~束縛~グラジオラスとザミア5
待てというオレの呼びかけも虚しく、オレらは今、高山の中腹ほどにいるらしい。眼下に広がるものは、赤い大地から、白い岩肌になりかわってきた。
見渡すばかり、白い大地の槍が自分を突き刺そうとしているような光景に、吐き気をもよおす。
空高く飛び上がっているのに、上昇しているはずなのに、オレは落ちているようにしか見えない。死ぬのか、死んだのか怖くて何が何だかわからない。というより、どうでもいいような気がする。
__あいつは居ないのだから__
あいつって誰だよ。と声に出したかったが、あごが震えて結局なにも出なかった。いちいち考えを邪魔するこの存在は一体誰だ。何なのか。
余計に気分が悪くなってきた。
「気分が悪いのは、酸素が少ないせいだと思いますね」
オレの気を察したのか、グラジオラスは教えてくれた。だが、極めて楽観的で他人事のようだ。しかも、ドラゴンの、あの裂けた口で人語を喋るなど、地獄をみたようだ。
「ざんそ……って何だ?」
あいつは前方を確認しながら言う。
「生きていくのに大切なものだよ。息吸ったときに入ってくるけど、足りなくなると死にますね」
死ぬ。
飛行中の揺れなのか、頭の中が揺れているのか、耳鳴りを味わいながら、その言葉を噛み砕こうとする。
いつまでも頭の中で動き回って、掻き回してくれる。
「あんまり騒ぐと本当に……」
多分、グラジオラスが何か言っているが、さっきの言葉のせいで、新たな言葉が揉み消されていた。
*
僕は、手元の人間が風と一緒に動いているのに気がついた。騒ぐ間も無く、あいつは気絶してしまったようだ。
「仕方ない」
僕は岩山で、洞穴を見つけて休む事にした。
僕たちが飛んでいた高度と同じ所にちょうどあったのだ。だから、一歩でも踏み外すと人間は落ちて岩の尖った先に突き刺さるか、落下の衝撃で死ぬかの二者択一だ。
僕が見つけたのは結構広い洞穴で、縦に長い為風も入らず、好都合だ。ただし、地面が少し湿っているし、砂利どころか剥き出しの岩盤となっている。
僕ならいいけど、人間なら直ぐに体温を奪われて死ぬだろう。まあ、僕たちドラゴンには守護魔力がもともとかかっているから、近くにいる限り凍え死ぬ事はないだろうし、じき酸素も安定してくるはずだ。
僕はザミアを地面に置いて、僕自信は壁に寄りかかって休憩をとることにした。
日が入り口から見えない程、昇っていった頃、ザミアは動いた。奴は目をしばたいた後、のろのろと目を擦りながら欠伸をしている。
「気づきましたか」
疑問系というより、からかい半分で、間を入れずに言った。
すると奴はこっちを見て動かなくなってしまった。この時、ああ僕はドラゴンだったんだと思った。
「化け物だ」
「縛れ……縛れ!」
今は奴が何を言おうと、念じようと魔力は使えない。ほとんど使い切ってしまったのだから。
それはどういう事か。
僕たちの世界にあったソーマの木の木汁を飲んだ者は、その木汁により、力を得たり、不老不死になる。
その木汁は使われ始めると、供給が追いつかず、結局底を尽きる事になる。飲んだ者が寿命より長く生きている時点で、力を使わなくとも、木汁は使われ続けるのだ。
それが今だ。もちろん、完全に切れたわけではない。その魔力をドラゴンを縛るほどの力ができるほど残っていないだけだ。
だから、ザミアが縛れと言おうが念じようが、僕は誰にも縛られずに自由でいられる。
「殺す気だろ」
あいつは腰に備えてある銃を取り出した。残念ながら、ドラゴンの鱗に通用する物でないと、戦争で知った僕が怖がるはずがない。
「殺す気なんて、全くありませんよ」
とはいえ、説得力など無いだろう。
「じゃあ何なんだよ。化け……」
ザミアはゲホゲホと咳をついた。
「だから、喋り過ぎたら死ぬって」
僕を見上げるようにして、ザミアは言った。
「じゃあ何なんだよ! 言ってるだろ……最初から」
何なんだと言われても、答え方に困ってしまう。
「何かと言われて答えれないけど、僕は殺す気が無い事を証明できるよ」
あいつは殺気だった雰囲気を消して、こちらを見たが、いまだに疑いの炎は燃えている。
「君は、誰が酸素を保ったり、温度を保ったりしていると思っているんだい?」
ザミアはうつむいてしまった。どうやら理解し始めたようだ。
*
オレはうつむきながらも、銃を手が赤くなる位しっかりと握り締めていた。
オレは最初から死んで当然だった。力を失ってしまった状態なら、戦いで勝つ事などできない。何か活動した瞬間に命取りとなるだろう。ついでに、こんな所に来た時点で、普通オレは、死んでいるのだと。
そうだ。奴はオレを生かしている《・・・・・・》。
「利用する気だろ」
*
利用している。その言葉に僕はぎくりとした。僕は故郷に帰りたかった。そして、本来の姿に戻したかった。
だから、協力してもらおうと思っただけなのに、利用という冷たい言葉に置き換えられた。悪者のように扱われるだなんて。
「そうなんだな」
あいつに何を言っても無駄だと、僕はわかった。僕には、そんな気など無かったのだが、釈明の余地はない。見方によって、事は大きく変わってしまう。
あいつみたいに、自己中心に他を利用したくなかった。自由を求めて、正義と信じて生きてきたのが、この瞬間に全てを否定された。
しかし、これはあくまでザミアの考えだと思い直した。そうでもしないと気持ちがもたない。
第一、利用というような発想しか出来なくなってしまったのも、あの国王とかいう奴のせいだ。なら、ここから連れ出してやるべきではないか。
僕は思い出すように、懐かしい岩山を想像して、この洞穴の天井をながめた。
その時奴は立ち上がり、外に向かって走り出した。
__奴の死は何を表すか……それは、二つの世界の終焉さ__
いかがでしたでしょうか。
ソーマの細かい設定が少しづつ明らかになってきました。
感想、お待ちしております。




