~ガルダとガルド~3
専門用語は*で示してあります。
解説はあとがきにあります。
*作品解説もあります*
図体の割に動きの素早い大蛇は、すぐさま口を開けて飛びかかってきた。
鎖は動くほどに絡まり、もう殆ど動けない。僕は何の為に生きているんだ。生きてきたんだ?
『待て』
エレスチャルだ。僕達の仲立ちになっている。大蛇は"心の声"が聞こえないのか、止まらない。
「待て」
極めて落ち着いた様子でエレスチャルは言い直した。大蛇は最初、反抗的な目で睨んだが、すぐに視線をそらした。
エレスチャルはそのまま大蛇を見つめて言う。
『あなた達は行動を共にしなさい。ただし、時が来るまでそなたは彼に危害を加えてはいけない。そうしようとしたら、息の根を止める』
その次に僕を見て。
『そなたは時が来る前にこの大蛇から離れては、そのまま死ぬことになる』
それだけ言うと、エレスチャルは現れた時と同じように何の前兆も無く消えた。
周りを見回そうとしたその時、急に体が引っ張られる。真っ暗になった。というより、目が回って何が何だか分からない。心臓が押し潰されそうになり……。
気がついたら、空気が変わっていた。ちょっと渋くて、水っぽい匂い。はっと目を開けると、明るい緑色がぐるぐる回っている。
十秒くらい経っただろうか。やがて視界が落ち着いた。茶色い鱗が空に向かって立ち上がり、緑の葉というものがついている。(これは……木というものか……?)僕は洞窟の中で暮らしていたから、その木とか言うものを話でしか聞いた事がない。というより、自分は木のマスカレード族だと言う者から大体の想像を膨らませたまでだ。
それと、ここが名も無き者の言う森だとしたら、さっきから僕の顔にチクチクするものは草という事で正しいだろう。
突然、明るかった森が暗くなった。
「夢見てるとこ悪りぃが、出発だ」
誰? と言いそうになった。目と鼻の先に、*ラピスラズリ色の壁、にわかにピンクを帯びた牙。さっきの大蛇だ。
「ねえ、何するの?」
僕は、この蛇のやる事に合わせようとした。
どうせ、ずっと一緒に行動させられるわけだ。怖そうだから、機嫌を損ねないうちに聞いて合わせた方がいいだろう。
それに、あの講堂から出て来れたは良いけど、何もやる事が無いのだ。目的も何も。
しかし、僕の懸命な問いかけを大蛇は悉く無視した。
結局、説明もされずに連れられて、森の奥へと進んで行く。明るいのに、妙に静かだ。なんだか怖い。
講堂でも、神秘的なものから恐怖のような感情を得る事はあった。しかし、この“怖い”はさっきのものと違う。
死んでいるのだ。周りは生き物の雰囲気が完全に消え失せている。
居てはいけない。僕はまた直感的に思った。
やっぱり来ない方が良かったのではないか。
僕は、洞窟でのいい思い出を頭に描く。皆、無力な僕に優しくしてくれていた。ここは話す相手すらいないじゃないか。
嫌だと思っていながらも無くなると苦しくなってしまう、あやふやな自分に気づきながも頑固に言い張る。
僕は逃げて居ない。向かっているのだと。
こんな気味の悪い所で、わけのわからない所で大嫌いな大蛇と旅しているんだ。
他の奴らの数倍は頑張っている。
「こっちだ」
大蛇はたぶん太陽の反対側に向かっている。木陰になって、少し暗くなっていたが、まだとても明るい。
「これ何だか知ってるかあ?」
大蛇は尾で木を指した。
木だろ。と思ったが、種類の事を聞いているに違いない。しかし、知る由もない僕は何となく黙り込んだ。
「ソーマ林だ。知らないか?」
それなら知っている。名も無き者が言っていたあの"とある木"だ。でも、こんなに沢山ないし、本来なら木の守り手が傍にいるはずだ。第一、僕はそういう力のあるものが近くにあると、自分の羽が疼き(うずき)直感的に知ることが出来る。外したことは一度も無かった。
「もちろん、偽りだ。この世界のもの全てだ。何の役にも立たねえ。だが、使えるモンだってある」
寒気が走った。__もし、その力を不要医に使えば、世界は終わる__
「お前もしかして、この木を使うとでも?」
小さくうなずくと、大蛇は呆れて言った。
「とんだ脳たりんを連れて来ちまったもんだ。この木はニセモンだっつったろ。そんな力なんてねえ。それに、あんなクダンネーもの使う訳ねえし」
ニセモノ?
名も無き者は絶対に嘘をついていない。
ここは全部おかしいんだ。世界は沢山の生き物がいて、奇麗で楽しいんだ。
何で僕だけ、こんな酷い所に居なきゃいけないんだろう。
言い終わった時、目に入ったのは、とても暗い森だった。明るい森から、急に木の種類も変わって暗い森の登場。余りにも不釣り合いで、おかしい。だが、それ以上に恐ろしさがある。
大蛇は何のためらいもせず、暗い森に入った。
闇のカーテンをくぐると、静けさは消え、異様にうるさく感じる。音という音は、自分達の出すものしかないはずなのに、ざわついて聞こえた。反響している訳ではない。音はあらゆる方向に吸い込まれていく。
音が無い無い中で、僅かに反射する大蛇の尾の先を追って進むのは、とても辛い。
だが、鳥目、つまり暗い所で目のきかない鳥の僕は、それしか頼るものがないのだ。
それにしても、この森に入ってからとてつもない殺気を感じる。圧倒的な力があるようではない。しかし、数が多く厄介な事になりそうだ。
その上、いかにも毒のありそうな植物がところ狭しと生えている。さらに、奥に進むほど、赤や黄色のぎらついたものが動いたり止まったりしていた。自分達を追ってきている奴もいるようだ。
臭い匂いが鼻につく。この森の音はすぐに消えるのだ。敵が足音なく草を蹴散らして進んでくる。ぎらついた目をらんらんと光らせていた。僕は気付けば動けなくなっている。
死ぬ前の恐怖とはこういう事なのかと、納得しながら震えていた。
すると、左側を物凄い速さで黄色い光が通り過ぎ、臭い匂いの位置が移る。あの獣の目に負けないくらい目をぎらつかせて、大蛇は獣を丸呑みにしていた。
その後も、何度となく気持ち悪い生き物に襲われたものか。あのざわめきは、あの生き物達が新しい獲物だと大騒ぎしていたものに違いない。その度に僕は動けなくなり、大蛇に助けてもらっては、暴言を浴びている。
イライラがつのると、尾を振り回して辺りの木をなぎ倒し、危うく僕の体をへし折るところだった。そんな中飛び込んで来た哀れな目が三つあった生き物は、遠くに飛ばされた。そして、木にぶつかって首を折った。
その後、仲間であっただろう者に喰われるわけで、奴らの旺盛な食欲に掛からないようにと願うばかりになった。
この危険への恐怖は、身構えておきながら何も出来ない事から来るのではないだろうか。
そして、大蛇は暴言を連発しだした。
「バカ、クソ、アホ、間抜け、雑魚、ドジ、スットコドッコイ、オタンコナス、脳なし、コンコンチキ……」
「そこのうるさいのは誰だ」
目の前に、名も無き者の言っていることが正しければ、人間が立っていた。黒い布を頭から被っていて、顔などわからない。何故だろうか、名も無き者と雰囲気が似ている。
「ちょうどいい。あんたに入り用だ」
大蛇は堂々と進み出て言った。
「何用で御座いますかな」
残虐そうな声。
「ビースト捕獲機十ダース。最高のやつだ。猟犬十頭。あとメタル・バット・ビースト(悪しき鋼の獣)もだ」
「それって何?」
聞くのも恐ろしいが、またわけのわからない奴と御対面するよりマシだ。
「見りゃわかる。説明なんざかったりい。ああ、でもアイツのことは教えてやるよ。シャドー・アルケミストって呼ばれてんだ」
そう言えばシャドー・アルケミストは消えていた。すると突然現れて、とてつもなく大きいオリを並べた。
「十ダースだ。なかなかいいだろう。結構な邪心を集めたんだぜ」
オリの中には、森の暗さよりもどす黒いものが渦巻いていた。これには見覚えがある。この森の至る所に浮んでいた。
またシャドー・アルケミストは消えた。どうやら黒マントのせいらしい。
「猟犬十頭、こいつだな。あと、メタル・バット・ビーストはこっちだ」
手招きされてついていく。奴の手は、不気味な程に青白く、こんな場所でも見ることができる。
階段が低樹林の下に隠れており、そこから地下へ降りていく。岩のジメジメした階段、壁は掘り出したままで、岩や土が張り出している。ここは洞窟なのに、外より明るかった。
そして、ガチャ、ガチャと石をたたく音がこだましてきこえている。僕は洞窟に住んでいたため、金属の擦れる音であることもわかっていた。おぞましい生き物が鎖に繋がれているならいいのだが、自分もそんな目に会っていたので、可哀想にも思えてくる。でも、そんな想像は全く持って外れた。
金属と石の擦れる音。それは、ビーストの金属の爪が石の床にあたったもので、鎖など無かった。金属の生き物。そうはいっても命は無いし、鉄くずの塊に等しいともいえよう。
まるで、この世界のようだと僕は思う。形があって、動きもあるのに"もぬけの殻"なのだ。
でも確かに、目を引く程の沢山の姿がある。鳥とドラゴンが合体したようなもの、犬や猫、猛禽類らしきものもいた。
「これが今あるやつだ。人間どものせいで鋼が取れんのでね。だが、そいつらのお陰で邪心はどんどん増えている。質が高いってわけだ。どうする、今いるのは四十二頭だけだ」
「全てもらおう。金は?」
「金なんざ間違ってここに来ちまった人間どもからかっぱらって腐るほどあるんでね。どうだ、なぜこいつらが要るのか話してもらおう。良ければタダ、悪けりゃ首切りでどうだ」
遊びには遊びで返すというように大蛇は、
「面白い。オレらはな、めちゃくちゃなこの世界を再生させるのさ。方法はな……悪による支配だ。善とかほざくヤツもいるが、オレみたいなのが一頭いるだけで、ぶっ壊れるからなあ。だからさ、あんたの獣がいるんだよ」
大蛇の指し示すもの、それは力による支配だ。アルケミストは今にも笑い転げてしまいそうだ。
「ケッサクだな」
そしてからかうように、続けた。
「天才的だ。私も協力しよう。あと五十八頭作ろう。そうすれば百だ」
アルケミストは、先を見越したような表情をしていた。
「支配には百億いるぜ」
そんな取り引きを一人と一頭は声をあげて笑いながらしていた。僕には、両者とも別の目的があるような気がしてならなかった。
そして、なぜ命に関わるなことを笑いながら話すのだろう。
僕には理解できない不安が、うず高く積もり続けていた。
そしてシャドー・アルケミストはまたも消え、作業に移ったようだった。
僕はメタル・バット・ビーストに乗ってオリを森のあちこちに置く。
大蛇の説明によると、オリの中の渦は邪心を集めたものだという。その渦は、あらゆる音、光などを吸い取り邪心だけを取り込む。この森がざわめいていたようなのに、静かだったのはそのせいだ。
その渦を核にメタル・バット・ビーストを作ったり、この森にいる獣を呼び寄せる事ができるらしい。
猟犬は、その後の道中の面倒くさいビーストを倒してくれる。ただ、死ぬ確率が高く使い捨てになりがちな為、緊急時しか使わない。冒険の保険という役割だ。
百二十個のオリを置くため手分けしたのだが、僕は襲われるとすぐに固まって動けなくなるので、メタル・バット・ビーストに乗っていた。やつらには体中にトゲがあり、所定の場所に乗っているか、相当離れるかでもしない限り確実に串刺しになる。
僕が乗っているのは怪鳥で、見上げるほどの大きさ。翼の端に付いたのこぎりの様なトゲで、木々を切り倒して進む。
大蛇は縄を口で引っ張って一斉にオリを開けた。すると、大蛇の長さを優に超える高さのオリの閉まる音は、何でも吸い取ってしまう渦があっても、重く響く。全てがほぼ同時に閉まった。
「どうして、こんなに」
「あの渦は、やつらの大好物だ。でも、アルケミストが見えない結界を張っているから奴らは近づけない。そんで奴らは飢えたところにご馳走さ。たとえ、罠でも飛びかかるってな」
回収に向かう途中で言った。
「でも、結構頭いーぜ」
回収はメタル・バット・ビーストに任せて明るい森まで運んでもらう手はずだ。でも、ビーストはメタル・バット・ビーストが近づくとギャーギャー喚き散らし、暴れ回って面倒くさかった。メタル・バット・ビーストは一度に三個ぐらいのオリを運ぶことが可能だ。順調といえば順調である。
しかし、暗い森を抜けた時に問題は起こった。
ビースト達の喚き声、その上慣れない光に目がくらむ。きっとビースト達もこの光に驚いているのだろう。今まで静かだったぶん、気を失いそうなほどうるさい。
その時、あたりが静かになった。
「ちくしょう、空の悪魔め」
大蛇の睨んだ先には、僕達が天と地を護る、いわえる天使として教えられた"翼のある者達"__セラフィナイトとフィーナ__がいた。
「言ったろ。この世界は全部偽りだ。ほれ見ろ。お前らは一頭一頭すがたが違って全部で四頭って教えられなかったか?」
確かに、一つの姿しかなく大軍である。
「やつらもれっきとした殺戮者だ」
突然、空が吹き回された。耳もとで風が唸る。それに混じってビースト達の鳴き声もした。今は風圧のせいで、メタル・バット・ビーストが揺れ、目が回りそうだ。
だが、すぐにたちなおった。鳥がこんなことで目を回してたまるか。
目の前がやけにすっきりしている。自分の乗っているメタル・バット・ビースト以外は、前方の敵に向かって突撃を始めていた。大蛇もそこにいる。
メタル・バット・ビーストは意外と冷静らしく、オリは間隔を開けて、整然と並べられていた。怪鳥一頭と犬形四頭が見張りに立っている。
敵はけっこう素早く飛びまわり、ざっと三十。大蛇ははっきり言って役立たずだ。地上を歩くメタル・バット・ビーストも同様。とすると、こちらは貴重な戦力となる。
今すぐ戦えというのか。しかし、大蛇の言うことがでまかせだったら? 世界は滅びる。間違いなく死ぬ。それに、そんなやつの為に戦いたくない。あの繰り返された講堂での響き。今さら考えを変えることなどできない。でもどうだろう、講堂での教えにばかり縛られるのか? 結局ここは、自分の判断次第であった。だとすると、自分が殺されるのはごめんだ。
大蛇が戦いに勝ってくれるならいい。しかし、今の状況でそれは期待できない。
待っていれば殺される。
戦いに行っても、殺される可能性はある。
たとえ大蛇が負けて逃げられたとしても、その後生きていけそうにない。
恐怖という名のカウンターが死へと時を進めているようだ。考えなくてはならないのに、焦ってまともに思考できない。
僕が唯一考えられた事は、これだけだった。
一番生きていける可能性のあるもの。それは戦いに加わって勝つ事しか無いという事だ。
大人しくしてくれ。と自分のメタル・バット・ビーストに頼んだ。すると、彼(?)は羽ばたきをやめ、翼を水平にしてゆっくりと降下しだした。そこで僕は背中から飛び出して戦いに加わろうと急ぐ。
目配せをして、メタル・バット・ビーストに来てもいいよと言ったが、すぐに後悔した。体中にあるトゲを振り回して飛んでくるのだ。僕は一生懸命先行した。
敵は無傷だ。メタル・バット・ビーストには引っかき傷が付いているが、問題無し。ただ、大蛇のほうは動きがだいぶ鈍くなっていた。
僕はまず、運悪く目の前に来た奴を脚の爪で引っ掻いた。爪から尾羽に血が滴る。
痛みが無い。死んだから?
あわてて下半身を見る。すると、自分に傷の一つも無かった。傷は、敵についていた。
僕は生きているのだ。喜びと同時に、他を傷つけながら平気で嬉しくなっている自分に吐き気がした。
その後方向を変えて後ろに回り首を割く。やつらの角は一刺しで死に至らせる。真正面から向かってかなう敵ではない。
下手をすれば、さっき僕が思ったような事を奴は考えるはずだ。
葉っぱ一枚程の距離感の違いが生死をわける。心臓は最高に跳ねあがり、自分の動きが無意識にいつもと変わってしまっているのに気がついた。
こんなことを続けているうちに、大蛇の言っていた事が正しかったと考え直す。彼女の背にはベールのような翼(天の羽衣のようなもの)があり、不思議なオーラを発するという。また、頭も大変良い。しかし、今戦っている奴らは、翼が無いのにかってに飛んでいる。それに、考えが足りないのか自分から突撃してくることも多々ある。ピンチになると動けなくなったり、同士討ちをするのと全く同じであった。
こんな調子で地上の大蛇たちにも攻撃のチャンスが与えられ、あっさり倒せた。
それでもなお、僕の心臓は早鐘のように打ち続け、いまだに襲われている感覚にみまわれる。
「空中戦はてめーに任せるよ」
大蛇もこの実力は認めざるを得ない。
だが、認められたくなかった。また戦う事になるという事だ。
その後、戦いのせいでだいぶ更地になった場所に大蛇は進み出て、中心に立った。そして、全員に「どけ」と命令した。
__大蛇は口を開いた。毒牙の先が青白く光り出す。牙の間でそれは一つになり、少し暗くなった。大蛇はそれを地面に打ちつける。それは、紛れも無く魔法だった。__
「君は何者?」
*ラピスラズリ=宝石のいっしゅ。群青色に、金の様なものが付いており、星の夜空としてよく例えられます。昔から強い魔除けとしてつかわています。現在のパワーストーンの代表でもあります。
*鳥目=鳥は、暗い所で目がきかないものが多いので、暗い所で目が聞かない病気のことを鳥目といいます。しかし、ガルダ自身はもともと鳥なので、単に暗くて見えないと文句を言っているようです。
*この世界では魔法に大きく分けて二種類あります。名も無き者、マスカレード族のように、生まれ(存在)自体が普通のものと違い、様々な物、命も操れるいわえる神の力のようなもの。(エレスチャルも使える)と、この世界で天と地を制するある生き物が使うものがあり、ある生き物は、その生き物特有の宝石の力により魔法を発動させます。魔法の色は、その宝石の色に比例しています。魔法の内容も、すでに存在しているもの、命は操れず、色々なものを作り出したりしますが。例えば、マグマを作り出して敵を殺すなど、間接的に命に関わることはできます。




