~冒険~グラジオラスとザミア3
しかし、僕は足を止めた。
突然、空気が重くのしかかって、締め付けられるようになる。潰されて、引っ張られて……。
ただ動けずに、地面に手をついて突っ伏していた。
だがそれも、始まりと同じように突然終わる。苦しみから解放されたはされたで、また変な感覚になった。
バランスを取り戻しながらよろよろと立ち上がると、さっきまで静かに囁いていた波は無くなっていた。そして、クライトまでも。
僕は急いで駆け寄ったが、それにつれ強烈な風が下から吹きつけて来る。
やっとの事でたどり着くと、僕の視界に広がったのは見た事も無い場所だった。
湖は消え、ぽっかりと大きな穴が口を開けていたのだ。
「……!」
その時、僕は何も言えなかった。バランスを崩して穴となった湖に落ち、口に空気の塊が詰まったのだ。
「死んでもいい」
僕が最初に思ったのはそれだけだった。
現実を受け入れたくない為に、考えようとしない。
どうせ死ぬんだから、今消えてしまった方がいいと無意識に片付けていた。
しかし、僕は柔らかくてさらさらした物に受け止められたのだ。
手で触ってみると、弾力があって少しベタつきがある。だが、等間隔に透明な短い毛が生えていた。すじのようなものが編み目状に、全体に広がっている。全体は緑色で、雫形だ。
そして、先っぽから後ろに向かって目を滑らせると、これは茶色い鱗のようなものにくっ付いているとわかった。それが幾つも……!?
「これ、葉っぱか?」
僕をすっぽり覆う大きさの緑。僕は試しに持っていた短剣で葉を切りつけてみると、予想通り汁が出てきた。
やはり、これは木の葉なのだ。
ここで僕は、初めて喉が乾いていた事に気づいた。僕は恐れ多くも、それを指につけて舐めてみたのである。
それは、とても甘くて美味しかったし、力もみなぎってくるようであった。
さっきまで死んでしまおうと思っていたのを忘れて、ともかく辺りを見回す。
生き残ったなら、生きるまでだ。
すると、一つ枝の先にクライトの姿があった。
そして僕はなんと、枝を伝って行かずに、人が何人も入る距離にある一つ先の枝に跳んでいる。
何というか、他を凌駕する力に僕は酔い痴れていた。ちょうどその時、あの空色の蝶のような生き物が木々の先に姿を現す。
尖った頭、長くしなやかな首、立派な四肢、優雅な蝶の翼に風ともなりそうな尾。
こういう類いのものはクライトの話で何度も出てきたため、僕はそれがドラゴンであることを瞬時に判断できた。
その奥には、コウモリ翼の強靭な姿をした夜空のドラゴンがいた。そいつらは同じ一点を見つめているようである。僕はその視線を追った。
すると、それと対峙するように睨み返す、熱した鉄鎗のようなドラゴンがいるではないか。
ただの子供騙しと思っていた。いや、今もそう思っているはずだが、確かに僕の目の前にはドラゴンがいる。
頭を振ってみても、この人を何百人積み上げたって届きそうにない木と同じ高さのドラゴンがいる。
その時、ヒュッと冷たい風が僕の首を掠めた。僕はそこに目をやると、純白の白く伸びたドリル状の棒があった。それは少しづつ太くなり、ふさふさした純白の毛から生えているようである。
『音を出さないで』
声が頭に直接鳴り響いた。僕は大人しく従いながらも、奴を眺める。
白い馬、首には虹色の鱗、背中にはベールのようなものがあって、飛んでいた。
目の高さは飛んでいる為同じだが、馬という大きさに見合わず、後ろの木と等しい肩甲だ。
もっとも、言い伝えでしか馬を知らないのだが……。
まぁ、ドリル状の棒は奴の角であるとすると、これはユニコーンという事になる。
これが嘘か本当かなど考える余裕は、僕に与えられていなかった。
すると順に、翼のある白馬、赤い鳥が現れる。両者全く同じ虹色の鱗を持ち、大きさもだいたい一緒だ。
前者の方は、ペガサスという風になりそうである。
赤い鳥は鮮やかな紅の羽を持ち、所々に黒い模様がついていた。
くちばしは内側に鋭く曲がり、どんなものでも引きちぎってしまいそうだ。だが、そういった殺気は見られない。
どちらかと言うと、緊張というものがここに張り詰めている。
『あなたは……』
翼のある白馬がツンツンと言い出す。
__その時、オレは自分から何かが抜けていくのを確かに感じ取った__
途端、オレはニヤリと笑った。
オレは頭の中で「失せろ」と念じる。
すると奴らは見事に木の枝を折って、ドラゴン達の近くまでぶっ飛んだ。
力は出ては入ってきて、大きな流れとなり自分の中で蠢いている。まるで、早く使ってくれといっているように。
オレは飛び上がって奴らの死を見届けてやろうと思ったが、鉄鎗のドラゴンが素早く前方に飛び出した。
両肩から頭をすっぽり隠すような長さの四本のトゲが生えたドラゴンだ。
体は光の反射で常に揺れるような煌めきを放ち、焼けた鉄みたいである。
オレの予想に無かった事だが、青いドラゴン達は奴らを見るや否や、最初は戸惑ったものの、すぐさま殺しにかかった。が、それは未遂に終った。鉄鎗が尾でそいつらを打ち払って止めたのである。
鉄鎗のドラゴンには頭頂から尾の先にかけて、深緑の細かいトゲがついていた。その大きなものが両肩から生えているトゲである。
そのトゲに、さらに小さな針があるようで、青いドラゴン達からは細かい傷痕がついた。
「そうだ……」
オレは「縛れ」と念じた。
蝶のようなドラゴンは耳の痛くなるような声をあげて、仰向けに倒れた。そして、オレはそのまま手を握る。すると、そいつは石ころ位になって、操られるがままこちらにやって来た。
オレはクライトの心臓、つまりは弾が貫通してしまった所にそれを押し込んだ。
1……2……3……。クライトは目を瞬かせて、意識を取り戻した。あのドラゴンの命を使ったのだ。とっさの発想だが、上手くいったらしい。
オレはクライトを抱き抱えると、元の場所に戻る為に上を見上げて飛んだ。
出来るかどうか、本当かどうかなど後から知ればいいのだ。むしろ、知らなくたっていい。
「ゴルルルル……」
夜空のドラゴンだ。あのドラゴンを失って怒っているらしい。
「無様というものを思い知れ」
オレは、そのドラゴンの強そうな部分……、角、翼、四肢を取り払った。目の前で救えた筈の奴が居なくなる。自分が合うのは嫌だが、他の奴のを眺めるのはなんて楽しくて愉快なんだろう。
あのドラゴンはバランスを失って落ちかけたが、魔法でも使えるのかまた上がってきた。
しかし、鮮血が噴いてまた落ちる。あの二頭と一羽が、ドラゴンいや蛇に攻撃を仕掛けたからである。
「まためんどくせえ」
鉄鎗のドラゴンがやって来て、口をカッと開けた。その瞬間、捻り上げるような炎が飛び出してくる。
しかし、それはオレに当たる寸前で弾かれて消えていった。
「手みやげの一つでも……」
オレはまた「縛れ」と念じて、鉄鎗のドラゴンを捕らえた。
オレが見る限り、こいつは強そうだ。なにかに使えるかもしれない。
その時、右腕に入ったぐりぐりと刺すような痛み。クライトはオレに向かって肘打ちを仕掛けてき、確実に踵で脛を蹴った。
クライトだけには手を出せなかったオレは、反射的に手を放してしまった。クライトの落下するであろう場所は、あの蛇と馬と鳥が大乱闘ろ繰り広げている場所。
「逃げろ。何処か別の場所へ」
その時、何が起こったかはわからない。だが、凄まじい衝撃が辺りに走り、クライトが消えたのは確かだった。ベール付きの白馬も、翼付きの白馬も、赤い鳥も。オレは鉄鎗のドラゴンを連れて、穴へ戻った。
気付けば、またあの部屋に戻っていた。何が言いたいのだろうか、この王は。
まったく、そのせいで感覚がおかしい。辺りへの警戒を怠っていた。
まあ、そのお陰でだいぶ部屋を落ち着いて見渡す事ができる。あの王の王座の後ろには、額縁があり、そこに描かれているのは……。
またと無い酷い頭痛。意識がぼんやりし始め、同時に景色の茶色と黒の世界になって回り出す。
「おーい、こっちだぁ」
間抜けな声をあげて、鈍足部隊が追いついてきたようだ。それではっと我に帰る。頭痛も自然と消えていった。
そうだ。敵は殺すまで。
王だろうが、雑魚の兵士だろうが、友だろうが、殺す時は皆一緒だ。どうせ、それだけなんだ。
広々とした空間に、石と長靴のぶつかり合う音が何度か響く。
そのリズムが消えて白く残虐な光が発せられた次の瞬間、王の頭は玉座の後ろへ傾いた。
さて、どうでしたか?
恋愛というより、凡人が極悪人になるまで。に重点を置いて書いてみました。
まったく、愛による悪意って悲しいものというのが、物語の定番としてありますが、結構キツイですね。
しかし、誰だろうが死んだら終わりっていう感じの考え方のようです。ザミアは。
さて、今回は幾らかの矛盾点がありました。
これは今後わかってくるのでお楽しみに。




