~冒険~セラフィナイトとフィーナ5
そう言って鎖から解き放たれた。奴らは私達に逃げ出す力が無い事を見切って鎖を離した。逃げられない自分が何とももどかしい。鎖から逃げられたのだが、ずきずきする痛みが入れ替わりにやってきて、こけそうになる。メサイアも壁に手をついていた。半分脅されながら、箱から地面に降りた。地面には、二本の溝がある。わだちだ。(もちろんセラフィナイトは知らない)その間には、輪っかがあって、輪っかは、私達の入っていた箱とくっ付いている。地面に降りた瞬間は蹄から、痺れるような、力が抜けるような痛みに見舞われた。
鎖を外されたとはいえ、脚を引きずって歩くのは容易ではない。その上、よどんだ灰色の空。塵まで降ってきて、あっと言うまに自分も灰色だ。道の周りには、人がいて火を焚いている。暗い、火、最悪だ。
その時、風が吹き、灰の匂いと一緒に血生臭い匂いが鼻に入る。匂いの元を見ると、首の無い牛の姿があった。その牛は、箱に紐のようなもので繋がれていた。
『バカな奴が牛を殺して楽しんでるんだ。それで、僕らの収容車は止まって歩かされてる。ある意味、処刑される者のお披露目タイムだ』
つまり、私達の乗っていた箱は、牛によって動いていたということか。それを殺すだなんて。
「シュッ」
私の耳の裏に鋭い風があたる。反射的に首を下げてよける。右側でわめいている人間が何人かいた。
「はははは、良い馬じゃねえか。あいつらのイタズラをかわせるなんてな。あの下衆どもも偶にはイイモン持って来んじゃねーか」
『君は森で捕まったんだろ。森には、クライトを捕まえる為の部隊が常駐してるんだ。ただ、常駐部隊は、位の低い者ばかりの編成で、武器もお粗末なんだ。それで、何回も取り逃がして上官には下衆って呼ばれてる』
つまり、クライトをいつも通り取り逃がした部隊は、ちょうど弱っていた私を捕まえて上官に下衆って呼ばれないようにしたかったんだ。
「きゃああ!」
どこからか悲鳴が聞こえた。急いで音の元を探る。
『よくある事だ。この世界の謎の病気。人間が地獄死人に変わるんだ。で、今のはそれを見た人の悲鳴』
この世界の人達は残忍とはいえ、感情はある。怖いって思う事もある。でも、メサイアには、それが無い。メサイアも、灰色の服を着た悪い人達に見えてきた。
それ以上に、救えないというもどかしさ。色んなやつを助ける為に来たのに、何も出来ない。ただ、目の前の出来事を眺めるだけ。そんなの、ただの悪人じゃないか。
私は憂いに浸った。
メサイアの視線を辿ると、それらしい人がいた。ドブネズミと同じ服を着た人達がその人の周りをとり囲んでいる。何か話しているようだ。次に見たのは、話している人達の隣の家(?)に上がり込む灰色の服を着た人達。中で人が騒いだり、あの地獄死人がわめいたりしているのが聞こえた。しかし、地獄死人がわめいている時、パンパンという派手で乾いた音がして、聞こえるのは、町の喧騒となった。
「言ってなかったな。オレらは聖権軍」
自慢気そうにドブネズミが言った。
「あの城を拠点に活動する、最大で最強の勢力だ」
ドブネズミの指す先には、大きな建物があった。塵の中でも目立つ黒い城壁。その手前には策があり、大きな門が二つ付いている。門に入る道には、それぞれ橋が掛けられていた。右側の門は閉じているが、左側の門は開け放たれている。後者の方の門に、牛の引く収容車がやって来た。これは、天井と床が木で、側面は鉄の棒がいくつも突き立てられて、出られないようにしてある。
『あれは、奴隷用の車』
奴隷の車には老若男女問わず、たくさんの人がすし詰め状態でうずくまっていた。
いつの間にか家々は無くなり、土の地面が石に変わった。聖権軍の騎兵が馬を走らせ、剣を振りかざしている。どこか戦争にでも行くのだろうか。他の騎兵も同じ方向に進む。彼らはさっきまで閉ざされていた門から出て来ていた。
城は近づくほど恐ろしく見え、脚の疲労もただ事ではなくなってきた。
ゴトゴト……。牛車が耳障りな音をたてて、私達にぶつかる寸前の所を通っていく。
「ピシャッ」
左わき腹が温かい。血だ。しかし、私のものではない。もう、うんざりだ。事あるごとに血を見るなんて。
ハッとして牛車の中を見上げると、一人の男の子がナイフを持って一人のお婆さんを切りつけていた。牛車の中は、一時的な静けさに守られていた。
「きゃああ。助けて、助けて!」
この人の声で全てが破られた。御者は牛を止め、銃を引き抜き、助けを求めた人とナイフを持った人の頭を確実に撃ち抜いた。セラフィナイトには、御者を保護する為に付けられていた板のせいで、板の一部が開いたかた思うと、黒いものが覗いて、二人を撃った事しか見えていない。そして、地獄死人騒動の時と同じあの乾いたパンパンという音は何なのかもわかっていない。
『あれは銃だ』
メサイアが教えてくれた。
私達は、あの牛車に続いて左側の門をくぐった。それにしても、高い門だった。そして、最悪なことに、道はまだ続くようだった。ここからは、屋根があって塵が降ってこないからまだいい。
中はこうこうと松明で照らされ、そのすぐ下には兵士が松明一つに一人ついていた。これで、やっとよく見える。見たくないものもあるが。
彼ら兵士もやはり灰色だった。顔は死んでいるようで、地獄死人にそのまま肉をつけたようだ。多少体格は違うが、全員男で風貌も同じだ。それから、共通点といえば、左胸に黒く光る四角い物をつけていることだろうか。
『ピンバッジだ。位の高い低いはあれでわかる』
彼らはドブネズミとハツカネズミが通る度に指をピンと反らすように伸ばして「ザッ」と音が鳴るくらい素早く額の前に持っていった。
ドブネズミとハツカネズミの服は上等なものらしい。灰色で、灰がかかってしまっているが、分厚くぴしっとしている。バッジはドブネズミが牙の形をした赤色。ハツカネズミも牙に赤色。だが、牙の中に金でなにか書かれているらしく、それだけが違った。
「てめえ、何やってんだ」
ドブネズミが怒鳴った。
「上級指揮官になに無礼な事をしてんだ。敬礼も出来ねえのか。……まあいい。オレが責任を持って腹を焼いてやる」
また恐ろしい光景を見る事になる。直感的に悟ったセラフィナイトは後退りした。
ドブネズミが腕をまくり上げた。するとそこには、たくさんの黒い模様があった。多すぎてうじ虫や蛇が、のたうち回っているような錯覚に襲われる。そして、松明を取ると、灰色の服のお腹の部分を割いた。ヨレヨレの布はドブネズミの力強い手を前に、弱々しいビリビリという音しか出なかった。その服を着ていた人は、無表情だったのに、急に恐れをなして、服を見て願うような目をしていた。
「おーおーお前、二度も罪を犯したな」
彼の腹は大きく二箇所が焼けただれていた。腐食していて、境目がわからなくなる程酷い。
「ならば死だ」
ドブネズミは松明を彼の心臓にあてた。そして、これでもか、とばかりに押す。
彼は悶え苦しみながら死んだ。それからすぐさま、その人が立っていた右隣の人が松明の近くに垂れ下がっていた紐を引いた。すると、彼の立っていた床が抜けた。瞬く間に、死体は地の底へ落ちていった。底につく音など聞こえないほど深い所へ。
新しい兵士が呼び出されて、ドブネズミは松明を戻した。
「ヒッ。なかなかの入れ墨だろ。これが上級兵士の醍醐味だ。格好いいだろう。力を見せつけなきゃあ、面倒くせえ阿呆どもに狙われるからなあ」
蛇、赤い百舌、殺し合いをする兵士、地獄の絵。スキンヘッドの上にも首筋にも。すると、ハツカネズミが動いて自分のも見せた。似たようなものばかり描かれている。
「お前は別の意味であるな。囚人」
ハツカネズミが言った。
この時初めてメサイアの顔をよく見た。やはり、色白の黒髪はもちろんの事、鼻が高くて、少し垂れ目だ。ドブネズミがブタみたいな鼻+どす黒い顔=種族違いにもわかるブサイクだが、メサイアはそんな感じではない。
不思議なことに、何度も捕まっているようなのに傷が無い。服は麻のボロ布。
しかも、緑の琥珀を首から提げている! あれは森で学んだ事だ。琥珀というのは太古の樹液が石化、黄色の優しい色の石だ。緑の琥珀だなんて、ごく稀にしか出てこない。しかし、あの森でも無かった緑の琥珀がなぜ人間に踏み荒らされた森しかないここにある? しかも、何故没収されない?
セラフィナイトは、疑惑という渦の中に呑み込まれていくようだった。




