~冒険~セラフィナイトとフィーナ4
長い時間が経っていた。
ガタン。何かの揺れでえ目が覚めると、ムッとした空気が体の中に入る。
暗さに目が慣れるまで、周りの様子はわからない。
自分は動いていないのに、地面は絶えず揺れる。それは、*偶蹄目の規則的な駆け足のリズムだった。
それと同時にガタン、ガタンという音も聞こえる。しかし、その音が余りにもうるさすぎて、他の音は全く聞こえない。
空気が止まって動かないから、ここは密閉されているとセラフィナイトは考えるた。角でつついて調べてみようと思った。滑らかで、流れがある。地面はどうやら木で出来ているらしい。自分の左側にあたる場所も触ると、木で出来ていることがわかった。
真っ暗で、風のない密閉された空間。これが牢屋だろうか。しかし、牢屋は音が無いはずだ。だとしたら、まだ逃げれるのかもしれない。セラフィナイトは挑戦を続けた。
右側にも角を向けてみる。だが、空を切るばかりで意味が無い。仕方なく、少々痛いし危険ではあるが、立ち上がってみることにした。けど、次は右前脚が痛くて重い。この引っ張られる感じは棘つきの輪っかと同じ。でも、血が出ていないのがわかる。ガタンという揺れで、よろめいて倒れた。
チャリン
金属音。あの鎖がある。セラフィナイトは鎖のありそうな所に角をやって探した。角に重みが伝えられる。ここだ。さっきの要領で、鎖を引きちぎろうとする。
嫌な予感がした時は、もう遅かった。
「ジャリーン」
豪快な音をたてて、鎖は動いた。
「っつ……!」
同時に自分の脚まで引っ張られて腹這いになってしまった。鎖は錆びておらず、とても頑丈であった。
密閉された空間の外から、人間の声が聞こえてくる。前の方だ。この空間は、なぜか、前に進んでいるような気がする。ともかく、目が見えるまで何も出来ない。
チャリっと鎖の音がした。
「だれかいるの?」
チャリっとまた音が鳴った。
「誰だい?君は」
もう一人の囚われ者はそう言った。しかし、人語など通じない。セラフィナイトには、音の高低があったことしかわからないのだ。誰か。ここにいる誰かが喋ったことしかわからない。試しに、全種族共通の言葉を使ってみる。
『誰か、いるの?』
奇跡的に通じた。
『いるさ、君は?』
心の声でも、音色というか、雰囲気が掴める。とてもおとなしそうな雰囲気だった。
『私はスピ……。違う、セラフィナイトよ』
『ふーん。君は人間じゃないらしいね』
私は最初人語で話さずにいた。人間からすれば、いなないていたようにしか、思えなかったはずだ。だから、その時点で正体はバレていることになる。
『私はユニコーンよ』
『本当かい? なら、クライトの言う通りだ』
クライト。この世界にもクライトが?
『ああ、僕の名前ははメサイア。クライトと関わったのを見つかって、捕まったんだ。ただの凡人だよ』
『ねえ、クライトって……』
『 クライト......いい奴だよ。僕にユニコーンやドラゴンのことを教えてくれたのは彼女だよ。でも、そのせいで、聖権軍に狙われてるんだ』
聖権軍。たぶん、クライトの言っていた牢屋と呼ばれる場所を管理する人達。
『君はどこから?』
偽りの世界から、なんて言えない。森からと言うのが真っ当だろう。そこが森だったかは、わからないが。
『森だと思う。そこで捕まったみたい』
『なら見たんじゃないかい? 軍に追われている女の人を』
木々の間を飛び回り、逃げていた女の人。あれがクライトとでも言うのか? クライトは木の精霊ではなかったのか?
『クライトって人間だったの?』
『クライトのことを知ってるのかい?』
人間の方も驚いているようだった。
クライトのことは、もちろん知っていた。クライトという名前が偶然被ったようには思えない。ただの勘ではあるが。クライトはこの世界にもいたんだし、さっきの人と似通った雰囲気がある。しかし、クライトはこの世界に来てすぐ牢屋に閉じ込められ、人と話す機会なんて無かったはずだ。それに、クライトは今偽りの世界にいるのに、真実の世界にいるはずが無いではないか。
『ええ、別の世界で会ったわ。でも彼女は木の精霊だった』
『フッ……彼女らしいよ』
どういう事!? 狭間の世界や別の世界のことを知っている者は少ない。クライトだって知らなかった。しかも、人間は木の精霊に変身するのか? 人間の余りにも落ち着いた態度に疑問を抱かずにはいられなかった。クライトは別人物としか考え用が無いが、この人間のことを、もっと知りたいと思った。
『それにしても、何故僕を襲わないんだい?』
『何故……』
逆にこっちがききたかった。何故そんな事を言う。まず、襲いたくても鎖があって襲えない。
『*ユニコーンは乙女以外を角で刺し殺す』
いや、そんなことなど全くない。それにしても、クライトが牢屋に入れられていた間、人間はクライトの事を理解できなかった。別の世界の事など知らないはずの人間がなぜ、こんな事をたくさん知っているのだろう。
『なんで、そんな事知ってるの?』
『全部、クライトから聴いたんだ』
さすがにクライト、クライトとばかり言われると、気が狂いそうになる。汚い空気とのダブルパンチで、もうはきそうだ。では、こちらの世界のクライトはどういう人なんだろう。だいたい予想はつくが。
沈黙が流れた。私が真剣に考えているのを察してか、メサイアは黙っていた。
その時、前に吹っ飛ばされた。脚の輪っかが引っ張られ、激痛が走る。
ガンガンと大きな音をたてて、地面が上下した。この空間の外、前方で牛が嘆くような鳴き声。続いて、ドンドンというくぐもった音が聞こえて、わずかながら、明るくなった。
「うっ」
空気が煙というべきか、ドロッとしていて、腐った食べ物の中にいるようだ。横を見ると、メサイアを確認できた。だいたいのボヤっとした姿しか見えないが、座りこんでいて、白い肌に顔の周りに広がった黒い髪。ディレーズの説明に全く当てはまる。
メサイアは目をすぼめ、嫌な顔をしたが、慣れているようで全然ひけをとらなかった。
どうやら、私達は箱のような物の中に入っていたようで、一面が開いてその前には二人の人が立っていた。その人達は腰から上までしか見えない。私達の箱は宙に浮いているのか?
その二人の人は灰色のお揃いの服を着ている。なんだか格好悪い。灰色の上着は膝の辺まで垂れ下がり、同色のズボンは、膝より下の微妙な所で擦り切れている。片方は大男っぽい太っちょ。もう片方はイカのゲソみたいに細くてヒョロヒョロしている。太い方が喋った。
「よう、また会ったなあ。マヌケエ。これで何回目だあ?」
メサイアは人語をそのまま訳して伝えてくれる。灰色の人達は上から目線でニタニタ笑っている。勝ち誇った顔というのだろうか。何とも言えずむかつく奴。
しかし、メサイアは表情一つ変えず、どうだろうと言うように首を傾げ、相手を睨みつけている。あの二人より冷徹に。
次はヒョロヒョロの方が言った。
「おい、何も言い返せねえのか、チビッコ」
完全にからかわれている。脚を輪っかで繋ぎ留めておいて、この人達は一体何がしたいのだ。
「黙れハツカネズミ。残飯でも喰らってろ」
メサイアが言い返した。意外にも酷いことを言う。メサイアは、心の声と普通の声を同時に使うという器用な技を使っていた。
「おい、てめえ今何て言いやがった。オレの相棒によ」
太った方がドス黒い顔を紅潮させて言う。
「首にまで脂肪が溜まってろくに声が出ないのか。ドブネ……」
太ってヨタヨタとはしたけれど、手馴れた動きで箱の中に上がりこみ、メサイアの首を締め上げた。
「この大バカめ。今度もあの小娘が来るとは限らんぞ」
また睨み合いが始まったようだ。というより、それで会話しているようにも思える。彼の目は闇に光り輝いていた。
ドブネ(ズミ?)と呼ばれた人間は満足したように笑うと手を放した。物凄い音がして、鎖と共に倒れこんだ。息は乱れているし、顔はさらに青白くなっている。
「拷問員をよべ。こいつらを牢屋にぶち込むんだ。あと、どうやら初めてのお客もいるようだしな。この町のルールをきっかり叩き込んでやるぜ」
*偶蹄目=牛など、蹄が偶数に分かれている仲間。逆に、奇数に分かれているものは、奇蹄目と呼ばれる。
偶蹄目は、牛、羊、ヤギ、バクなど。
奇蹄目は、馬など。
が代表的である。
*ユニコーンは……=メサイアが言ったのは、人間世界での伝承であり、この世界では、ユニコーンは乙女以外は刺し殺す、という特性はない。




