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こむぎ日和  作者: 双鶴


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6/6

エピローグ

 春の風が、桜新町の通りをやさしく撫でていた。サザエさん通りの桜並木は満開で、歩道には花びらが舞い落ちていた。高遠姉妹は、こむぎをキャリーバッグに入れて、ゆっくりと歩いていた。


 「今年の桜、ちょっと早いね」


 「うん。でも、こむぎのくしゃみは例年通り」


 美咲は笑いながら、バッグの中のこむぎに指を伸ばした。こむぎは、桜の匂いに少しだけ鼻をひくつかせていた。


 桜新町まちづくり展は、駅前のコミュニティホールで開催されていた。町の歴史、商店街の記録、そして住民による作品展示。美咲の絵も、その一角に飾られていた。


 タイトルは「湯気の記憶」。こむぎとレーズンロール、喫茶さくらんぼのナポリタン、そして昭和の地図をもとに描かれた桜新町の風景。絵の中には、姉妹の暮らしがそっと織り込まれていた。


 「……あの猫、うちの庭にも来るよ」


 展示を見ていた年配の女性が言った。美咲は「こむぎです」と答えた。女性は「いい名前ね」と微笑んだ。


 静香は、展示の隅に置かれた感想ノートをめくっていた。そこには、こんな言葉が書かれていた。


 「この町に住んでいてよかったと思える絵でした。湯気のある暮らし、素敵です」


 姉妹は、ホールを出て、桜並木を歩いた。こむぎは、バッグの中で丸くなりながら、時折外を覗いていた。


 「美咲、絵が町の記憶になったね」


 「うん。でも、町が私たちの記憶になってる気もする」


 静香は、紅茶の香りのような笑みを浮かべた。


 「未来って、湯気みたいだね。見えるようで、すぐに消える。でも、確かにそこにある」


 「そして、誰かの記憶になる」


 桜の花びらが、姉妹の肩にそっと落ちた。こむぎは、くしゃみをひとつして、また丸くなった。


 さくら荘の二〇三号室には、今日も紅茶と猫と、少しの湯気が満ちていた。


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