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作者: Killer

ザァーっと、この辺鄙な森に雨の音が木霊している。一方向から小さい蛙の声が耳に入って来る。


黒混じりの灰空から刻々と雨が降り続け、この森の土を打つ。


そんな森の何処かに、古びた小屋があった。板を継ぎ合わせて作られた、少々苔生した小屋である。


木が腐っているのか、雨足とこの暗さで全く分からない。


基礎すら無さそうな、台風でも来れば吹き飛びそうであるが、苔が生えるほどには長持ちしているらしい。


そこに住む、一人の男がいた。


髪はかなり伸びており思い切り目に掛かっている。別に家無しの様に清潔感が無いと言う訳でも無い。服も濡れているがそれだけである。


髪が長い事を除けば存外普通の男であった。


ただ一つ奇妙な点は、この鬱蒼とした森にたった一人かつ軟弱な小屋に住んでいる所だ。


一応人里は有るのだが此処はちょっとした山の中腹にあるが故、人里に物を買いに行くとすれば余りにも不便である。


大抵の人は、この男に対して疑問を投げるだろう。



この男が何故こんな所に住んでいるかと言うと、最近人里で火事が起きて男の家が燃えてしまったのだ。


男は何方かと言えば貧乏な方だったため特に蓄えがある訳も無い。ただ、住まいが無いと言うのも可哀想であるため、近所の交流があった住人にこの小屋を借りているのだ。 


それにしても古いが、住まいが無いよりはマシだと思い、男は生活している。


見た目こそ酷い物だが雨風は防げるため狭い事以外は案外酷くは無いのだ。


だが問題は、この家が森の真中に位置している事である。


時期になればそこそこの数の獣を見る。熊さえ見たことがある森である。


そんな所であるためこの男もよく獣害に遭う。幸い、未だ大怪我などは至っていないがそれも時間の問題であろう。


そのお陰で多少の治療は自身で出来るようになったのだが。


ただ、一人で住んでいる為大怪我をすればそのまま野垂れ死ぬのみだろう。だから男は早々にこの森を出て行きたいのだが。


それはそれでどうにもならなそうな問題である。


正直人里に戻る手立ては全く立っていない、山の幸を人里まで持って行って売るしか収入が無いからだ。


先程述べたように、余りにも利便性が悪いが為、人里に行く事すら億劫になる物である。


一応この小屋の借用期限等は言われていない為このまま住み続けても良いのだが、死の危険性は侮れない。


何とかこの生活から脱しようと、男は雨に打たれる小屋の中で、胡座を組んで唸っているのである。



まあしかし、この生活から脱するにはそれ相応の収入源が必要である。


こんな森の中で今よりマシな収入源は男には全く思い浮かばない物である。そんな頭があれば今頃人里にいるだろう。


少なくとも、この様な小屋に居なければいけない時間を何とか金に替えたい。


この時期は良く雨が降る、足元は滑りやすくなるし森の中は昼でも相当暗くなる。


だから何とかこのスキマ時間を埋めようと、男は思考していた。



森の中で採れる物を加工するか、里か何処かで内職を貰って来るか。


山の上の神社には貧乏な巫女が住んでいるとか聞くし、もしかしたら住み込みで働かせて貰えるかも知れない。


まあ給料が出るのかはさて置き、悪い案では無い筈である。


住み込みの山菜採りだとか、雑用だとか。もしかしたら何とかなるのでは無いだろうか。


そんな思考をしている内に、雨足は弱まり、蛙の声は聞こえなくなってしまった。


ザァーっと言う音に替わり水溜りに水滴が落ちる音ばかりが小屋と森の中に響いている。


まあ、どうせこんな暗い夜である。そう思い、その日は外に出る事なく、男は眠りに付いた。



次の日、雨の音で起きると言う事は無く、普通の蒸し暑い晴れの日であった。


蛙の声は全く聞こえず、小さな鳥の声のみが聞こえる朝である。


外に出てみると、小さい水溜りが点々と土の上に転がっていた。草にも水滴が集まり、何とも出歩きたくない日だ。


だが、山菜を取りに行かないと生活が危うい。そこで男は渋々森の深い所へと歩き始めた。


その時、後ろから草を揺らす音が聞こえた。


振り返ると、男から十歩程の木陰に、一匹の狐が此方を瞬きせずに見ていた。


不気味な程に動かない、本当に自然の動物か怪しい狐である。


野生動物ならば、この距離に自分から近寄ってくる事なぞ無い筈である。人間に慣れているのだろうか。


狐は人に慣れる物だったか。何方かと言うと騙す方に思考が触れるのだが。


それにしても近い距離である。



暫くの間、狐を見つめていたが全く動こうとしない。男は試しに一歩、狐に近づいた。


狐は動かなかった。先程の不機嫌そうに見える顔と目で、男を見ているだけだ。


一歩、また一歩と近付くも、やはり狐は動かない。距離が縮まるに連れ、首の角度が大きくなって行く。


脹脛に纏わりつく水滴と草を無視し、あと一歩で狐を踏み潰せそうな距離に立ち、膝を折った。


首の角度が元に戻り、これ又やはり、不機嫌そうな顔をしている。


何故狐と言う物はこの様な顔をしているのだろうか。



その様な事を、狐の目を眺めながら考えていると、不意に、視界が何かの布で覆われた。


後退り、一体何だろうかと見てみれば、人間らしき者が、立っていた。


一瞬人間に思えたが、何本も見える黄色の尻尾がそれを否定する。


狐女は腕を組み、見た事の無い帽子を被りながら、蔑む訳でもなく、かと言って笑い掛ける訳でもなく、淡々と男を見下ろしていた。


不機嫌そうな顔はしていなかった。


案外身長が高く、立った男とそう大差無い。むしろ男より高い。


不動ではあるが、手だけが揺れている。


男が立っても尚、口を真っ直ぐに結び大した感情も無さそうな目で男を見ていた。


男が狐女に言いたい事が山程有るのは、言うまでも無い。


そう思っていると、狐女の方からこう話してきた。


「…ああ、一応名を名乗って置くとしようか。私は八雲藍。この上にある神社に用があったのだが、此処を見つけてな。少し気になって見に来たんだ

。」


と、八雲は語った。別に男に用があった訳では無いらしい。


まあ確かに、上から見れば此処は大分目立つだろう。特に何も無い様なので適当に返して置いた。


八雲、確か賢者とか言う妖怪がそんな名前だった筈であるが。いや別にどうでもいい。


そんな事はさて置き、「まあ、そうですか」と返した訳だが。神社に用があったと言うことは多少そこの事を知っている筈だ。


そう思い、神社の事に関して話してみると


「そうだな…、まあ彼奴の事だ、気に入れば住む場所位は貸してくれるかもな。お前、顔は悪く無いからな。」


と、嬉しい答えが返ってきた。給料に付いて何も触れなかった辺り、八雲も全く期待していないのだろう。


男が礼を言うと、八雲は去って行った。


さて、この生活から脱せそうな希望が見え始めたのは良い事だが、生憎今日食べる物が無い為、男は踵を返して森の中に入った。



昨日より比べ物に成らない程明るい今日日により、深い森の中でも存外明るく、足元をよく気に出来る。


足元を見れば、苔生した石なんかが転がっている。


今日は良い日和だ、と思い男は何時もより精を出して山菜採りを始めた。



数刻後、男は2日分程の山菜を採った。何時もはこれ程採れない物だが、今日は何故か良く見つかるのだ。


まあこんな所だろうと、男が小屋に帰ろうと思った刹那、背後から聞きたくない唸り声が聞こえてきた。


聞き間違える筈も無い、紛れも無い、熊の唸り声である。


今日は良い山菜日和である為、男は此処に長居していたが、それは熊からしても同じ事である。


初夏は芽が固く、飢える熊も居ると聞く。この熊がそうだとすれば、考えたくも無い。


背を向けるのは御法度だと言う教えに従い、ゆっくりとだが力強く、男は振り向いた。



其処に居たのは紛れも無い、以前、男と遭遇した熊だ。


見えない何かを感じ取っただとかそう云う訳では無く、目立つ、右手の位置に傷がある熊である。


秋に遭った時と、同じ目をしていた。


もし、この熊が飢えていないとすればまだ助かる可能性は十分あった。


だが、このすればは結局男の願望に他成らず、自然にはそう叶ってくれない物である。


熊は男を食おうと、将又好奇心が芽生えたのか、段々と男に近付いて来た。


無論、男は死にたい訳では無い。それ故、男も一歩、また一歩と後退る。


熊が右手を負傷している事を良い事に逃げるか、其れ共このまま待つか。その二択である。


男が熊に背を向け、走り出そうとした瞬間熊が唐突に、此方から背を向けて逃げ出した。


何故かと思うその前に、男の横から少々大きい足音が聞こえた。


振り向いて見れば、正に、働きに行こうとした神社の巫女であった。確か博麗とか言う名前だった筈だ。


「無事な様で良かったわ」


と博麗は言った。


全くそうである。気紛れなのか知らないが、危ない所だった。


続けて、男に


「で、アンタは何でこんな所にいるの?」


と聞いてきた。


男は小屋の話や収入の話をした。


「ふーん、それで私の神社で働きたい、と。良いわよ、さっさと荷物纏めなさい、そんなに無いだろうけど」


これ又嬉しい話である。実は神社と近いとは言え、案外標高が高いのだ。と言っても何百米もある訳では無いが。



それから男は博麗神社に住み込みで働き始めた。


初めは伽藍洞としていた博麗神社だが、これからは物が増えていくだろう。


自由奔放な霊夢に振り回されながらも、色々と楽しい暮らしをしたのだった。



一方、放置された何時ぞやの小屋では、全く人間の気配は無かった。



ただ有る事とすれば、藍々と目が輝く、右手に傷がある熊が、小屋を覗いていたばかりである。

                   

                   〜完〜

運って大事ですね

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