第15話 子どもたちとの特別な一日
十二月の初旬、待ちに待った子どもたちの神社見学の日がやってきた。佐藤美咲のクラスの小学三年生、二十五人が椿森神社を訪れることになっていた。
千尋は朝早くから準備を整えていた。子どもたちが安全に楽しく学べるよう、境内の清掃を念入りに行い、椿庵では子ども向けの甘いお茶を用意していた。
「千尋さん、準備はいかがですか?」和彦が神職装束を整えながら声をかけた。
「はい、完璧です。子どもたちに神社の素晴らしさを伝えられるよう、頑張ります」
午前十時、バスに乗った子どもたちが神社に到着した。石段を上ってくる子どもたちの元気な声が、静寂な境内に響いた。
「わあ、本当に神社だ!」
「すごく大きな木がある!」
子どもたちは初めて見る神社に興奮していた。美咲が子どもたちを整列させると、千尋と和彦が出迎えた。
「皆さん、椿森神社へようこそ。私は巫女の千尋です」
「僕は宮司の和彦です。今日は楽しく神社のことを学んでくださいね」
子どもたちは礼儀正しく挨拶した。その中に、山田健太の姿もあった。
「健太くん、今日はよろしくお願いします」千尋が声をかけると、健太は誇らしげに答えた。
「はい!僕、みんなに神社のことを紹介するんです」
最初に、和彦が本殿で参拝の作法を教えた。
「神社では、まず手と口を清めます。これを『手水』と言います」
子どもたちは興味深そうに手水舎での清め方を学んだ。
「次に、本殿の前で二礼二拍手一礼をします」
和彦の指導で、子どもたちは正しい参拝の仕方を覚えた。
「神様にお願いごとをする時は、まず自分の名前と住所を言ってから、感謝の気持ちを伝えるんですよ」
子どもたちは真剣に参拝していた。中には、小さな声で神様にお願いごとをしている子もいた。
参拝が終わると、千尋が境内の案内を始めた。
「この大きな木は椿の木です。とても古い木で、神社を長い間見守ってくれています」
「どのくらい古いんですか?」一人の女の子が質問した。
「百年以上前からここにあります。皆さんのひいおじいちゃんやひいおばあちゃんの時代からあるんですよ」
子どもたちは椿の木の大きさに驚いていた。
「この木、本当に大きいね」
「僕たちみんなで手をつないでも、一周できないかも」
次に、千尋は子どもたちを池に案内した。
「ここには、みどりちゃんという亀がいます」
千尋が池を指すと、みどりがゆっくりと顔を出した。
「わあ、本当に亀がいる!」
「可愛い!」
子どもたちは大興奮だった。みどりは子どもたちの声に反応して、池の縁まで泳いできた。
「みどりちゃんは、とても賢い亀なんです。この神社の歴史を知っている特別な亀なんですよ」
健太が前に出て説明した。
「みどりちゃんは、僕たちが来ると必ず顔を出してくれるんです。きっと、みんなのことを歓迎してくれているんだと思います」
その時、白雪と小太郎も現れた。
「猫ちゃんもいる!」
「白い猫と茶色い猫だ!」
子どもたちは動物たちに大喜びだった。白雪と小太郎は、子どもたちに慣れているかのように、優しく近づいてきた。
「この白い猫は白雪ちゃん、茶色い猫は小太郎くんです」千尋が紹介すると、子どもたちは嬉しそうに動物たちと触れ合った。
「猫ちゃん、ふわふわで気持ちいい」
「みどりちゃんも触らせてくれるかな?」
千尋は子どもたちに動物との正しい接し方を教えた。
「動物たちは、優しく接すれば必ず応えてくれます。でも、無理やり触ったり、大きな声を出したりしてはいけませんよ」
子どもたちは千尋の指導に従って、動物たちと穏やかに触れ合った。
動物たちとの触れ合いの後、千尋は子どもたちを椿庵に案内した。
「ここは椿庵といって、お茶を飲む場所です。今日は、皆さんのために特別なお茶を用意しました」
椿庵では、千尋が子ども向けの甘いお茶を淹れた。カモミールにはちみつを加えた、優しい味のお茶だった。
「このお茶、甘くて美味しい!」
「なんだか、心が落ち着く味がする」
子どもたちは千尋のお茶を喜んで飲んだ。
「このお茶は、神社の特別な水で作りました。心を落ち着かせて、体も元気にしてくれるお茶です」
千尋が説明すると、子どもたちは興味深そうに聞いていた。
「神社の水って、普通の水と違うんですか?」一人の男の子が質問した。
「はい、御神水といって、神様の力が宿った特別な水なんです」
お茶を飲みながら、千尋は子どもたちに神社の歴史について話した。
「この神社は、昔からこの地域の人々を見守ってきました。皆さんのおじいちゃんやおばあちゃんも、きっとここにお参りに来たことがあると思います」
「僕のおばあちゃんも、昔ここに来たって言ってた!」一人の子が手を上げた。
「そうですね。神社は、世代を超えて人々をつないでくれる大切な場所なんです」
その時、美咲が子どもたちに質問した。
「皆さん、今日神社で学んだことで、一番印象に残ったことは何ですか?」
「動物たちと触れ合えたこと!」
「みどりちゃんが可愛かった!」
「お茶が美味しかった!」
子どもたちは口々に感想を述べた。
健太が手を上げて言った。
「僕は、神社が昔から地域の人々を見守ってきたということが印象に残りました。僕たちも、この神社を大切にしていきたいです」
健太の発言に、他の子どもたちも頷いた。
「そうだね、僕たちも神社を大切にしよう」
「また来たいな」
千尋は子どもたちの純粋な気持ちに感動していた。
見学の最後に、千尋は子どもたちに特別なプレゼントを用意していた。
「皆さんに、神社のお守りをプレゼントします」
千尋が手作りした小さなお守りを一人ひとりに渡した。
「このお守りには、皆さんが健康で幸せに過ごせるよう、お祈りを込めました」
子どもたちは大喜びでお守りを受け取った。
「ありがとうございます!」
「大切にします!」
見学が終わり、子どもたちがバスに乗る時間になった。
「千尋さん、和彦さん、今日は本当にありがとうございました」美咲が感謝を述べた。
「こちらこそ、貴重な機会をいただき、ありがとうございました」
子どもたちは名残惜しそうに神社を後にした。
「また来るからね!」
「みどりちゃん、元気でいてね!」
バスが見えなくなるまで、千尋と和彦は手を振り続けた。
その日の午後、千尋は椿庵で一人静かに過ごしていた。子どもたちとの楽しい時間を振り返りながら、心が温かくなっていた。
そこに、常連客の田中一郎がやってきた。
「千尋さん、今日は子どもたちの見学があったそうですね」
「はい、とても楽しい一日でした」
「子どもたちの純粋な心に触れると、こちらも清々しい気持ちになりますね」
田中さんの言葉に、千尋は深く頷いた。
「子どもたちは、大人が忘れてしまった大切なことを思い出させてくれます」
夕方になると、山田花子と健太がやってきた。
「千尋さん、今日は健太がお世話になりました」
「健太くん、とても立派でしたよ。クラスのリーダーとして、素晴らしい役割を果たしてくれました」
健太は照れながらも、誇らしげだった。
「みんな、神社のことを気に入ってくれたみたいです。また来たいって言ってました」
「それは嬉しいですね。いつでも歓迎します」
その夜、千尋は境内を散歩していると、白雪、小太郎、みどりが一緒にいるのを見つけた。
「あなたたちも、今日の子どもたちを気に入ってくれたのね」
動物たちは千尋を見つめて、満足そうな表情を浮かべていた。
翌日、美咲が椿庵を訪れた。
「千尋さん、昨日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
「実は、子どもたちが昨日のことを作文に書いたんです。読んでいただけませんか?」
美咲が持参した作文を読むと、千尋は感動で涙ぐんだ。
『神社見学で学んだこと』
『昨日、椿森神社に見学に行きました。千尋さんという優しい巫女さんが、神社のことをたくさん教えてくれました。
一番印象に残ったのは、動物たちとの触れ合いです。みどりちゃんという亀と、白雪ちゃんと小太郎くんという猫がいました。みんなとても人懐っこくて、僕たちを歓迎してくれているようでした。
千尋さんが作ってくれたお茶も、とても美味しかったです。神様の力が宿った特別な水で作ったお茶だと聞いて、びっくりしました。
神社は、昔から地域の人々を見守ってきた大切な場所だということを学びました。僕も、この神社を大切にしていきたいと思います。
また、家族と一緒に神社にお参りに行きたいです』
他の子どもたちの作文も、同じように神社への愛情と感謝の気持ちが込められていた。
「子どもたちの純粋な気持ちが、とてもよく表れていますね」千尋が感動して言った。
「はい、子どもたちにとって、とても貴重な体験になったようです」
美咲は続けた。
「実は、他のクラスの先生方も、同じような見学をお願いしたいと言っています」
「それは嬉しいお話ですね。ぜひ、お受けしたいと思います」
こうして、椿森神社の子ども向け教育プログラムは、大成功を収めた。
数日後、千尋は境内で瞑想をしていると、椿の木から新しいメッセージを受け取った。
「子どもたちとの交流は、あなたにとって大きな学びとなりましたね」椿の精霊が語りかけてきた。
「はい、子どもたちの純粋な心に触れて、多くのことを学びました」
「子どもたちは、未来への希望です。彼らに神社の大切さを伝えることで、伝統が次の世代に受け継がれていきます」
椿の精霊の言葉に、千尋は深い意味を感じた。
その日の午後、鈴木太郎がやってきた。
「千尋さん、子どもたちの見学について記事を書かせていただきました」
鈴木さんが見せてくれた記事には、子どもたちの笑顔の写真と共に、神社での学習体験の様子が詳しく書かれていた。
『椿森神社で学ぶ伝統文化 子どもたちの心に響く特別な体験』
記事が掲載されると、多くの学校から見学の問い合わせが来るようになった。
ある日、千尋は常連客の雅子、健一、正夫と一緒に、子どもたちの教育プログラムについて話し合っていた。
「千尋さん、私たちも子どもたちの教育プログラムのお手伝いをしたいです」雅子が申し出た。
「僕も、子どもたちに勉強を教えることができます」健一も賛成した。
「私は、写真を通じて神社の美しさを伝えることができます」正夫も協力的だった。
千尋は三人の申し出に感動した。
「皆さんのお力をお借りできれば、もっと充実したプログラムができそうです」
こうして、椿森神社の教育プログラムは、地域の人々の協力を得て、さらに発展していくことになった。
その夜、千尋は日記を書いた。
『子どもたちとの特別な一日は、私にとって忘れられない体験となりました。子どもたちの純粋な心と好奇心に触れて、改めて神社の大切さを実感しました。
健太くんがリーダーシップを発揮している姿を見て、彼の成長を嬉しく思いました。また、他の子どもたちも神社を愛してくれるようになって、とても嬉しいです。
これからも、多くの子どもたちに神社の素晴らしさを伝えていきたいと思います。そして、常連客の皆さんも協力してくださるということで、さらに充実したプログラムができそうです』
千尋は日記を閉じて、窓の外を見た。冬の夜空に星が輝いている。子どもたちの笑顔が、星のように心に輝いていた。
白雪、小太郎、みどりも、それぞれの場所で静かに休んでいる。動物たちも、子どもたちとの楽しい一日を覚えているのだろう。
子どもたちとの特別な一日は、千尋にとって新しい使命を見つける機会となった。神社の伝統を次の世代に伝えることの大切さを実感し、これからも多くの子どもたちとの出会いを楽しみにしていた。
椿森神社は、大人だけでなく子どもたちにとっても特別な場所となり、世代を超えた交流の場として発展していくのだった。