表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/70

午後の会議

 午後の会議は、最近の若者、特に中高生達の恋愛事情を、社長と羽田が中心になり熱い激論を飛ばしていた。羽田などは、ちょうど娘が高三なので妙に色々な事に詳しい。剥きになって喋っていた。羽田のことだ、娘に根掘り葉掘りしつこく聞いて、嫌われていることだろう。嫌われる親父の典型的な男だ、間違いない。

 そんなこんなで午後の会議は無事終了した。あとは支店の奴らと親睦会だ。年に一回の会議のあとは必ず執り行なうのだが、キューピットは男しかなれないので恋愛営業部には女性がいない。汗臭い野郎ばかりで飲んでもちっとも楽しくない。それに、恋愛営業部以外の人間は誰もこないのだ。なぜなら俺達がキューピットだと会社の人間は知らない。恋愛営業部の名は、キューピット達の間で使われている名称で、表向きはリサーチ部と呼ばれている。人間の社員からは、一体なにをリサーチしてるんだと不思議に思われている。そして、影ではホモ部とも呼ばれている。そりゃそうだろう、リサーチ部には事務の女子社員もいないし、極めつけなのは部長の羽田は女言葉を使う。どうひいき目に見てもホモ部にしか見えない。こんなに人間のために頑張って苦労もしていると言うのに、とても可哀想な部署なのだ。

 羽田がパンパンと手を叩いたので、みんな一斉に注目した。

「みなさん、会議は終わりますが、いつもの店で七時集合です。遅れてはいけませんよ。それでは一旦解散します。お疲れ様でした」

「うい~」だの「おえ~」だの野太い声で口々に言い、思い思いに席を立つ。俺もガヤガヤと騒がしい会議室を本社の奴らと一緒に出た。

 親睦会は近くの居酒屋を貸しきる。五十人入ればいっぱいの普通の割烹居酒屋だ。

なぜいつもこの店でやるのかは定かではないが、以前、天野から聞いたことがある。

「この店は、四代目社長が女に出させた店らしいよ」

 ほんとの事は知らないが、確かに四十ちょっと過ぎの小股が切れ上がった美人の女将がいる。それが本当なら、うちの会社の社長一族はどうなっているんだ。金儲けもお盛んなら、女の事もお盛んらしい。キューピットなら自分の矢はコントロール出来るが、しかしこんな事して神様に怒られないのだろうか? いつかはとんでもなく怒られると思うが。

 もしかしたら、恋愛営業部なるものを立ち上げたのは、神様に後ろめたいからではないのか? 真剣にキューピットの役目を遂行していますと、神様にアピールするためだけに作られた部署ではないだろうか。恐らくきっとそうだろう。

 その社長は羽田と一緒の席に座っている。横で女将が酌をしているので、社長は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。ここを選ぶのは、店の売り上に貢献したいからだろう。まったくせこい話だ。

羽田の伸びやかな乾杯の合図と共に親睦会が始まった。

俺のテーブルには羽田以外の本社の奴らが集まった。天野は自分の弓を抱えて、美味しそうにビールを飲んでいる。それを羨ましく見てると、弦さんが俺のグラスにビールを注いだ。

「まあ九さん、飲みなよ。天野は運が良かっただけだ」

「運も実力の内」

 間髪入れずに天野が言い、はぁ~と弓に息を吐きかけ丁寧に擦っている。

 弦さんは苦笑いしただけでなにも言わないが、隣で聞いていた真弓が茶化した。

「いい色ですね。でも、あんまり磨き過ぎると色が落ちますよ」

 天野は弓から手を放すと不安そうに聞いた。

「ほんと?」

「嘘に決まってんだろ」

 弦さんが呆れて言うと、真弓は大笑いした。天野は膨れている頬を、更に膨らましている。それでも俺は羨ましく弓を眺めた。

「でもいいよな、運でもよ。俺も一度くらいは色を変えたいよ。どうすればいいんだ? 弦さん、真弓。はぁ……」

 俺がため息を付いたので弦さんは渋い顔をする。いつも憎まれ口しか言わない真弓も気の毒に思ったのか、声を落として言った。

「九さんは考え過ぎなんですよ。積極的に撃ち込んでないでしょ。天野さんはたださぼっているだけだけど、九さんの場合は、なにか撃ち込めない迷いがあるんじゃないですか?」

 天野は直ぐに反応して口を尖がらせる。

「真弓、それ酷くないか」

「本当の事だろうが、お前は黙ってろ」

 弦さんにきつく言われ、自分でも思い当たる事があるのだろうか、天野は首を縮めて黙ってしまった。俺はビールをちびりと飲み、真弓の問い掛けに答えた。

「迷いと言うか、分からないんだ。俺が撃ち込んで、このカップルは本当に上手く行くのかどうか、分からない。逆にお前に聞きたいよ。撃ち込んで二人が上手く行かなかったら、どうすんだ?」

「俺はカップルを見極めてますよ。この二人だったら上手く行くってね。じゃないと撃ち込みませんよ」

「本当に見極めているのか? 真弓は人間に生まれてまだ三十ちょっとだ。結婚してから夫婦の時間はもっと永いぜ。実際には最後まで見届けていないだろ。四十年、五十年の夫婦生活なんてざらにある。結婚したての数年は仲良くやっているかもしれないが、何十年先の夫婦の仲まで責任を負えないな、俺には」

「そんな事言ったらきりがないですよ。撃ち込むのが、俺達キューピットの使命なんですから。ねえ、弦さん」

 弦さんは手に持つグラスをじっと見つめて聞いていたが、真弓の問い掛けに顔を上げた。

「難しいね。九さんの言っていることはもっともだ。確かに責任は負えない。でも真弓の言っているように、使命もあるからな。俺はこう思ってる。俺達キューピットに撃ち込まれたカップルは、選ばれた人間だとね。夫婦の手本となる、選ばれた人間じゃないのかな。一生同じ相手と添い遂げるのが恋愛なんだ。それを人間に分かってもらうためのね」

 弦さんも弓吉と同じ事を言った。だが、そんなに完璧な恋愛が本当に必要なのか、俺にはやはり分からない。

「あら、どうしたの? こちらのテーブルの皆さんは深刻な顔して」

 女将が来て、俺のグラスにビールを注いだ。

弦さんが、「俺達は愛について議論してたんだ」と言って笑う。

「まあ、おかしい。オホホホ」

笑い返した女将は、全員のグラスにビールを注ぎ終わると、忙しそうに行ってしまった。

俺は女将の後ろ姿を見届けて、弦さんに小指を突き出した。

「あの女将、社長のこれ?」

 弦さんが意味ありげにニヤリと笑うので、俺は首を捻った。

「キューピットがそんなことしていいのかね?」

「いいんだよ。キューピットは神で、人間じゃないから」

 弦さんの言葉に真弓が手を叩いて喜んだ。

「そうだ、俺これでも神だった。自覚ね~」

 俺は店内を見渡した。どいつもこいつも赤い顔して酔っ払って騒いでいる。マイクを持って唄っている神、大口開けて手拍子している神、酔い潰れてよだれ垂らして寝てる神、まったく自覚なんてありゃしねえ。

 本当にこれでいいのだろうか? 益々疑問が募るばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ