午後の会議
午後の会議は、最近の若者、特に中高生達の恋愛事情を、社長と羽田が中心になり熱い激論を飛ばしていた。羽田などは、ちょうど娘が高三なので妙に色々な事に詳しい。剥きになって喋っていた。羽田のことだ、娘に根掘り葉掘りしつこく聞いて、嫌われていることだろう。嫌われる親父の典型的な男だ、間違いない。
そんなこんなで午後の会議は無事終了した。あとは支店の奴らと親睦会だ。年に一回の会議のあとは必ず執り行なうのだが、キューピットは男しかなれないので恋愛営業部には女性がいない。汗臭い野郎ばかりで飲んでもちっとも楽しくない。それに、恋愛営業部以外の人間は誰もこないのだ。なぜなら俺達がキューピットだと会社の人間は知らない。恋愛営業部の名は、キューピット達の間で使われている名称で、表向きはリサーチ部と呼ばれている。人間の社員からは、一体なにをリサーチしてるんだと不思議に思われている。そして、影ではホモ部とも呼ばれている。そりゃそうだろう、リサーチ部には事務の女子社員もいないし、極めつけなのは部長の羽田は女言葉を使う。どうひいき目に見てもホモ部にしか見えない。こんなに人間のために頑張って苦労もしていると言うのに、とても可哀想な部署なのだ。
羽田がパンパンと手を叩いたので、みんな一斉に注目した。
「みなさん、会議は終わりますが、いつもの店で七時集合です。遅れてはいけませんよ。それでは一旦解散します。お疲れ様でした」
「うい~」だの「おえ~」だの野太い声で口々に言い、思い思いに席を立つ。俺もガヤガヤと騒がしい会議室を本社の奴らと一緒に出た。
親睦会は近くの居酒屋を貸しきる。五十人入ればいっぱいの普通の割烹居酒屋だ。
なぜいつもこの店でやるのかは定かではないが、以前、天野から聞いたことがある。
「この店は、四代目社長が女に出させた店らしいよ」
ほんとの事は知らないが、確かに四十ちょっと過ぎの小股が切れ上がった美人の女将がいる。それが本当なら、うちの会社の社長一族はどうなっているんだ。金儲けもお盛んなら、女の事もお盛んらしい。キューピットなら自分の矢はコントロール出来るが、しかしこんな事して神様に怒られないのだろうか? いつかはとんでもなく怒られると思うが。
もしかしたら、恋愛営業部なるものを立ち上げたのは、神様に後ろめたいからではないのか? 真剣にキューピットの役目を遂行していますと、神様にアピールするためだけに作られた部署ではないだろうか。恐らくきっとそうだろう。
その社長は羽田と一緒の席に座っている。横で女将が酌をしているので、社長は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。ここを選ぶのは、店の売り上に貢献したいからだろう。まったくせこい話だ。
羽田の伸びやかな乾杯の合図と共に親睦会が始まった。
俺のテーブルには羽田以外の本社の奴らが集まった。天野は自分の弓を抱えて、美味しそうにビールを飲んでいる。それを羨ましく見てると、弦さんが俺のグラスにビールを注いだ。
「まあ九さん、飲みなよ。天野は運が良かっただけだ」
「運も実力の内」
間髪入れずに天野が言い、はぁ~と弓に息を吐きかけ丁寧に擦っている。
弦さんは苦笑いしただけでなにも言わないが、隣で聞いていた真弓が茶化した。
「いい色ですね。でも、あんまり磨き過ぎると色が落ちますよ」
天野は弓から手を放すと不安そうに聞いた。
「ほんと?」
「嘘に決まってんだろ」
弦さんが呆れて言うと、真弓は大笑いした。天野は膨れている頬を、更に膨らましている。それでも俺は羨ましく弓を眺めた。
「でもいいよな、運でもよ。俺も一度くらいは色を変えたいよ。どうすればいいんだ? 弦さん、真弓。はぁ……」
俺がため息を付いたので弦さんは渋い顔をする。いつも憎まれ口しか言わない真弓も気の毒に思ったのか、声を落として言った。
「九さんは考え過ぎなんですよ。積極的に撃ち込んでないでしょ。天野さんはたださぼっているだけだけど、九さんの場合は、なにか撃ち込めない迷いがあるんじゃないですか?」
天野は直ぐに反応して口を尖がらせる。
「真弓、それ酷くないか」
「本当の事だろうが、お前は黙ってろ」
弦さんにきつく言われ、自分でも思い当たる事があるのだろうか、天野は首を縮めて黙ってしまった。俺はビールをちびりと飲み、真弓の問い掛けに答えた。
「迷いと言うか、分からないんだ。俺が撃ち込んで、このカップルは本当に上手く行くのかどうか、分からない。逆にお前に聞きたいよ。撃ち込んで二人が上手く行かなかったら、どうすんだ?」
「俺はカップルを見極めてますよ。この二人だったら上手く行くってね。じゃないと撃ち込みませんよ」
「本当に見極めているのか? 真弓は人間に生まれてまだ三十ちょっとだ。結婚してから夫婦の時間はもっと永いぜ。実際には最後まで見届けていないだろ。四十年、五十年の夫婦生活なんてざらにある。結婚したての数年は仲良くやっているかもしれないが、何十年先の夫婦の仲まで責任を負えないな、俺には」
「そんな事言ったらきりがないですよ。撃ち込むのが、俺達キューピットの使命なんですから。ねえ、弦さん」
弦さんは手に持つグラスをじっと見つめて聞いていたが、真弓の問い掛けに顔を上げた。
「難しいね。九さんの言っていることはもっともだ。確かに責任は負えない。でも真弓の言っているように、使命もあるからな。俺はこう思ってる。俺達キューピットに撃ち込まれたカップルは、選ばれた人間だとね。夫婦の手本となる、選ばれた人間じゃないのかな。一生同じ相手と添い遂げるのが恋愛なんだ。それを人間に分かってもらうためのね」
弦さんも弓吉と同じ事を言った。だが、そんなに完璧な恋愛が本当に必要なのか、俺にはやはり分からない。
「あら、どうしたの? こちらのテーブルの皆さんは深刻な顔して」
女将が来て、俺のグラスにビールを注いだ。
弦さんが、「俺達は愛について議論してたんだ」と言って笑う。
「まあ、おかしい。オホホホ」
笑い返した女将は、全員のグラスにビールを注ぎ終わると、忙しそうに行ってしまった。
俺は女将の後ろ姿を見届けて、弦さんに小指を突き出した。
「あの女将、社長のこれ?」
弦さんが意味ありげにニヤリと笑うので、俺は首を捻った。
「キューピットがそんなことしていいのかね?」
「いいんだよ。キューピットは神で、人間じゃないから」
弦さんの言葉に真弓が手を叩いて喜んだ。
「そうだ、俺これでも神だった。自覚ね~」
俺は店内を見渡した。どいつもこいつも赤い顔して酔っ払って騒いでいる。マイクを持って唄っている神、大口開けて手拍子している神、酔い潰れてよだれ垂らして寝てる神、まったく自覚なんてありゃしねえ。
本当にこれでいいのだろうか? 益々疑問が募るばかりだ。