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キューピットマヨネーズ

 こうして俺はキューピットマヨネーズ社に入社した。

 会社は調味料を製造して販売するのが本業の仕事だが、キューピットの俺は違う。恋愛営業部の仕事は、日々カップルを作るのにいそしんでいる。このことはごく限られた人間しか知らない。まぁ、キューピットが存在している事も知らない人間がほとんどだ。

 そして二十年前、二十五才の時に香織と結婚した。今ではすっかりおばさんになった香織だが、若い時はみんなが振り返るいい女だった。通勤電車でカオリに一目惚れをした俺は矢を使った。少し汚い手を使ったがとんとん拍子に話が進み、出会って半年後には結婚してしまった。

 新婚初夜、香織にキューピットの秘密を打ち明けた。

「実は……俺はキューピットなんだ。隠していてすまない……」

「隠してた? 今さらなに言ってんのよ。あなたがキューピー顔なんて見ればわかるじゃない。なにを真面目な顔で言ってんのよ。とっちゃん坊や見たいな顔してるくせに」

「とっちゃん坊や……ってお前、俺は真面目に言ってんだ!」

「はっ?」

「お前がなんで俺を好きになったか知ってるか?」

 香織は眉の間に皺を作り、怪訝な顔をして考えている。

「う~ん……そうなのよね。なんであなたを好きになったのかしら……不思議……?」

 俺は背負っている弓を、香織の目の前に突き出した。弓はキューピットが見せようと思えば、人間でも見ることができるのだ。

「なにこれ? 古臭いオモチャね」

 俺は香織に突き刺してある自分の矢を引き抜いた。他人の矢は抜けないが、自分の矢は何度でも抜けるのだ。そして矢を弓に装着した。

「これをもう一度お前のハートに……ヤーッ」

 説明するのも面倒なので、カオリに目掛けて矢を放った。

「九さん……好き……」

 香織は俺の胸に崩れて、目をハートの形にさせて見上げている。

「わかったか。うふふふ」

「はい……」

 その十か月後、息子の九斗が生まれた。


「時間よ、早く起きなさい」

 一番熟睡していい気持ちのところを香織に叩き起こされた。。しぶしぶ起き上がり、あくびをしながらカーテンを開けた。マンションの四階から見える町並みは、四月の朝日が眩しく清々しいが、眠い目には嫌になるほど痛々しい。

 半開きの目と憂うつな気分でリビングに行くと、テーブルの上には香織が入れたコーヒーが置かれている。投げやりな態度でイスに座り、渋い顔でコーヒーを一口飲んだ。

「眠いねまったく……」

 大きなあくびをして何気なく振り返ると、香織もあくびを噛み殺して立っている。

「シャキとしなさいよ」

「へいへい、シャワー浴びてくる。……ふぁ~」

「なんか言った?」

「いやいや、なんにもいってませんよ」

 今日、四月の第一火曜日は、年一回ある全体会議の日だった。

 入社して二十七年経つと、俺が勤める本社の恋愛営業部以外にも、全国にあるマヨネーズの支店の中に次々と恋愛営業部が発足した。今では本社以外にも全国に九支店があり、キューピットの営業マンが総勢五十人ほどいる。

 そのキューピット達が会議のため本社に集結する。全く気が重い。

 シャワーを浴びると少し目が覚めた。着替えをすませ、バックを掴むと玄関に向かった。

 香織に「行ってらっしゃい」と送り出されてドアを開けた。


 満員電車に詰め込まれ、ヘトヘトになって駅まで着いた。会社に向かう道をトボトボ歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「よう、九さんおはよう」

 振り向くと、天野哲矢が朝から太った顔で暑苦しく笑っている。

「おはよう。天野、お前も今日の会議でがっちり絞られるだろ」

「フフフン、そんな事はないよ。フフフン」

「なんだ、フフフンて、ずいぶん余裕だな」

「フフフのフン~」

 気持ちが悪い奴だ。天野も俺と同じ四十五才でキューピットだが、丸い顔で赤ちゃんのような肌をしているので、同じキューピー面の俺よりも若く見える。

 恋愛営業部に勤めていて、カップル幸せ率は俺と変わらずに下位のはずだ。それがこの余裕は一体どうしたのだろう。

「気色が悪いなお前、食あたりか?」

「まぁ、会議でわかるよ。お先に~」

 スキップのつもりらしいが、どう見てもつまずいている様にしか見えない足取りで駆けて行った。

 会議の事を考えると足取りが重い。奴の顔を見たら益々重くなり、ガックリ肩を落として会社に向かった。

 十九階建のビルの外装は至って普通だが、正面玄関にはこの会社ならでは銅像が建っている。高さ一メートルほどの台座の上に、八十センチほどのキューピットの銅像が、大股広げて弓を撃つポーズを決めている。

 この前を通る度に恥ずかしくなってしまう。なぜかと言うと、キューピットが股を広げているのだが、股から可愛らしいチンチンが垂れ下がっている。キューピットは銅像特有の渋い色をしているが、どういう訳かそこのチンチンだけが黄金色に光っている。恐らく誰かが通る度に、そこだけ触っているのだろう。まったくどんな奴だか顔が見てみたい。

 そんな事を考えて銅像を眺めていると、いきなり横から毛深い手が伸びてきて、チンチンを握っる奴がいた。朝っぱらから大胆な行動に驚き、握っている奴の顔を見て二度驚いた。

「社長!」

「おぉ~、おはよう、矢神君。今日も一日、愛で行こうね」

「お、おはようございます。社長……そこをいつも触っているのですか?」

「これか?」

 社長は首を傾げると、チンチンを手の平で転がした。

「そうだよ。これが愛だ」

 ニンマリ笑って二、三度にぎにぎすると、「ガハハハ~」大口開けて笑いながら玄関の中に消えてしまった。

 見かけは熊みたいな男だが、この会社の社長でありキューピットの天童矢吾郎だ。

 チンチン握って愛を叫ぶキューピットもないだろ……

 一階の広いロビーには、出勤してきた社員が一斉にエレベーターに向かい、規則正しく行進している。その中には、会議のために全国から集まったキューピットもいるが、見た目では人間よりも悪人顔が数人いる。その悪人顔の典型的なのが社長の天童だ。キューピットと言うよりはナマハゲのような顔をしている。

 エレベーターまで行き、可愛い女子社員二人が俺の前に立った。頭にキューティクルの天使の輪がきれいに出来ている。女子社員の天使の輪を見つめてエレベーターを待っていると、「あら、矢神君、おはよう」嫌味な声が後ろから聞こえた。

 俺は肩をすぼめて振り返り、愛想笑いを浮かべて丁寧にお辞儀をした。

「部長おはようございます」

「あなたの会議での報告、楽しみにしてるわよ」

 部長の羽田弓男は男のくせに女言葉を使う。なんで嫌味な奴は決まって女言葉を使うのだろう。青白いナスみたいな顔をしたおっさんが、腰をクネクネしながら喋るのが気持ち悪い。

 俺が新入社員の時に、羽田が三才先輩で指導員だった。何度か弓を撃つ姿を見たことがある。矢と弓を両方とも小指を立てて摘まむと、腰をくねらせ「いや~ん」と奇妙な掛け声と共に放つ姿が、不気味でしょうがなかった。そんな不気味ちゃんでも成績は優秀で、恋愛営業部の部長までのし上がったつわものだ。

 この場から逃げる訳にも行かないので、一緒にエレベーターに乗り込んだ。羽田は薬指で十階のボタンを押すと、両手の小指を立てて蝶ネクタイを直した。そして、横にいるキューティクルが輝く二人の女子社員を横目でチラッと見る。

「近頃の子は髪の手入れだけは一人前なのね」

 キューティクルの二人組みは、羽田に見えないようにペロリと舌を出す。

 嫌味を言う羽田の後頭部を見ながら思った。お前のつるっぱげの頭にも、頭皮に輝く天使の輪が出来ているから心配すんな。

 いきなりハゲ頭が振り返った。

「なにか言った?」

 驚いた俺は、必要以上に首を大きく横に振った。

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