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恋愛営業部

 紀元前は人口も少なかったので、先祖達は子供を増やすために矢を撃つのに大忙しだった。しかし、先祖代々のキューピッドは、カップルを作る事に力を注いでがんばっていたが、近代になり人口も増えてくると少なくなってしまった。

 だが、キューピット本来の役目も現代になると、少し変わってきたようだ。

 大学に進学することが決まっていた高三のクリスマスの日に、突然、俺の家にスカウトが来た。

 キューピットマヨネーズのスカウトマンだった。

 調味料のメーカーで、キューピットマヨネーズはほとんどの人が知っているだろう。なにを隠そう創設者はキューピットだ。キューピット稼業の他に金儲けも考える、貪欲なキューピットなのだ。

 スカウトマンは猿のような怪しげ中年男だったので、キューピットだと聞いたときは驚いて目が点になってしまった。その怪しげなスカウトマンが言うには、会社で五年前から新しい部署を立ち上げたので、そこに俺も勤務して欲しいとのことだった。

 部署とは、恋愛営業部。

「れっ恋愛営業部?」

 余りにもセンスのないネーミングで、俺は声が裏返ってしまった。

 しかし、怪しげスカウトマンは冷静に、そして、ネーミングに恥じる事もなく堂々と説明した。

「我々キューピットは個々に活動してきましたが、近年の恋愛状況は目に余るものがあります。出来ちゃった結婚など安易に結婚するかと思えば、離婚率も高くなっている。援助交際などもっての他だ。そこで! 世の中の間違った恋愛観を、我々キューピットが改めなくてはならない。個々で活動していても埒が明かない! 今は我々が共に力を合わせる時だ!」

 スカウトマンのおっさんは話している内に興奮し、拳を握り締めて力説する。そして、お袋が出したお茶をグッと飲み干した。

「と、熱く語った社長が発起人になりまして、恋愛営業部を作りました。そこで、九太郎君にも力になって頂きたく、本日やってまいりました」

 恋愛営業部なるものは総勢五人。全国にいるキューピットを何人かスカウトしたらしい。

 大学に進学する予定だし、将来はまだ何をするか決めていない。それにキューピットの役目は合間を見てぼちぼちやります。と俺は言ったがおっさんは引かなかった。

「今、活躍しないでいつするんですか。ぼちぼちなんて悠長な事を言っている場合ではないのです。会社は若い力を必要としています」

「でも、まだキューピットになったばっかりだし、色々な経験も積みたいし……」

 などと渋っていると、おっさんは奥の手を出した。

「これなんですがね……」

 なにやら勿体ぶって座り直すと、先ほどから気にはなっていたおっさんの横に置いてある風呂敷包みを持ち上げる。上目づかいで「ふふふ」と含み笑いをしながらテーブルの上で風呂敷を広げた。

「契約金です。確認して下さい」

 大袈裟に風呂敷を広げ、大層に言うわりには薄っぺらな封筒一つしかない。それでも、隣に座っていたお袋がいち早く飛びついた。封筒の中から数枚の紙幣を取り出すと、指を舐めて勘定をしはじめた。

「どうですお母さん。いいでしょ。むふふ」

 スカウトのおっさんが、まるで悪代官のように口を斜めにして笑うと、お袋も「ふふふっ」と鼻で笑った。そして握り締めた札束を見つめ、独り言のように呟いた。

「お父さんが死んじゃって、色々と大変なのよね……あんたが大学に入っても、ちゃんと学費が納められるか不安だわ。それに、最近更年期のせいなのか、熱ぽくてへんな変な汗はかくし、動悸もするのよね」

 チロリと横目で俺を見ると、「はぁ~っ」大げさにため息を付いた。

「あっ、きたねえ。更年期障害を盾にして、息子を金で売るのか。更年期なら毎晩毎晩近所のおばさん連中とカラオケなんていかないで、命の母Qでも飲んで寝てろよ」

 この一言が、更年期障害をばく進中のお袋に火を点けてしまったようだ。

 お袋は更年期と怒りのせいで、血走った目をカッと見開き俺を睨みつけた。

「なに言ってるの! あんたにはキューピットの血が流れているんだよ。天職じゃないの。曲がりなりにも神様なんだから、人のために尽くしなさい」

「良くぞ言ってくれました、お母さん!」

 おっさんは勢いよく両手を突き出すと、テーブルを挟んでガッチリお袋と握手を交わす。互いの利害関係が一致したお袋とおっさんは、悪代官のような笑みで頷き合うと、勝ち誇ったような顔しながら二人同時に流し眼を俺に送った。

 ひとしきりガッチリ握手を交わしていた二人だが、おっさんが「おっ」となにかを思い出したようにお袋の手を放した。おっさんはそそくさとカバンから一枚の書類を引っ張り出すとテーブルに広げ、「ここにお二人のお名前を書いて、ポンポンポ~ンとハンコを押してください」と軽妙に言い放つ。お袋もお袋で、「はいはい、ここには実印がいいですよね~」と歌うように言うと立ち上がり、踊るような仕草でハンコを取りに行く。

 お袋は契約書の保護者の氏名欄に「矢神八重子」とサラサラ書くと、続けて契約者の欄にも「矢神九太郎」とサラリと書いた。

 あまりにも無駄のない自然な動作なのでぼんやり見ていたが、おっさんの「クククッ」と喉から漏れる笑い声で我に返った。

「あっ、勝手に俺の名前書くな!」

 契約書を奪い取ろうと手を伸ばしたが、お袋とおっさんに鬼の形相で睨まれて身体が固まってしまった。

 その隙に、お袋は二人の氏名の横にハンコをポンポ~ンと押すと、お金の入った封筒をチラッと見てからおっさんに微笑んだ。おっさんは笑いを噛み殺しながら契約書を受け取ると、朗らかな笑顔で言った。

「お母さん、これで計約成立ですね」

「ええ。この子が孝行息子で良かったわ。それよりもわたしの子育てが良かったのかしら。オホホホホ~」

「お母さんのおっしゃる通りですよ。子供は親の背中を見て育つと言いますからね。実に良い子育てをなされましたな。ムハハハハ~」

 馬鹿笑いするおっさんとお袋。

「きたねえ……」

 俺は少しの契約金で売られてしまった。神様なのに……。

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