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キューピーはやめろ

 家に帰ってからも考え通しで疲れてしまった。フロに入ろう。立ち上がった時に、香織が鼻歌を歌いながら目の前を通った。

「どうしたの、キューピーさん? さっきから、ボッケ~として。もうぼけた?」

 若い頃は可愛らしかったが、人間は年をとると憎たらしくなるらしい。

 香織に今日の一件を話すと、違う方向に話しがそれてしまった。長崎か仙台に連れて行けと言い出し、もう十年もどこへも旅行に行ってないと騒ぎ出した、

「十年前に京都に行ったっきり、どこへも行ってないんですけどね。キューピーさん」

「キューピーはやめろ。俺はキューピットだ。でも、旅行に行ったのはもう十年も前か、また行きたいな」

「あの時は面白かったわよね。あら? そう言えば、あの時の二人も仙台と長崎だったんじゃない? 旅館で一緒だったあの二人」

「あの二人? ……あっ!」

 思い出した。旅館に泊まった時に、俺達の隣の部屋が正太の両親だった。まだ結婚する前の二人で、仙台と長崎で遠距離恋愛の真っ只中だった。二人の住む中間の京都に旅行に来たと言っていた。俺が旅館の飲み屋に一人で行った時に、男も一人で来ていて偶然会って一緒に飲んだ。遠距離恋愛の愚痴を散々聞かされて、俺は酔った勢いで二人に撃ち込んでしまったのだ。

 酒は怖い。だが、反省しても始まらない、そして考えても始まらない。もう寝よう。

 俺は現実逃避をして、まだ九時だというのに布団に潜り込んだ。

「あら、キューピーちゃんは、もうおねむ?」

 香織の言葉を無視して目を閉じた。だが、三十分も寝ていないのに起こされた。

「あなた、部長の羽田さんから電話よ」

 嫌な気分の時には、必ずハゲ茶瓶が何かをしてくる。仕事をさぼったのがばれたかと思い、恐る恐る受話器を上げた。

「矢神君、明日は九時にホールに来て下さい。遅れちゃダメですよ。分かりましたね」

 キンキン声の早口でそれだけ言い、返事も聞かずにいきなり切れた。なにかとても急いでいるらしい。会社の最上階に広いホールがある。千人近くは入るだろう。

 まさか、そんな所で俺一人だけが怒られる訳はないと思うが、いや、陰険なツルはげデコなら分からない。用心に越した事はないだろう。

 更に現実逃避をするために、寝るのを止めて腐るほど酒を飲んだ。

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