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体がナマコ

 頭が重い……。

 連日の深酒で体がナマコのようにだるい……。

 ナマコには申し訳ないが、そのたとえしか表現できない。これはきっと、死神さんに無理矢理飲まされた焼酎のカルピス割りのせいだ。尚且つ、ストローで飲めとまで強要された。あんなに優しい男が、まさかあんなに酒癖が悪いとは思わなかった。

 昨日、飲み屋に入って数分までは良かった。だが、焼酎のカルピス割りを一杯飲んだだけで、死神さんは豹変した。

 キッチリ着こなしていた背広はだらしなくはだけ、ネクタイの結び目は背中に回り、片肘をテーブルに付いて、座った目で俺と弦さんを睨み付けた。

「しゅにがみ、しゅにがみ、って気安く呼ぶんじゃねえよ。おりゃにもちゃんとちた、にゃ前があるんじゃかんな。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。いいきゃ、おりゃのにゃは、ギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世ってんだ。わきゃっちゃきゃ」

 呂律が回ってないので、何を言っているのか聞き取り難くかった。しかし、舌を噛みそうな名前なのに、何度も間違わずにしっかり言い切った。俺は何度聞いても覚えられないし、弦さんだってそうだった。だが弦さんは、最初に聞いたときから覚える気などない。いい加減なおっさんは、死神さんにあだ名を付けてしまった。

「もう面倒だから、ピッチョンでいいよ。なっ、お前は今日から、ピッチョン死神だ」

 マジシャンなんだか、漫談家なんだか、訳の分からないピッチョン死神と付けられても、とうのピッチョンは満更でもないのか喜んでいた。本人が喜んでいるなら、俺はなにも言う事はない。

 ピッチョンもなかなか苦労しているらしく、散々キューピットはいいと言っていた。今度生まれ変わる時は、絶対にキューピットになると言っていたが、まだ何千年も先の話だ。

 天上界も寿命はあるが、人間界の時間にして平均寿命は一万歳だ。俺達キューピットも寿命は死神と同じだが、人間に姿を変えている時は、この世界に合わせて人間の寿命しかない。要は、キューピットは人間界に出張に来ているのと同じだ。天上界で遊び呆けていると、死ぬまでに一回は順番が回ってきて人間界に降りてくる。俺の親父の例に挙げると、人間の肉体は滅んでしまったので、天上界に帰っただけだ。まぁ、俺の人間の姿を作っただけの親父だというだけで、俺の実の親父は天上界にいる。その事を知ったのは、俺がキューピットを伝授されて徐々に記憶が蘇ったから、ガキの頃は全く知らなかった。

 ピッチョン死神は天上界で、女神と結婚していて小さい男の子がいる。その子供名は、なんだらかんたらピッチョン十五世だが、親父のピッチョンは、死神を継がせたくないと嘆いていた。死神は大変な仕事なのだろう。今回のヒトミちゃんの件で良く分かった。

 そりゃ、ストレスも溜まって酒飲んでくだをまきたくなる。俺達キューピットとはえらい違いだ。ピッチョンがグチグチと愚痴をこぼしている目の前で、呑気に鼻毛抜いて酒飲んでいる弦さんを見てつくづく思った。

 そんな昨日の事を考えながら会社の便所で小便をしていると、小便の湯気が酒臭くてまた気持ち悪くなった。

 時間はあと五分で九時になる。会社に来て真っ先に便所に来たので、まだ営業部には顔を出していない。羽田のツルピカを見ると、確実に目まいがするので行きたくなかった。

「あ~っ、かったるいな……」

 ジャー

 個室便所から水を流す音がしたので、慌てて口を押さえた。こういう時は決まって羽田が出てくるという場面だ。俺は静かにズボンのジッパーを上げ、手も洗わずにドアに向かった。

 カチャッ

 一足遅かった。便所を出る前に、俺の後ろから個室のドアが開く音がした。嫌味を言われるのを覚悟して固まった。

「なにやってんだ? 朝っぱらから一人で、だるまさんが転んだか?」

 呑気なジジイの声がする。もう誰だか分かったので、無視して便所のドアノブに手をかけた。

「待ちなよ、九ちゃん。ちゃんと手を洗ってけよ」

 無視するのを諦め振り返ると、弓吉は濡れた手をズボンで擦すりながら、眉間に皺を寄せている。

「ひでえツラだな、飲みすぎか?」

 俺はげんなりとうなずき昨日の話をすると、弓吉は大笑いをした。

「かっかっかっ、そうなんだよ。死神の野郎どもはどういうわけだか、カルピスが好きなんだよな。おいらも一度、カルピス割りを飲んだことあるが、ありゃ、甘ったるくてダメだ」

 ガチャ、突然、便所のドアが開いてはげ頭が現れた。

「矢神君! なにをしてるんです。遅刻ですよ! 全くあなたは、昨日も今日も、いい加減にしなさい!」

 油断していた。羽田が便所に入って来てしまった。時計はもう九時を回っている。弓吉に捕まったので過ぎてしまったのだ。

「まぁ、そうい言うことだから。九ちゃんまた。部長もまた」

 弓吉は、どう言うことだか訳も分からない事を言って、逃げて行こうとする。すれ違う時に、俺に向かって口をひん曲げて、嫌味な笑顔をのこして去った。

 便所で一人、中年の俺は小学生の様に叱られた。

 だが、今日はそれ以上のお叱りはなかった。嬉しい事に羽田は、便所を出ると直ぐに出かけた。理由は分からないがかなり急いでいるらしく、腰をクネクネさせて早歩きで出て行った。

 うるさい奴がいないとみんな勝手なものだ。もう四時になろうとしているのに、弦さんと真弓はパチンコに行ったきり帰ってこない。天野は羽田が行ってから、机にうぷして寝たまま起きない。もしかしたら死んだのかしれないが、どうでもいいから放っておこう。

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