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お前に託す……

 正しいキューピットとは、背中に羽根の生えた丸裸のポッチャリ金髪幼児が、ポッコリと丸い腹を突き出して、恋する男女目掛けて無邪気に矢を撃つイメージがある。一方、正しい中年おやじとは、首筋から加齢臭を漂わせる脂ぎった髪を頭皮に撫でつけた男が、だらしないポッコリ腹を指摘されると、濁った目で薄ら笑いを浮かべるイメージがある。しかし、正しいと思われたイメージが全くの誤解でした、なんて例などよくある。

 そのよくある一例が俺自身のことだろう。

 俺はなにを隠そう正真正銘、天上界から舞い降りた愛のキューピットなのである。ただ、容姿は正しい中年おやじそのもので、哀しいかな正しいキューピットのイメージなど微塵もない。名前も矢神九太郎と純和風なので、全てにおいてキューピットのイメージからかけ離れてしまっている。

 だが、大昔と違い現代のキューピットは、背中に羽根などない。背中になんか毛しか生えてやしない。そんなのはキューピットじゃない、と思われるかもしれないがこれには原因がある。紀元前のキューピットは確かに、裸のポッチャリ金髪幼児が背中に羽根を付けて元気に飛び回っていた。だが、紀元後の世界では、地球の人口が増えてしまったので、頻繁に全裸のキューピットが目撃されるようになってしまった。そうなるとどうも都合が悪い。キューピットも一応は愛の神様であるから、フルチンで飛び回っている姿を簡単に見られては、神様としての沽券に係わる。しかし、飛び回っていないとキューピットの役目がない。そこで考えたのが、人間の姿に変えて暮らしながらキューピットの仕事を続けることだった。人間には見えないが、ちゃんと弓矢も背中に背負っているし、矢を放てばしっかりカップルにもしてみせる。

 現代のキューピット達は世界各国に散らばり、人間に紛れて普通の生活をしている。ちゃんと税金も払っているし、住民税も納めている。

 そして、矢神家は由緒正しいキューピットの家系なのである。

 矢神家に限らずキューピットを受け継ぐ家は、男の子が生まれたら一子相伝で伝えられる。

 爺さんから親父に、親父から息子へと先祖代々受け継がれる。息子は二十歳になった時に初めて、キューピットの秘密を打ち明けられるので、それまでは自分がキューピットだと自覚をしていない。兄弟がいる場合でも一人の息子だけに受け継がれる。キューピットとして生まれた場合、数日間は頭の上に天使の輪があるので、親は兄弟の中で誰が受け継ぐのかその時にわかる。その天使の輪がある息子に、親父の持つ弓矢を伝授する仕来りになっている。親父は息子に弓矢を渡してしまうと、キューピットの役目から解放される。面倒な役目をやりたくない親父は、息子が二十歳になると早々に伝授する奴もいるし、ジジイになっても頑固にやり続けている、キューピットの職人のような奴もいる。キューピット家業もそれぞれだ。

 だが、一人息子の俺がキューピットだと打ち明けられたのは、二十歳ではなく高校三年生の時だった。

 その時、親父は末期がんだった。病室のベッドで最期を迎えようとしているのを、俺とお袋はベッドの両脇で見守っていた。

「九太郎……良く聞け。お前はキューピットだ……」

 親父は苦しそうに言うと、背中から汚らしい弓矢を取り出した。痩せ細った震える手で俺の目前に突き出す。

「これを、お前に託す……」

 訳も解らずに受け取った弓矢は、子供が縁日でねだるようなちんけな代物で、弓の全長は三十センチ程、矢も同じく三十センチ程の長さだった。

「なんだこれ?」

 死ぬ間際になってぼけてしまったと思ったが、やつれて息の荒い親父だが真剣な眼をしている。その眼をクワッと見開き振り絞るように言った。

「これで愛を撃ち抜くのだ!」

 死にそうな親父には申し訳なかったが、中年のおっさんが、それも真剣な顔で場違いな臭いセリフを言うので、つい可笑しくて「プッ」と噴き出してしまった。

 だが、それが親父の最期の言葉になった。

 持ち上げていた頭をガクッと枕に落とすと、安らかな顔で眠るように逝ってしまった。

「あなた!」

 お袋はベッドに横たわる親父にしがみついて泣いている。

 親父の死ぬタイミングで噴き出してしまい、罰の悪さで俺の顔は引きつっていたが、じんわりと目頭が熱くなりいくつもの涙がこぼれた。

 すると突然、親父の寝ているベッドから、丸裸の幼児がチンチンをぷらぷらさせながら飛び出してきた。チンチンどころか、幼児の背中には真っ白な羽根が二つ生えている。俺は驚いて身を乗り出したが、お袋は気が付かないのか泣き続けている。幼児は俺に向かってニッコリ微笑むと、フワリと宙に浮かび上がった。そして親父の上を二、三度グルグル回り、可愛いお尻を向けて高く飛ぶと、天井をすり抜けて見えなくなった。

 俺はバカみたく口をポカンと開け、丸裸の幼児が消えた天井をしばらく眺めていた。


 葬式から数日経ったある日、お袋が俺に手紙を渡した。

「これを読みなさい。あなたも今日から立派なキューピットだからね」

「はっ? 夫婦してなに言ってんだよ」

「いいから読みなさい」

 お袋が鋭い目で睨みつけるので、黙って受け取り手紙を広げた。


 九太郎殿

 貴殿にキューピットの使命を申し伝える。

 キューピット心得三か条

 一つ 眼で見るな、心の眼で見よ。

 一つ 真実の愛を見極めよ。

 一つ 撃ち込んだ愛は真っ当させよ。

 以上         父 九作


 キューピットの自覚などしていない俺は鼻で笑った。

「ふふっ、キューピットってなんだよ。親父も汚いおもちゃの弓矢を渡すしよ。一体なんなの? かくし芸でもやれってことか?」

「黙りなさい! あたしの話を聞きなさい」

 お袋は厳しい口調で言うと自ら正座をし、俺にも座るように睨み付けた。


 

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