とある過日の果実。
とある過日の果実。
その日、病室に送られて来たお見舞いは、大仰なカゴに積まれた果物だった。
内容されているものを見る限りには、メロンにバナナ,林檎,葡萄。
瑞々しさを隠すコトなく,しっかりと張った皮を見せるそれらは、とてもおいしそうだ。
大学二年生の私は、お見舞いが送られて来たという嬉しさに胸を和やかに,暖かくさせた。
我儘勝手な言い分をいえば,私の好きな桃が入っていなかったことが残念だが、そんなことは些細なことで,ともかくその、自分への贈り物,というのが、それだけで私を昂揚させ、幸福な気持ちにさせた。
ふと、外へと視線を移す。
病室の窓から見える中庭では、車いすや松葉杖の病人たちが、皆和やかな顔で談笑し、見事に紅葉した草木を眺めていた。
快晴の空は澄んだ薄い水色で、煌々と光り輝く太陽も,少し眩しいながら、体を撫でる柔らかい風邪と調和したように,温かな日差しをここら一帯に与えていた。
絶好の洗濯日和だ、と、まず最初に思った私は、華の女子大生としてどうなのだろうか。
友達からはよく、何事にも反応の薄いコトを枯れている。と言われたが、それは誤解だ。
亜,確かに反応はあまり表面的には出ないかもしれないけど、内心は違う。全然全くちっとも違う。
人並みにファッションやメイクに興味もあるし、恋愛も、あまり多くはないけれど,する。
初体験は16,高校一年生の冬で,当時付き合っていた然屋くんと。
感想,あまり、痛いとは思わなかった。それと、彼の体温を漠然と感じた。以上。
硬いベッドに寝ていると、背骨を痛める。
たまには、リハビリがてらに散歩でもしてみようか。
私が入院している理由は、何万人に一人の重病や、生存率の少ない難病,果ては未地のウィルスの感染だとかそう言ったものではない。
そんな、何かの物語で、ヒロインがかかりそうな大きなものからするとスケールは小さく、しかしながら日常生活をエンジョイするにはかなりに不便な症状ーーーーーーというよりは怪我なのだけれど。
まぁ、なんのことはない。
手足を負ってしまっただけのことだ。
二ヶ月前、「笑顔がすごくかわいい」と告白されてから付き合い始めた、なかなかにイケメンな同じ大学の同じ学部の同い年である彼とのデート中、恥ずかしいながら手を繋いであまり中身のない談笑をしていた時のことだ。
ここで一つ、注釈というか余談。
実はというのも何だけれど、私、人前というのがかなり苦手なのだ。
中学生の時、何か意味があったとは到底思えないような地域学習の個人発表。
同級生たちが、雑談にふける聴衆を前に、気恥ずかしさに耳や頬をほんのりと赤に初めながら発表を終えていくなか。
私は、人一倍ビクビクと、自分の出番がくることに怯えていた。
ついに出番がやって来たことを知らせる,つねにけだるげな教師の、私の名前を呼ぶ、やはりけだるげな声を聞いた時から、その時間の終わりを告げるチャイムがなるまでの記憶が消えていた。
現行も資料も、何度も推敲したものだったから、発表自体は下手せずに終わったのだと思うけれど,この時やはり、私は人前が苦手なんだなぁ,と漠然に理解した。
とりあえず、そんな人前恐怖症の私は、彼と手を繋いで歩くのにも、周囲からの視線が怖くて恥ずかしく、だけど嬉しさも少なからずあって、彼だけを見ながら歩いていたのだけれど。
そんな私達に突っ込んで来た物体が二つあった。
あまり早いとは言えない速度で走行する原付バイクと,うつらうつらと明らかに居眠りしている関取かと見間違うほどの巨体なその運転手。
そんな二つの物体が,彼の照れくさそうな笑みに見とれていた私と接触。
幸い、とっさの行動で彼が身を引き寄せてくれたおかげで,直撃は避けることができたのだけれど。
いやはや現実は厳しく、ご年配の自転者ほどの速度しか出ていないバイクに、彼が一メートルほど吹き飛ばされた。
そして、その場に尻餅をついた私に、お相撲さんのようなそれがボディプレスを仕掛けて来たことによって、右足と左足を、ぽっきりと折ってしまうハメになったのだった。
楽しいはずの(実際に、非常に楽しかった)デートも束の間、大衆の注目を浴びた私だったけれど、そんなことを恥ずかしがっている場合なんかじゃなく、手足の痛みと、呼吸のできない状態であることをどうにかしようと、動く手で上の障害物をどかそうと必死に頑張った。
だけど上の巨漢は、私の細腕じゃあびくともせず,
あげく、おっさんのいびきまで聞こえて来たところで私の意識は遠いところへと消え去ったのであった。
思い返せば、今までで大勢の人に見られても緊張しなかったのはあの一瞬だけだった。(すぐ気絶したけれど)
まぁ、そんなんで全治一ヶ月と半分の怪我を負った私だったのである。
そういえば気絶後,目覚めたのは病院のベッドで,無傷なのに泣きそうな彼と,心配して駆けつけてくれた両親、心配半分おもしろ半分な友達,なぜか担任までが、そう広くもない病室でわぁわぁとうるさく、彼以外出て行け。と思ったことだけ覚えている。
マぁ、今にして思うと、そういう時にすぐ駆けつけてくれる存在がいるっていうのは、すごく嬉しく、幸せなことなのだと思う。
人にとって、つながりって,やっぱり大事で必要なことなんだよね。と、そう恥ずかしくも彼に話したところ,彼に眩しすぎる笑顔で「そうだね」と、同意されたことで顔がすごく熱くなって、ともかく恥ずかしかった。
あ、それと、あの時のバイクの運転手さんは、あれから三度ほどお見舞いに来てくれたのだけれど、ものすごくいい人で,謝り続けるその姿を見て、なんだかこっちが悪い気がしてきたのはなぜだったんだろう。
アマぁ、今ではあの巨漢さん(ちなみに名前は唯多模{ただたかたぎ}さん。ややこしい)ともすっかり仲良しだ。
唯多模さんと仲良く談笑する姿を見た彼が,二人切りでいる時に、抱きしめてくれながら嫉妬心を打ち明けてくれた時はもう溜まらなく嬉しくて、その日は終始ニヤニヤしていた。
余談だけれど、今日のお見舞いの品である果物も、唯多模さんからのものだった。いい人すぎるでしょ。
ともあれ、ありがとうございます。
そんな残る入院生活の期間はあと二週間。
そのほとんどが退屈な病院生活も、もうすぐ終わりかな,と思うと、嬉しい反面,少しながら寂しい気持ちもあるから変だ。
惜しいことといえば、思う存分に彼といちゃいちゃできる空間がなくなることだけなのに。いや、それ、すごく名残惜しいけど。
人間、やっぱり、どこにでも何にでも愛着ってものは湧くのかね。
灌漑深く青空を見ていると、ふと、ケータイがなった。
メールの着信だった。
発信は彼からのもので、その内容は、要約すると、もうすぐここにくる,とのことだった。
やった。嬉しい。
すごく嬉しい。やっぱり、恋愛はいいものだ。
そうだ。少しお腹がすいたから、果物でも食べようか。
唯多模さん、いただきます。
手を合わせてお辞儀してから,包みを丁寧にはがす。
見えにくい場所には、大好物の桃が入っていた。
一緒に内包されていた果物ナイフで,手早く皮を向き、切り分けた。
私は料理も得意なのだ。
甘い香りが溢れ出し、鼻から体を駆け巡る。
絶対に高級な桃だよね,これ。
こうしてみると、事故って怪我したのもまんざらではない気もする。
ともあれ、切り分けたうちの一つを、口に運んだ。
「あっまぁーーーーい」
人生いろいろあるんだろうけど、
この瞬間は間違いなく、
私の幸せだった。
いろいろと頑張って行こう。できれば、彼とずっと。
心地良い秋の風が肌を撫でるその日、
一点の曇りもない青空に包まれて,
太陽はけだるそうに,
私達を暖かくしてくれていた。
連載しているものとは対象的な、ほのぼのとした日常を書いてみました。
僕的には、こう言ったのも好きなので、できることならたまにですが
投稿していけたらな、と。
とりとめない駄文ですが。読んでいただいてありがとうございました。
読んでいただけたあなたの今が、少しでも幸せでありますように。