パレタ
この物語において『* * *』は、視点人物が切り替わっていることや、場面の転換を意味しています。
* * *
これは、なかなかに面倒くさい嘘のつき方をしちゃったな。イルリアはそう思いながら、隣を歩く彼を見る。
その彼、アダムとは、簡単な自己紹介を済ませて、今は歩きながら世間話中だ。
だけど、その世間話が全く嚙み合わない。特に、アダムが睡眠の検査を受けている下りは、何一つ理解できなかった。
(明らかに、この世界の常識とズレてるわね。)
そのことに、イルリアはホッとする。この世界なら、誰でも知っている常識が彼の中にはない。それなら、いくらでもやりようはあるはず。
まずは、さっきついた嘘をつき続けられるように、情報を仕入れなければ。
「アダム、あなた、さっきの虎との戦闘だけど、なんで気を失っちゃったの?」
「いやそれが、よくわからないんだよね。虎に吹き飛ばされて、もう逃げられない、戦うしかないって思った瞬間に、目の前が真っ暗になって、意識を失っちゃったんだ。」
「うーん、なるほどね」
それなら、多分アレが原因かな?もうちょっと情報が欲しい。
「ところで、あなたの『パレタ』はどういう感じなの?」
「パレタって?」
「え?」
これも、世界によって言い方が違うのかしら。神様も、面倒くさい世界の作り方をしたものね。
「人は、それぞれ力をもっているでしょう?火を操ったり、筋力を一時的に増強したりできる、不思議な力のこと。」
「ふしぎなちから……?」
「……」
もしかして、能力もないの?アダムの世界の人たちってどうやって生活してるんだろう……。
「ここではね、人とか、魔物もだけど、能力って呼ばれるものを持ってるの。例えば、私は水の能力を持ってる。」
いいながら、空中に水の塊を浮かべて見せる。本当は、もうひとつの能力の方がメインなんだけど…
「その人の能力を羊皮紙の上に映し出すことができる魔道具があってね。そのときの見え方が、文字で『この能力があります』って出るんじゃなくて、紙の上に、その能力に応じた色の絵具が広がってるように見えるの。例えば、水の能力と火の能力を持ってて、水の能力の方が得意な人がいるとするわよ。その場合、羊皮紙の上に青の絵の具が大きく広がってて、その横に赤い絵の具がちょこっとある、みたいな感じになるのよ。」
そもそも、青系の能力にも、水の魔法の他に、氷や、相手の足が遅くなる魔法など、様々ある。だからこそ、完全にその人の能力を表すことはないけど、ある程度の強さの指標にはなる。羊皮紙に書かれた枠いっぱいに色があれば、味方なら信頼されるし、部外者なら力を持つ者として少なからず警戒される。
「その絵の具が羊皮紙の上にあるのをパレットにたとえて、その人が使える能力の種類とか、強さのことを『パレタ』っていうのよ。この世界では、パレタの映った羊皮紙を持ち歩いて、身分証明書みたいな使い方をするわね」
ちなみに、この証明書のこともパレタという。パレタを見せろと言われれば、その羊皮紙を差し出せばいいことになる。
苦虫を嚙み潰したような顔でアダムが口を開いた。
「な、なるほど、ね。完全に理解したよ。多分。」
絶対に分かってないわね、これ。くすりと笑いが溢れてしまう。まあ、一気に話したから仕方ないか。これから私たちが行く町にも、たしかパレタを発行できる魔道具があったはず。そこで、アダムのパレタも発行してもらおう。
でも、アダムの能力の目星はだいたいついている。
「あなた、虎との戦闘が始まると同時に気を失ったのよね。」
「え、うん。そうだけど?」
「となると、あなたの能力って、『狂化』じゃないかしら。意識を失ったりする代わりに、戦闘力が大幅に上がるっていう能力。ポピュラーな能力のなかでは、戦闘で結構強い部類らしいわよ。当たりパレタってやつね。よかったじゃない。」
そこで、私はまた、上手く彼に嘘をつき続ける方法を思いつく。
「実は、今さっきの虎も、私が来た時にはかなり弱ってたのよね。あなた、結構強いのかもしれないわよ。私がやったのは、水をちょっと虎にかぶせただけ。私、本当はそんなに強くないのよね。」
よし、これで、アダムは虎を倒せるくらい強い狂化使いで、火傷なんて最初から負っていないことになった。徒夢が狂化使いなのは、間違いないみたいだし。私が彼に施した秘術はバレない。私は、本当は戦闘面ではからっきしだけど、既についちゃってたその嘘もごまかせたはず。
そこまで考えて、私はふと我に返る。
いつから、こんなに嘘をつくのが上手くなってしまったんだろう。いつから、人に本心を隠して、こんなまどろっこしいことばかりするようになってしまったんだろう。自分で自分が嫌になる。でも、これもこの世界で生きていくため。だから、許してね、アダム。
* * *
あとがき
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