イルリアとの出会い
この物語において『* * *』は、視点人物が切り替わっていることや、場面の転換を意味しています。
* * *
声が聞こえる。若い女性の声だ。ほとんど聞き取れないほど、小さな声。だけど、今までに聞いたことがある言語の響きではないことは何となくわかる。独特なイントネーションと滑舌。だけど、その中になんだか優しさを感じる。慈しむような、そんな響き。
あの、夢遊病の時に聞いた声とは違う声だけど、この声も、すごく落ち着くな。すると、声が止まった。彼女がしている、その何かが終わったようだ。
僕は目を開けた。
僕の傍らには、手を祈るようにして組み、僕の顔を覗き込むようにして座り込んでいる、フードを目深に被った少女の姿があった。
少し猫を思わせる人懐っこい顔立ちに、若干のつり目。そして、至近距離だからだろう、くっきりと長いまつ毛の一本一本まで見えた。その奥で神秘的に輝く、黄緑色の瞳がこちらを見つめている。
彼女のぷっくりとした唇が開いた。
「動かないで。動くと殺すわよ。」
さっきの、慈愛に満ちた声とは真反対の低く冷たい声。
いつのまにか、僕の喉元には刃物が突き付けられていた。
「あなた、名を名乗りなさい」
少女が鋭く言い放つ。
あまりの急展開に、喉がキュッと閉まる。
ちょっと待ってくれ。きっと人違いか何かだ。
そう言いたくても、喉が引きつって声が出ない。
一介の高校生ごときに、この状況は急展開が過ぎる。
「いつまで黙っているの」
少女の、ナイフを持つ手に力が入る。
喉元に、ひんやりとしたナイフの刃が食い込んでいく。
それに押し出されるようにして、やっと声が出た。
「僕はただの高校生で、ここに来たのも検査中でわけわかんなくて、僕はなにもやっていないんです、きっと人違いです、どうか許してくださ」
「もういいわ。黙って。」
ピタッと、呼吸すら止める。全身に神経を巡らせて、筋肉を硬直させて、動きを止めようとする。恐怖で震えが止まらない膝がもどかしい。
そのまま、何か考えている様子の少女を数秒待つと、
「コウコウセイ……ケンサチュウ……」
呟いて、彼女はこちらを見つめる。エメラルドのような瞳には、確信が満ちていた。
「……あなた、やっぱりこの世界の住人じゃないのね?」
彼女に言われて、僕は息をのむ。でも、頭のどこかで、そうだろうとは思っていた。僕のいた世界には、マグマを流しながら襲い掛かってくる虎なんていないのだから。
「うん…。そんな感じはしてたよ。ここは、天国か何かなのかなって…」
彼女が、刃物を僕の喉元から外した。
僕は上体を起こし、彼女を見る。
彼女の表情は、顔に影を作るフードのせいでよく分からない。
「ここは天国じゃないわ」
その瞬間風が吹き、彼女のフードが外れて、つややかな黒髪のロングヘアーがこぼれだした。つややかな黒髪は、なめらかに波打って、彼女の左の肩甲骨にかかる。
「ここは…。まあ、どっちかといえば地獄みたいなものよ。」
そういう彼女の翡翠色の目は、目の前にいる僕ではなく、遠くの何かを見つめているように見えた。
「やっぱり、『これ』を見ても驚かないのね」
彼女が意味深に言う。彼女が言う『これ』というのが、何のことなのかさっぱりわからない。僕が唖然としていると、
「まあ、この世界がどんなところか、直接見たほうが早いわね。」
彼女が気を取り直したようにして、立ち上がった。
「さっきは、ごめんなさい。謝罪もかねて、ちょっと案内するわ。私も、一人旅には飽き飽きしてた頃だったし。ここから少し歩くと、この辺だと一番大きな町に着くのよ。一応、あなたもちゃんとした治療を受けておいた方がいいし。それとも、あなた、どこか行く当てがあるの?」
行く当てなんてあるはずがない。さっきまで刃物を突き付けられていた人に頼るのは不安だが、このまま一人でいても、のたれ死んでしまうだけだ。僕は全力でその誘いに乗ることにした。
「ぜひ、お願いします!!」
緊張から、つい大声になってしまう。
「ふふふ。分かったわ。わたし、イルリア・ヴァルシェ。これから少しの間、よろしくね」
いいながら、彼女、イルリアは立ち上がろうとしている僕に手を差し出す。
「僕は徒夢。よろしく」
僕はその手を掴んだ。
あとがき
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