秘術
この物語において『* * *』は、視点人物が切り替わっていることや、場面の転換を意味しています。
* * *
そよ風がゆったりと吹き抜ける草原を、私はゆったりとした足取りで歩いていた。この辺りは危険な魔物も少ないし、近くには大きな町がいくつもある。どれだけのんびりと歩いても、夜が来るまでにはどこかの町か、少なくとも小さな集落くらいには辿り着けるはず。スカートから出た私のふくらはぎを撫でる、ねこじゃらしがくすぐったい。安全な地域とはいえ、さすがに旅をするには格好がラフすぎたかも。
そんなことを思いながら歩いていると、前方に煙がたっているのが見えた。この辺りにたくさんある、小さな集落のうちの一つだろうか。もうすぐお昼時だし、集落のご飯処で落ち着いて食事をするのもいいかもしれない。よし、そうしよう。私はその煙に向かって歩き始めた。
この辺りはとても豊かな土地だ。まず、焼きたての紫麦パンはありそうだし、もしかするとお肉にもありつけるかもしれない。タイリクカモメの香草焼きに、ファーピッグのとろとろ煮。考えるだけで、口の中に唾液が湧き出てきて、自然と歩く足も速くなる。
煙の発生源に着いた。でも、どうやら美味しい昼ごはんにはありつけそうもない。来る途中で気付いてはいたけれど、煙は、集落の煙ではなかった。
瑞々しい草原が、この辺りだけ、焼け野原になってしまっている。その煙だった。
焼け野原とはいっても、今日は風も穏やかだし、燃えるものも草原くらいだから、燃えている部分は小規模で、もうほとんど収まっていた。わずかに残った小さい炎が、熱にあてられてしおれてしまった草花をチロチロと舐めている。焦げた草の匂いが、うっすらと私の鼻をくすぐった。
その焼け焦げた草原のちょうど真ん中に、赤く光るマグマを纏った岩石がいくつか転がっているところがあった。これが、今回の火の原因だろうか。
そして、その近くに、その人は、気を失って倒れていた。見たこともない滑らかな青い服に、黒髪。そして、その彼の胸から腹部にかけて、大きな火傷が、焼き切れた服の間から覗いていた。
「え?もしかして……本当に、来ちゃったの……?」
もしかして、私のせい……?いやいや、そんなわけない。
絶対、あんなの迷信だし。今どき、そんなの信じてる人の方が少ない。
まずは、状況把握しないと。この人の胸の火傷、かなり酷い。見た感じ、内臓にもダメージが入っているかも。そして、周りの環境を見るに、なにかとの戦闘の後であることは間違いない。外から見るだけでは分からないあのパラメータも、底をつきかけているかもしれなかった。
だからって、こんなわけのわからない事件に関わっている時間なんてない。はやく次の街に行かなきゃ。
でも。
私の目は、彼をとらえて離さなかった。
「なに考えてるの、私ってば」
本当にばからしい。自分の頭の中がこんなにお花畑だったなんて。
だけど。
この人が、本当に、私の考えているその人だったら……。
それに、もしこの人を助けるなら、私の力を使うしかない。
決して使わないと決めた、あの力を。
「でも、誰にも見られなければ……」
自分に言い聞かせるように呟く。そう。だれにも見られなければ、なんの問題もないはず。でも、もし、人が通りかかったら。気を失っているこの人が、急に目覚めたりしたら。そして、この人が、なぜか火傷が治っていることを、そして傍に私がいたことを、他の人に言ったりしたら。
「全部、ほんとうに全部おしまい。」
でも。だけど。どうしても。
「お願い、ぜんぶうまくいって」
私は、その術の準備を始めた。
* * *
あとがき
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