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硬柔のコントラスト

五十嵐先生に連れられて、診察室を出てどこかへと歩きだす。


 「すみません、どこに行くんですか?」


 彼女はまた口角を怪しげに持ち上げると、


 「それは、着いてからのお楽しみですよぉ」


 と言いながら、先をゆらゆらと歩いていく。僕もいくつもの診察室や入院部屋などをわき目に、五十嵐先生についていく。どうやらこの病院はかなりの規模の総合病院のようだ。一つの病院の中にしては長い距離を移動すると、ある部屋の前で五十嵐先生が立ち止まった。周りには白衣を着た医者や学生らしき人影ばかりで、一般の患者の姿はほとんど見えない。五十嵐先生の目の前の部屋の自動ドアがゆっくりと開くと、暗闇の中、怪しげに青暗く光る半透明のカプセルが一つ鎮座していた。


 「これが、私たちのグループが開発した、次世代型医療用睡眠カプセル、Medical Cocoon of Dream-Ⅱ 略してMCoD-Ⅱ(エムコッドツー)ですぅ!」


 診察室にいたときは眠そうにしていた五十嵐先生の目が、爛々と輝いていた。五十嵐先生が饒舌に説明を始める。


 「このカプセルには、カプセル内で患者が睡眠している間に、睡眠の質やリズムを極めて正確に計測するのに加えて、なんと!脳波の計測、分析を行うことで、患者の夢をモニター上に映すことができるんですよぉ!どうですか、すごいでしょお。」


 「え、夢をモニター上に映せるんですか!?」


 脳波を分析して、それを映像に起こせるって、物凄い技術なのでは…。いや、それもだけど、自分の夢をモニター上に映されるって、もの凄く恥ずかしくないか!?例えば僕だって、一般的な男子高校生なりに恥ずかしい夢を見ることも少なくないんだが…。


 「夢を人に見られるのって…ちょっと恥ずかしいことないですか?」


 五十嵐先生は、少し考えるそぶりを見せた後、

「ふぅむ。その発想はなかったですねぇ。」

と言った。


 なかったのか……。この先生って、若干サイコパス感あるな。


「でも、このカプセルも完璧なものではなくてですねぇ。見ている夢のうち、断片的な映像しか見ることができないんですよぉ。そもそも、夢というのは断片的なものですしぃ。さらにですねぇ、どういうわけか、ピントが完全には合っていないような、ぼやけた画像になってしまうことも多いんですぅ。しかしですよ、その断片的な情報であっても、夢全体の雰囲気などから患者の精神状態が分析できたり、その患者のストレスの原因が分かったりなど、有用なことも非常に多いと私は考えているわけなんですぅ。というわけでぇ」


 五十嵐先生に顔を再び覗き込まれる。


 「あだむ君、この機械の被験者第一号になってくれませんかぁ?」


 五十嵐先生の眼差しがぬらぬらと光っている。興奮しすぎだろこの人。


 「このMCoD-Ⅱは、名前の通り二号機でしてぇ。初代の機械はラットなどの実験動物に合わせて作られたものだったんですけどぉ。その初号機は、それこそ神がその完成を期待しているとしか思えないほど順調に進んだんですぅ。動物実験での、実験動物に対する被害も全く出ていないですしぃ。なぜこれほどまでに実験が上手くいったのかはまだよくわかっていないんですけどねぇ。正直に言ってしまうとぉ、この程度の完成度だと、一回くらいは失敗するはずだったんですけどぉ。まあ、そんなものは些細なことですよねぇ。」


 …ん?いや、些細なことではない話を今サラッと流されたような。いや、専門的な話を早口でされているので、完全には僕も理解できていない。多分、気のせいだろう。


「その初号機をそのまま巨大化してぇ、実験を再び行ってぇ、完全に安全が確保されたのがこの二号機なんですぅ!私が見てしまうあだむ君の夢の話についても、私が夢の内容を他人に話すことはないという内容を含めた契約書を事前に書くので、君に不都合なことは何もないようにしますぅ!話を聞く限り、君の夢遊病の症状はかなり特殊な部類に入ると思うんですよぉ。できる限り精密な検査をした方が、あだむ君のためでもあるんですぅ。どうですかぁ?この機械の被験者になってはくれませんかぁ!?」


五十嵐先生の鼻息が荒くなっている。正直、ダウナー系美人のこんな姿は見たくなかった。


「明らかに何だか危険なような…」


「いや、全ッ然、大丈夫ですぅ!!」


完全にアウトな気がする。少なくとも、五十嵐先生が醸し出すこの危うさに、僕の頭のなにかが危険信号を発していた。


「そんなこと言われましても…」


「そう言わずにぃ!なんと今なら、カプセル内での栄養充実プランもタダでお付けしますぅ!CoD-Ⅱは浸水型で、カプセル内に専用の液体を満たして検査を行うんですよぉ。集中治療室並の完全な補助が行える設備が設置されているので、それを通じて、様々な栄養を体内に送り込むことも簡単なんですぅ。このカプセル内に一晩いれば、栄養改善はもちろんのこと、お肌のツヤや髪質の改善まで期待できますよぉ!」


「いやでも、やっぱり、自分の体を預けるのは、信頼できる人でないと…」


明らかに、この話からは胡散臭い匂いがする。きちんと玄関前でお引き取りを願わなければならないタイプの勧誘に近い。


こうして五十嵐先生のあの手この手をかわし続ける。効果が納得いかなければ診察料金含めて全額返金とか、今なら10,000円のギフトカードをプレゼントとか、この世のグレーな部分すべてを詰め込んだようなセールスだった。


僕は、それでも、命あっての物種だと必死に首を横に振り続ける。


と、しばらくして急に五十嵐先生の顔が俯いた。


「そうですかぁ、あだむ君も協力してくれないんですねぇ…。やっぱり、私が頼りなく見えるからなんですかねぇ。やっと完成させたのに、なぜかすべての被験者は話を少し聞いただけで逃げちゃうんですぅ。睡眠時間を削って、機械の調整を続けても、誰一人として納得してくれませんしぃ。やっぱり、私には無理だったんですかねぇ」


彼女はうなだれていた。なるほど、彼女の隈や、マッドサイエンティストを想起させる不健康そうな容姿は、研究に熱中することによる睡眠不足のせいだったようだ。


「申し訳ないですぅ。こんな姿を人に見せたこと、今までなかったんですけどぉ。こんなんじゃ、患者さんから信用されなくても当然かもしれませんねぇ。」


彼女の目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。唇を痛くかみしめている。


五十嵐先生を何かを振り払うように頭を振ると、落ち着いたトーンで話し始めた。だが、少し声が震えている。


「うん。あだむ君の検査は、他の病院に委託することにしますねぇ。この病院には、MCoD-Ⅱの他には睡眠検査の機材が充実していなくてですねぇ。紹介状も、もちろん私が書いておくから、心配しないでくださぁい。必ず、間違いのない先生にお願いしますぅ。さあ、元の診察室に戻りましょうかぁ。」


そう言って歩き始めた彼女の足取りは、この暗室に来た時の歩き方にも増してゆらりゆらりとしていた。彼女の背中が、やけに淋しげに見えた。


「待ってください!」


こんな痛々しい姿を見せられたら、断ることなんてできるはずがない。怖くないと言えば噓になるが、そもそもなんの目標も生き甲斐もない人生だ。失うものなんて何もない。


「先生の睡眠カプセルの被験者、僕にやらせてください!」


「…本当に、いいんですかぁ?今更いうのもなんですが、MCoD-Ⅱで、人間を対象にして実験を行うのは初めてなんですよぉ?完全に不足の事態がないとは、この世の誰にも言い切れないんですぅ。それが医療実験の宿命ですからぁ。」


「大丈夫です。もう覚悟は決めました。ぜひ、お願いします!」


こうなってしまえばもうヤケだ。安全だと言ってくれているのが五十嵐先生ただ一人というのが、まだ少し気にかかるが…。もう、どうにでもなってしまえ。


「ありがとうございますぅ、あだむくぅん!」


とその瞬間、五十嵐先生が僕に向かって抱き着いてきた。脇腹に、五十嵐先生の骨ばった腕が当たる。その腕とは逆に、白衣の下は意外に柔らかい。


「ちょ、ちょっと何やってるんですか、五十嵐先生!?」


五十嵐先生は、目に涙を浮かべたまま、僕のお腹に頬ずりしている。


「日本医師会の認可を取るだけでも苦労したのに、このまま報われなかったら、私はぁ、ぐすっ、私はぁ」


…え、今、なんて?


 「先生、今、日本医師会の認可がどうとか言いました?」


 五十嵐先生が、涙を指先で払いながら、きょとんとした様子でこちらを見る。


 「ええ、言いましたけどぉ。人を対象とした実験を行うんです、これ以上ないほど安全は確保してますよぉ?当たり前じゃないですかぁ。というか、主導は私がさせてもらってますが、このプロジェクトに関わっているのは世界中の様々な分野の世界的権威たちですよぉ?やっぱり、夢を映像化するというのは、ロマンがありますからねぇ。みんな快く協力してくれましたよぉ。」


五十嵐先生が嚙みしめるように言葉を紡いでいく。


「いやぁ、それにしても、本当に良かったですぅ。正直、これ以上やることがないくらいMCoD-Ⅱの調整を行ってましたから、なぜ実験の被験者候補が次々と去っていくのか、もう分からなくなって、行きづまってしまってたんですよぉ。」


 最初からそれを言ってくれれば、こっちだって協力したのに…。やはり、研究者というのは、世の中からずれているものなんだろうか。まあ、五十嵐先生は嬉しそうにしていることだし、余計なことは言わないでおこう。すると、五十嵐先生の目がふたたびギラつき始めた。


「それでは、早速ですが検査にとりかかりましょうかぁ。鉄は熱いうちに打て。飛んで火にいる夏の虫といいますからねぇ。」


 先生、最後のことわざ、全く違う意味です。やっぱり怖いよこの人。


「被験者の気変わりが起きないうちに実験を始められるよう、準備は常に万全にしてあるんですぅ。さあ、早く人体実験しますよぉ!」


…やっぱり、この件を引き受けたのは間違いだったかもしれない。

あとがき


感想や、批評など、どんな些細なことでも書いていただけると、作者の励みになりますので、よろしくお願いいたします!

「面白かった」「面白くない」なんなら「あ」だけでも泣いて喜びますので、ぜひコメントを書いていただけると嬉しいです!


また、本作は綿密に準備した後に投稿し始めておりますので、定期的に更新(正確には、3日から1週間に2~3話ずつくらい)し、ある程度の長編となることを予定しております!

ぜひ、応援よろしくお願いいたします!



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