#2 「ピースフル」
夕日新聞 10月3日(土)
特集!正義の味方、「ピースフル」!
ブラックホールが出現するようになって、早20年弱…。今やブラックホールは、天気の一部となり、ブラックホールの出現が当たり前になってしまった。
そんな中、ブラックホールの脅威から人々を守るため、日々奮闘する者達がいる。
彼らの名は「ピースフル」。
彼らは「シールド」と呼ばれる特殊な盾を用いて、ブラックホールの脅威から我々を守っているのだ。その盾で我々を守り、果敢にブラックホールに挑む姿は、まさに「希望の象徴」であろう。
彼らは日本政府と協力関係にあり、度々、政府からの要請を受けて活動することもあり、また、ブラックホールについて、日夜研究を行ったりもしている。
彼らがブラックホールの謎を突き止めるのも、もはや時間の問題ではなかろうか。
ブラックホールにより、我々の生活は脅かされ、かつ、それが当たり前になっている今の「日常」。
「ブラックホールの出現は、当たり前のもの」そんな思考が、我々が一番恐怖すべきものかもしれない。
次回は「ピースフル」の敵対組織、「黒穴覆世」についての特集です。お楽しみに!
「ふむ…。この記事は、いささかピースフルを過大評価しすぎだね。」
コーヒーを片手に、今日発行された新聞を読みながら、博士はそんなことを宣う。
「…そんなこと言ってていいの?仮にも博士、ピースフルに所属してるのに。」
この研究室に備え付けられているベッドの上に、あぐらをかいて座りながら、僕はそう返す。
「所属していると言っても、研究して金貰ってるだけだからね。」
「ふ~ん…。」
「だいたい、ジュニアもこれは過大評価だと思うだろう?」
「…まあ、思うけど。」
博士は、ほらな?とでも言いたげな顔をした後、コーヒーを一口飲む。
「え~と、なになに…?『連続殺人犯、現在も逃亡中か。現場には長く白い帯のようなものと、犯人のものと見られる銀色の髪の毛が数本落ちていた。警察は引き続き、捜査を行うことにしている。』…ブフォッ!…ゲホッ、ゲホッ。」
おそらく、次のニュース記事を読んでいたのであろう博士が、おもむろに咳き込み始めた。…どした?
「…どうしたの、博士。」
「……いや、なんでもない、なんでもないぞ。…ははっ、まさか、な…。」
博士は首をブンブンと横に振りながら答える。絶対何かあるだろ、その反応は。…まあ、本人が言いたくないんだったら、別に追及しなくてもいいだろう。
「…で、なんで僕はここにいるわけ?寝る前まで、自分の部屋に居たはずなんだけど?」
そう。僕は、何故かこの研究室で目を覚ましたのだ。きちんと自室のベッドで寝たはずなのに、である。どう考えても、目の前のバカ博士の仕業に違いない。
「なんか誰かに罵倒された気がするが…。」
「…気のせいだろ。」
チッ。勘の良い博士は嫌いだよ。
「……。」
「いはひれふ、はないてくだしゃい。」
クソッ、なんでこんなに勘が良いんだこの人。そしてなんでこんなに力が強いんだよ。頬がヒリヒリする…。
「で、結局なんで僕はここにいるわけ?」
「お前が眠っている間に、ここに移動させたんだよ。」
「はあ?んなもん、普通に気付くはずだろ。」
「そりゃあ、ジュニアの晩飯に睡眠薬を混入させたからな。」
博士は、ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、そう返す。…はあ?ふつーに異物混入じゃねえか!おま、お前何やってんの!?しかも、僕は食堂で飯を食ったんだぞ!?どうやって混入させたんだ、そんなもの!…いや、博士ならあり得るな…。博士は、ありとあらゆる手を使って、僕で研究しようとするからな…。いかん、寒気がしてきた。改めて自分の置かれてる状況を整理してみると、よく生きてるな僕、と思ってしまう。流石に博士も、生と死のラインは守ってるんだろう。きっと。多分。そうだと信じたい…。
「大丈夫だ、安心しろ。用法は守ってるから。」
「そこじゃねえよ。」
いや、生と死のラインと、常識を守ってほしいんだよなあ…。用法も大事だけども。
僕と博士がそんなやり取りをしていると、研究室のドアがキィ…と音を立てながら開く。その開いた隙間から、葉白が顔を覗かせた。
「あ、おはようございます、神無月博士、白屋さん。」
「おう、葉白。おはよう。」
「おはよう、葉白…って、その手に持ってるの何?」
研究室に入ってきた葉白は、両手でバカみたいにデカイ注射器や、手錠、怪しい粉末状の薬(?)などを抱えていた。粉末状の白いモノに至っては、小さなパックに入れられており…まあ、ここでは言えないが、とてもアレっぽかったのである。そう、アレ。
というか、他のアイテムを見ても、何か怪しい&危ない気配が…って、まさかと思うがこれ…。
「ああ、これですか。これは今日の研究で使うから、と神無月博士に、用意しておくように言われたんですよ。」
やっぱりかよ!今日の実験って、それ、僕を使った実験ってことだよな!?じゃなきゃ僕、ここに連れてこられてないもんね!?怖いって!怖いって!!非常に身の危険を感じます!!
「まあまあ、そう怯えるなジュニア。注射器は麻酔のためだし、手錠はお前の動きを封じるため、白い薬は鎮静薬だよ、何も危険な物など無いさ。」
「おい、だとしてもこんなに注射器がバカデカイ必要はないし、薬をこんな小分けにする必要もないだろ。」
「大丈夫大丈夫。他意はないさ。」
嘘つけ。
「あ、そうだ。神無月博士と白屋さんって、もう朝食食べました?」
「いや、私はまだたな。」
「僕も。」
そういえば、朝、目を覚ました時からこれまで、ずっと博士と雑談してたから、まだ食べてなかったな。
「なら、一緒に食堂行きませんか?僕もまだですし。」
「お、良い提案だね、葉白くん!」
そう言って、何度も頷いている博士の横で、僕は不満を思いっきり顔に出していた。いや、だって…この研究室は、「ピースフル」のビルの10階にあって、食堂はこのビルの1階にあるのだ。ここから食堂までが果てしなく遠い。
「そんな顔をするな、ジュニア!さあ、行くぞ!」
「えぇ~…って、ちょ、引きずらないでくれる?自分で歩けるから。」
僕に拒否権なんてものは無いのである。
僕は、博士に襟を掴まれて引きずられながら、食堂に向かう。…この馬鹿力博士め。
「あ、おはよう、白屋。」
「博士もおはよウ!」
「……。」
僕たちが食堂に到着すると、もう既に風波たちが席に座っていた。漢食に至っては、もう朝食を食べ始めている。漢食の目の前にある、空になった茶碗の数から推察するに、おそらく漢食は今、3杯目を食べてるのだろう。朝からよく食うな…。
「って、ちょ、僕もいますよ、皆さん!?」
「ン?ああ、ほんとだ。ごめんネ葉白!おはよウ!」
「僕の存在感そんなに薄いの…?」
皆に自分もいることを気付いてもらえず、すすり泣く葉白。可哀想…とは別に思わない。いや、だって本当にそのレベルで影が薄いんだよ、葉白は。こればっかりは、ラヴィの反応が正しいと思う。
「で、さっきから焦はどうしたんだい?一言も発しないんだが。」
確かに。博士の言う通り、さっきから焦が一言も発言していないな。焦は面倒くさがりではあるが、いつもは挨拶くらいはしてくれるのに。
僕がチラ、と焦の方を見ると、そこには、目の前の朝食には一切手をつけておらず、机に突っ伏した状態で、どんよりとしたオーラを放っている焦がいた。
「さっきから、ずっとそんな調子なんだよ、焦。」
「…焦、どうしたノ?何かあっタ?」
その様子を見かねたのか、焦の隣に座っていたラヴィが、焦の肩を叩きながら心配そうに尋ねる。すると焦は、ゆっくりとラヴィの方を振り向き、これまたゆっくりと口を開く。
「……消えたんだよ…。」
「はい?」
「ゲームのデータが全部消えたんだよ!!」
「「「「…しょうもねぇ…。」」」」
見事に、僕と漢食、焦以外の全員の声が揃った。
漢食が反応しなかったのは、朝食に夢中だったからである。ちなみに僕はというと、僕は焦とよくゲームをするので、焦がどれだけゲームデータを大切にしているのか、焦がどれだけゲームに多くの時間を費やしているのか、などを知っているため、その気持ちが分かる、ということと、単に声を出すのがめんどくさかったからである。データが消えてしまったものはしょうがない、という気持ちもあるが。
ちなみに、焦のゲームの腕前は、世界トップレベルと言っても過言ではない。だからこそ、鍛え上げたデータが消えたら、落ち込むのも頷ける。
僕は、そんなことを考えながら、目の前にある食パンを一口かじる。他の皆も朝食を再開していたが、焦は相変わらず落ち込んでいた。…今日1日は、この調子なんだろうな。それだと困るんだよな…焦は、いつも僕と仕事を共にするから、今日、もし仕事ごあったら、焦が使い物にならない可能性が高い…。
そんなことを思うと、だいぶ憂鬱になってしまった。
ピンポンパンポーンー
『ー総員に通達。東京都渋谷駅前に、ブラックホールの出現を確認。ブラックホールの直径は3m。推定被害人数は11人。手の空いている者は、至急現場に向かうように。繰り返すー。』
…言ったそばからかよ…。