#1 実験台と怪しい博士
「なあ、今朝の天気予報見たか?」
「あぁ、ブラックホール出現チュウイホー…だっけ?」
「え、マジで?朝ごはんに夢中で見てなかった。」
「…食べること以外興味ないの?」
ビル内の、ロビー横のちょっとした休憩スペース。そこが僕たちのいつもの場所だ。今日もそのいつもの場所で、僕を含めた5人で雑談を交わす。
毎日思うけど、これって絶対休憩スペース占領してるよな。他の人に申し訳ないとか、別に思わないけどさ。
フード付きの黒いパーカーを着た僕は、ソファに深く腰掛けなおす。すると、僕の右手側に座っている、制服を着た男が僕に話しかけてきた。
「お~い白屋~お前も会話参加しろよ。何さっきから、だんまり決め込んじゃってるんだよ。マジで無気力だな、お前。」
「…別に、決め込んでるわけじゃないけど?」
ただ、いつもこんな会話してるな、と思っただけなんだが。
僕の左手側に座っている、首にヘッドホンをかけた少年が、うんうん、と頷きながら口を開く。
「…でも、僕は白屋の気持ちも分かる。会話めんどい。」
「おい焦お前もか。」
「何か悪い?そういう風波はどうなのさ?」
焦がそう聞くと、風波は頬の辺りをかきながらう~ん、と唸る。
「…まあ、そう思うときもあるけどさ。」
それを聞いて、焦はほらね、とでも言いたげな顔をする。すると、その横で、大きな腹の虫を鳴らした奴がいた。
皆の目が、僕の正面に座っている、巨漢の男に注がれる。
「…すまん。俺だ。」
「うん。言わなくても皆分かってるヨ。」
「なんで朝飯食ったのに、腹鳴ってるんだよ…。」
「漢食のことだから仕方ないでしょ。」
ほんとに、いつも腹空かしてんな漢食…。どうやったらそんなに大食いになるんだよ。
そんな漢食の隣に座っていた、制服とウサギ耳のフード付きパーカーを着た少女が、漢食の肩をぽんぽん、と叩く。
「カンタ、飴いル?」
「ん、ありがとな、ラヴィ。…って、これ何味?なんか、普通の飴じゃあり得ない味するんだが。」
「キャロット味!」
「…人参かよ…。」
がっくりと肩を落としながらも、貰った飴を最後までしっかり舐める漢食に、風波が爆笑している。
ラヴィは、なんだかよく分かってないような顔をしながら、ゆらゆらと左右に揺れる。いつものラヴィの癖だ。それに合わせて、ラヴィが被っているウサギのフードの耳も揺れる。
焦は、もう興味が無くなったかのように、首にかけてあったヘッドホンを耳に当て、スマホをつついている。
やっぱり、いつも通りだ。
あの日、僕がブラックホールに飲み込まれたはずの日。僕の両親は仕事で、家にはいなかった。
僕の両親は研究職で、日夜研究に明け暮れている。両親は、「この研究で人を救う」とか、そんなことばかり言っていた。
僕には、そんなこと無理だろ、としか思えなかったが。
彼らは、良い意味でも悪い意味でも単純なんだと思う。
「ー君が白屋ジュニアかい?」
あの事があった数日後、家に知らない女性が訪ねてきた。おそらく20代ほどで、白衣を身にまとっており、明るい茶色の長髪は、何の手入れもされていないようだった。…見るからに怪しすぎる。
「…はい?」
ジュニア?そもそもお前、誰?
「いや、君は栞と蒼の息子だろう?」
栞と蒼とは、僕の両親のことである。…2人の知り合いか。
「……。」
「お~お~、無視かぁ、おい。」
「怪しい人とは関わるな、と両親に教えられたんで。」
「お?なんだ、私が怪しいとでも言いたげだな。」
いや、そう言ってるんだが。
「親の教育がなってねぇなあ。」
そんなに顔をこっちに近づけなくても。距離感オバケか。
「それは両親に言って。」
どうせアンタ、2人と知り合いなんだろ。言えるだろうよ、本人に直接。息子に言うなよ。
その怪しい奴は、靴を脱ぎ散らかし、勝手にリビングの方へと向かっていく。おい、待て、脱ぎ散らかすな。そして勝手に入るな。
あ~もう、注意するのもめんどくさい。
「…で?」
「で、とは?…美味、このお茶。」
そいつは、これまた勝手に冷蔵庫を開け、中にあったお茶をコップに注いで飲みながら、僕の問いかけに返す。
「いや、本題は?何のためにアンタはここに来たの?」
そいつは、お茶を飲みきった後、乱暴にコップを机に置いた。いやだから。さっきから、人の家でやってはいけない行為ばっかりしてるの、マジで何?
そして、頭をポリポリとかきながら、何かを疑問に思うかのような表情をしながら、口を開く。
「話してなかったっけ?」
「話してないけど?」
話してたらこんなことにはなってない。というか、僕は親から何も言われてすらないからな。
マジでこの人、何しに来たの?不法侵入で訴えてもいい?
その人は、ソファに腰掛けて、やっと本題を話し始めた。
「いや、この間、ここでブラックホールが出現しただろう?」
あぁ、アレのことか。
「で、お前がなぜかブラックホールに吸われなかった、と聞いてな。私の実験台…ゴホンッ、研究を手伝ってくれないかな~と。」
「おい。実験台って聞こえたんだが。」
「気のせいでは?」
はぁ…ダメだこいつ。僕の中で、もう本格的に怪しい奴になってる。やっぱり通報すべきかな。
「そういうわけで、そのお願いに来たのよ。わざわざ、はるばる、君の家まで来てね?」
「…アンタ、そんなに遠くに住んでるの?」
「いや、ここから約30分のところだ。」
「……。」
バカ近いじゃねえか。もう突っ込むのもめんどくさいよ。
「…断る。」
「…え?」
「断る。」
そいつは一瞬、訳が分からないとでも言いたげな顔をした後、にんまりと笑って、僕の肩をガッシリと掴んできた。…地味に痛い。
「なるほどぉ…そうかそうか。そんなに私の研究の実験台になりたいか!」
「断るって言ってるだろ。」
お前、もしかして耳悪い?今すぐ耳鼻科行ってこいよ。あと、もう隠す気ないよな?しっかり「実験台」って言っちゃってるじゃねえか。
「よぉし、そうと決まったら即行動!私の研究室に急ぐぞ!」
「え、僕も?」
そいつの手は、しっかりと僕の肩を掴んだままである。こいつ…なにがなんでも、僕を連れていくつもりだな?
というか、両親に言わなくていいのかよ…とか思ったが、もうめんどくさい。何も言うまい。
「おっと、そういえば、自己紹介をしていなかったね。」
その不法侵入野郎は、案外綺麗なその顔を、こちらに近づける。…だから、近いって。
「神無月 八雲だ。よろしくな、ジュニア。」
…ジュニアって呼ぶの、止めてくれません?
「ジュニア!見つけたぞ…今すぐ私の研究室に来い!」
「ゲッ…」
いきなり休憩スペース横のドアが開き、向こう側から八雲…博士が飛び出してきた。今の勢いすごいな…いつかドア壊しそうだぞ。
「あ、神無月さん。おはようございます。」
「風波、別にコイツに敬語使わなくていいよ。」
「ひどいなあ、ジュニアは!なあ、ラヴィ?」
「うン!白屋ひどいネ!」
博士は、ほら見ろ、とでも言いたげな顔でこちらを見てくる。やめろ、そのドヤ顔。
「…やり口が汚いね、八雲。」
焦がスマホから目を離さずに、博士にそう言う。マジで焦の言う通りだと思う。ラヴィに吹っ掛けるなよ。ラヴィはおバカ…ゴホンッ、純粋なんだからさ。
「…逃げよ。」
僕は、博士が風波たちとの会話に夢中になっていることを確認し、そろりそろりとその場を離れようとした。
「っ!?」
その場を立ち去ろうとした僕だったが、後ろから、何者かが僕の腰に両手を回し、僕を捕まえてきた。
「捕まえましたよ、白屋さん!」
「…葉白か。」
僕を捕まえたのは、博士の助手である、葉白だった。こいつ、影薄いから、全然気づかないんだよな…。葉白に捕まるのは、これで100回目くらいじゃね?
「ナイスだ、葉白くん。そのまま捕まえといてくれ。」
「はい!」
「また捕まってるじゃねえか、白屋。」
「うるさいぞ、風波。」
はあ…。マジで博士、僕のことをモルモットみたいに思ってるよな、絶対。いつも僕で実験しようとするからさ。
「そういえば、漢食は?」
風波にそう言われて、漢食が座っていたはずのところを見ると、確かに、漢食はそこにいなかった。どこ行ったんだ、あいつ。
「カンタなら、さっきどこかに行ってたヨ。」
「…食堂でしょ、多分。」
「あぁ、そういや、もう食堂開く時間だな。」
ほんとにあいつの腹、どうなってるの?どんだけ食うんだよ。
「じゃあ、私もそろそろ学校行くヨ。行こウ、カザナミ!」
「ん、あぁ、もうそんな時間か。めんどいなあ…。」
「行ってら~」
ラヴィと風波は、学年は違うが、同じ高校に通っているため、毎朝一緒に登校している。この2人、だいたい、いつも一緒にいるんだよな。
「…さて。僕も仕事しようかな、めんどくさいけど。」
ラヴィと風波を見送った後、残った焦はそう言い、すたすたと自分の部屋へ戻っていく。焦は基本、仕事は自室で行うから、あまり姿を見ない。まあ、僕はよく、焦とゲームをしたりするから、あまり気にならないけど。
「よし、では我々も行こうか!」
「はい!毎度すみませんが、白屋さん、諦めていただけると…。」
「…絶対次は捕まらないから。」
僕はそう言って、大人しく諦めた。だって、ここで逃げたら、後々、博士に何されるか分かったもんじゃないからな。前はそれでひどい目に…。あの時は、僕の身長と同じくらいの大きさのメスを振り回しながら、僕を追いかけてきたっけ…。あの時は本当に死ぬかと思った。葉白もドン引きしてたよ。博士って、身長高いからさ…。多分あの人、180センチはあるよな。僕は165センチなのに。しかも博士、あれだけデカイ物を振り回せるってことは、きっと怪力なんだろうな…。ゴリラじゃん。なんで研究職、博士がそんなに怪力なんだよ。その力っているの?
研究の協力とかめんどいし、嫌なんだけど…。まあ、仕事サボれるから、良いんだけどさ。