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予知夢? そうじゃない

 そこで、いつも目が覚める。

 12歳だった当時から、よく見た夢だ。


 目が覚めると、いつもの朝、自分の部屋。

 そして、ああ夢で良かった、と思う。


 初めて見たのは、12歳の誕生日だった。それははっきり覚えている。


「おはよう……」


 パジャマのまま下の階のキッチンに降りると、パパとママがもう朝食のテーブルについてた。


「お誕生日おめでとう!」

「おめでとう、彩!」


 パパとママが口々に言ってくれた。

 わたしはにっこりと笑ってパパとママに答える。


「ありがとう! わたしももう12歳だよ……やだなあ」


 なんとなく大人ぶりたくてそんなことを言った。


「12歳だぞ12歳! そんなこと言うの20年早いよ!」


 とパパ。


「今から30過ぎるときの予行練習してるのよね~……気が早すぎるって」



 わたしは笑い、テーブルについた。

 そしてトーストと炒り卵とミルクティーの朝食に手をつける。


 窓の外を見ると、隣の家の大槻さんの奥さんが、柴犬のこむぎを散歩させているのが見えた。たぶん、そのまままっすぐ行ったところにある公園に行くのだろう。


 と、そこまで来て気づく。


「あれ……」


 夢の中で、柴犬のこむぎは、うちの犬だった……けど、うちは犬なんか飼っていない。 それにうちの家は、坂の上には建っていない。

 学校は歩いて10分くらいの、地下鉄の駅の近くにある。

 行き帰りの道は町中で、平坦で、坂はない。


 そうか……わたし、坂の上に住んでないんだ。

 学校帰りに、坂道で苦しむこともない。

 それに、坂の曲がり角で、前屈姿勢を取った不気味な女に怖がせられることもない。


 妙な感じだった。目が覚めて間もないからだろうか。

 夢と現実がちょっとの間、あいまいになる……子どもの頃はよく、こんなヘンな感じを味わった。最近でもたまにある。


 それにしても……リアルな夢だった。


「帰ったらパーティしような。今日は早く帰ってくるから……プレゼントはそのときな」


 とパパ。


「ごちそう作るから、期待しててね~……彩の好きなもの、いっぱい作るから!」


 そういわれて、とても嬉しかった。

 あの頃は誕生日が待ち遠しくて、歳をとるのが楽しかったのを覚えている。

 普通ならテンションがあがるはずの誕生日だけど……見た夢のせいでどうも心から楽しめない。

 

 夢だったとわかっているのに、夢のなかで感じた不安やぞわぞわした気持ちや感覚だけがこびりついて消えない、というか……そんな感じだった。


「ねえパパ……わたしらがこの家に越してきたの、わたしがまだ赤ちゃんだった頃だよね?」


「うん? そうだな……お前がまだ2歳のときだから、ちょうど10年前か……」


「じゃあ、10周年ってことね? それも含めて、お祝い豪勢にしなきゃ!」


 と、いつものように明るいママ。


「あのさ、わたしが生まれる前にパパとママが住んでた家って……きつい坂の上に建ってたりした?」


「え?」


 とパパとママが同時に怪訝そうな顔をする。


「いや、あの、なんというか、ええっと……そんな夢を見たんで……」


 言い繕うのに気を使った。子どもでも、気を使うときは使う。


「いや、前の家は駅近くのマンションだったから……坂はなかったなあ?」


「彩、先週、遠足で山に登ったでしょ? その時のことを夢に見たんじゃない?」


 とママ。


「ああ、あるある……子どもの頃、遠足に行った日とか、坂道を登ったり降りたりしてる夢、よく見たよ……で、足がズルっ、と滑って目がさめるやつ」


 そう言ってパパはガクっ、と肩を落として見せた。


「あったあった! わたしも子どもの頃……」


 そこからはママとパパが楽しそうに、子どもの頃の遠足の話に花を咲かせる。

 確かに先週、遠足で山に行ったので、ママの言うとおりなのかもしれない。


 とにかく……わたしはそんな坂道とは縁のない12年間を送っていた。


 でも、あの夢のなかの……坂の帰り道に親しんだ感じと、習慣化した辛さ、坂を呪う感じ、あのリアリティは、ちょっと普通ではない感じがする。


 テレビでは朝のワイドショーが流れていた。

 と、わたしの目はテレビにくぎ付けになる。


「昨夜夜4時ごろ、N県T市の路上で、下校途中の小学6年の女子児童が女に刃物のようなもので刺されたと付近の住民から110番通報がありました。女児は首や背中を刺され、意識不明の重体です。警察は現場から逃走した女の行方を追っています……」


「えっ……」


 思わず、手に持っていたトーストをお皿の上に落とした。

 内容も衝撃的だったけど、もっと衝撃的だったのは、テレビに映し出されていた事件現場の映像だった。


「これって……」


 ゆうべ夢で見た、あの坂道そっくりだ。というか、そのものだ。

 急な坂、両側に高い木々、ゆるやかなカーブ、カーブのところにある事故防止ミラー。

 そのあたりに、警察の人たちが数名集まって現場検証をしている。


「ええ……小学生の女の子が? ……かわいそうに……一体何なのかしら……」


「最近はこういう事件が多いなあ……いったい世の中、どうなってんだろうな……」


 被害者の女の子がわたしと同じ歳だったので、ママもパパも事件にショックを受けている。

 でも……N県はわたしたちの住むT県からずっと離れた土地だ。

 ほんとは、わたしたちがリアルに恐怖を感じるような話ではない。

 

 それにしても、事件の現場になった坂道はわたしが昨夜見た夢とそっくりだった。

 もちろんわたしはN県に行ったことはないし、あの坂道に似た風景を見たこともない。


 予知夢……? 予知能力……? 透視能力……?


 そういう類のものか、と12歳だったときのわたしは思った……が、それから予知夢に関してあることを知った。


 人間の記憶というものは曖昧なもので、特に夢に関してはそれが顕著だそうだ。


 たとえば、先に夢のなかで見たものを、現実に見たように感じることがある。

 本人は夢のほうが先だと思っているけれど、実際には現実に見たことを、その後、夢で再現して見ていることがあるらしい。あたまの中で、順序が曖昧になるわけだ。

 

 あるいは、夢のなかで見た意味のないばらばらな映像の羅列が、目を覚ましてから見た現実の光景によって再構築される……そんなこともある。

 夢のなかで見たいろいろな映像が、現実の事件を見聞きすることで「物語」としてはじめて構成される……そうだ。


 12歳の誕生日には、とても恐ろしかったけれど……後からそんな話を聞かされて、わたしはとても安心した。


 ところでそのN県で起きた事件だけど、女の子は一命をとりとめた。

 容疑者の女はすぐ逮捕された。付近に住む主婦で、子どもを出産したばかりだという。

 その後の報道から、女が薬物中毒であることがわかった。

 産後、腰を痛めたその女はひどい腰痛に悩まされており、鎮痛剤を服用するようになったという。


 病院から処方されたものらしいが、どんどん服用量が多くなり、最終的に中毒状態になっていたらしい。


「怖いわねえ……お医者様から処方された薬でそんなになるなんて……」


 そのことを伝えるニュースを観たママが、そう言っていたのを覚えている。


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