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帰り道、坂道の曲がり角の女

今年も参加しました「夏のホラー2023」。

 わたしはそのとき、12歳だった。


 学校からの帰り道。

 小学校最終学年になっても、その帰り道の登り坂は厳しいものだった。

 わたしはショートカットでTシャツにショートパンツ。

 当時はチビだったので、ラベンダー色のランドセルがとても重かった。



 6年間も毎日毎日、この坂を登って帰宅してきたというのに、それでもまだ辛い。

 アシスト付きでないと、決して自転車では登れない坂だった。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 わたしは荒い息を吐きながら、坂を呪い、帰り道を踏みしめる。

 季節は夏。体中にじっとり汗をかいている。

 もうすぐ夏休みで、日は長くなったはずなのに、この坂道では両側に高い木々が壁を作ってるから、なぜか薄暗い。


 はやく家に着きたい思いはあったが、坂はその厳しい勾配によって、全力でわたしの帰宅を阻んでくる。


 学校に行くのは楽しい。

 下り坂だし、学校にはたくさん友達が待っている。


 学校自体は楽しい。

 さっきも言ったように、当時わたしは楽しいお友達に囲まれていた。


 家も嫌いじゃない。

 ママもパパもやさしい。

 柴犬のこむぎは、誰よりもわたしのことを愛してくれる。


 しかし、学校が終わるとあたしはいつも暗い気分になった。


(ああ……また家に帰んなきゃな……やだなあ……)


 家が嫌いなわけではい。

 わたしはあの坂が嫌いだった。呪っていた。

 あの坂を登らなきゃ、家にたどり着けない……ほんとうに、イヤな坂だった。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 わたしは荒い息をしながら、坂を登っていく。

 家に着くまでに、左側に大きく曲がった道がある。

 そこまで来ると、だいたい坂の半分。


 ふつうならホッとするかもしれないけど、当時のわたしにとっては、


(ああ、まだ坂が半分ある……)


 と憂鬱にさせる曲がり角だった。

 その曲がり角が見えてくる……と、あたしはその場に足を止めた。


「えっ……」


 曲がり角はゆっくりしたカーブを描いているが、わたしが立っている位置からぎりぎり、カーブの向こう、視界の外に消えるあたりに、なにか黒いものが見えた。


 なにか黒いもの、と書いたけど、それ以外に言いようがない。

 わたしの位置からはまだかなり距離があったし、それに曲がり角のあたりはとくに暗い。


 それは、大きなクエスチョンマークを左右に反転させた形であるように見えた。

 風景の木立や、その黒いものがある……いる? ……あたりに立っている事故防止ミラーの高さから推定するに、それの大きさは、1メートルにも満たない。


 それはかすかに、ゆらゆらと動いていた。

 

「ええっ……」


 揺れていることは、わかった。

 でもそれが風かなにかで動いているのか、それともそれが生きているのか、わからない。

 風で揺れ動いているなら、たぶんあれが何なのか、近づけばわかるだろう。

 でもあれが生きているのなら、あれはわたしの知らない何かだ。

 わたしにとって、恐ろしい、危険ななにかだ。


 道を引き返そうか、と思った……けど、そうすると家に帰れない。

 家に帰るための道は、この道しかない。

 とにかく、あれの横を通り過ぎないと、わたしは家に帰ることができない。

 

 どうしよう……


 この坂道にはこの時間、ほとんど人が通らない。車もあまり見かけない。

 ということは、わたしは学校のほうに引き返すか、それともこのままあの“何か”の間を通り過ぎて家を目指すしかない。

 

 どうしよう……


 怖い、というか、わけがわかない。

 あの黒い、反転したクエスチョンマークみたいな影が何なのかわからないし、あれがわたしにとって危険なものなのかどうかもよくわからない。


 だから、ランドセルにくっつけている防犯ブザーを鳴らすほどではない。

 ……少なくとも今は。


 わたしはしばらく立ち止まっていたが、決心する。

 歩き出そう、と。

 当時のわたしはチビで意気地なしでビビりだったけど、よくそんな決心がついたものだ。


 一歩、一歩、きつい坂道を踏みしめるように歩いていく。

 どんどん、曲がり角が近くなっていく。

 その正体不明の影にも近づいている……やはりそれは、ゆらゆらと揺れていた。


 奇妙なことに、近づいても……その影は暗いままで、輪郭がはっきりしていない。

 近づいても正体がわからないのは無気味だったけど……とにかくその影の横を通り過ぎて曲がり角を曲がらないと、家には帰れない。


 わたしは少し、歩調を早めた。

 だんだん、その影に近づいていく。


 すると……ようやく、その影のかたちがはっきり見えてきた。


「えっ……」


 それは生き物だった。というか、人間だった。

 いや、人間なのかどうかよくわからないが、人間のかたちをしていた。

 人間のかたちをした何かが、前屈の姿勢をとっている。

 人間だとしたら、異様に柔らかい身体だ。


 それに……


 前屈しているとすると、それが立ち上がったら、かなりの身長になるはずだ。

 

 それは女だった。女だと思う。女は真っ黒な裾の長いワンピースを着ていた。

 髪が長く、地面に足れていた。ワンピースの裾も。

 女の身体はとても柔らかいようで、ほとんど二つ折りになっている。

 しかし、背中が異様に歪んで盛り上がっているので、それが反転したクエスチョンマークに見えたんだ。


 その姿勢で女は、風に揺られるようにゆらゆらと身体を揺らしていた。


「うわ……」


 わたしは思わず声をあげる。

 逃げなきゃ、と思う。

 でも、なぜかわたしの足は止まらない。


 意志に反して、家に向かうわたしの足。どんどん黒い影の女が近づいてくる。

 いや、わたしが近づいているんだけど。

 前屈した女の顔が……見えそうな位置までくる。


 女の顔は見えない。

 ただ、その身体がゆらゆらと揺れているのが無気味だった。


 覚えているのはそこまでだ。


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