走る御者と盗賊の襲撃
爆発音と共に馬車が浮き上がり、激しい揺れの後に停止した。
皆が座席から投げ出されたが大きな怪我はなかったようだ。
いや。老夫婦はどこか怪我をしたようで、苦しそうにしている。
「盗賊だ! 皆はここに居てくれ!」
オレが状況を確認するよりも早く、オリビアは剣を抜いて飛び出した。
窓から外を見ると頭巾を被った人が十数人は居た。周りは開けた草原で、盗賊は馬車を取り囲みゆっくり近づいていた。
エレナは老夫婦に回復魔法を使い手当をしていた。
二人とも自分のやるべきことを素早く行っている。
オレは自分の行動が遅そい事に苛立った。
この世界ではいつ命を狙われるか分からないと、身をもって経験していたのに。
オリビア一人であの人数は無理だ。老夫婦はエレナに任せてオレも外へ出る。
オリビアはすでに多くの盗賊と対峙していた。鈍器や剣を持った盗賊相手に、何とか持ちこたえている状態だった。
集団から外れた盗賊の一人が、オリビアに背後から近づくのが見えた。
「オリビア!」
叫ぶと同時にオレは走り出して、全力で盗賊に体当たりをした。細くて軽い盗賊の体は簡単に吹き飛んで行った。
「アユム! 魔法は使えないだろ! 下がってろ!」
「大丈夫だ、外せる!」
たまたま気付いた封印魔法の仕組み。この魔法の稼働に必要な魔力供給元はオレ自身だ。
魔力の放出を封じてはいるが一点だけ、体外に張り付いた魔法陣へ魔力を送っている穴があった。
体内の魔力を操作して供給を止めたスキに、封印魔法を破壊する。
「よし、解けた!【囲い水】!」
オレと馬車、オリビアを大量の水で囲む。そして、外側に向かって放水し盗賊を一気に押し流す。
「【石柱】!」
盗賊の足元から大量の太い石の柱が突き出した。
刺さりはしないが、逃げ惑う盗賊は柱に衝突し、打ち上げられる。
既に逃げに徹しているようだが、もう襲ってこない様にとどめを刺す。
「【火炎】!」
盗賊の頭上を目掛けて高火力の炎を吹き出す。
前後が分からなくなっていた盗賊も、これで馬車から離れていった。
「ごめん、もっと早く駆けつけていれば良かった。オリビア、怪我はなかったか?」
「あぁ大丈夫だ。ありがとう、助かったよ」
無事で安心した。逆に、あの人数相手によく無傷だったものだ。
そして、盗賊の襲撃でオレは少年に襲われた記憶が蘇った。
「なあ、あの盗賊って……魔族、ではなかったよな?」
乱戦だったが、額に角の様な物は見えなかった。
「ああ、人族だったな。職を失ったり、食べる物が無い奴は盗賊に落ちぶれる。悲しいが……よくある事だ」
誰でも幸せに暮らせるわけじゃないのか……だからと言って襲われたらたまったものではない。
エレナの方は無事だっただろうか。
「お二人とも、無事ですか!」
「私達は大丈夫だ、エレナも無事そうだな。お爺さんとお婆さんは?」
「軽いケガとパニックになっていましたが、今は落ち着いています。ケガも先程治しました」
エレナは回復魔法が使えるのか。それがあれば以前のような苦労はなかったかもしれない。
「ところで、アユムさんはなぜ魔法を使っていたのですか!」
「あー緊急だったからさ、あの魔法は壊したよ」
「え? 壊し、た?」
驚きと困惑でエレナが面白い表情になっている。
普段は笑顔で何を考えているか分からないが、その表情に少し笑ってしまう。
「ほら、また襲われたら大変だし、もう魔力は封じないでよ。魔力を操作すれば体外に放出しないように出来そうだし」
「うぅ……分かりまし。ただし、ちゃんと抑えてくださいね。私も長時間当てられると、気分が悪くなるんです」
「私はあまり感じなかったな。魔法は得意な方じゃないからかな」
個人差はあるようだが、そんな影響が出るのは知らなかった。オレが悪い訳じゃないけが、少し申し訳ない気持ちになる。
魔力を抑えた状態でも魔法は使えるし、常に意識して抑えた方が良さそうだ。
盗賊を退けて全員無事。ではなかった。
ポーが爆発で吹き飛ばされて、今にも息絶えそうだった。
爆発したのはポーの足元からだったのだろう。馬車に大きな損傷は見えないが、ポーの傷は助かりそうには見えない。
「エレナ! コイツもすぐに治してくれ!」
「ごめんなさい……動物は人間と構造が違うので、回復魔法は効果がないのです」
そんな……ポーだって死にたくないはずなのに、助けてやれないなんて。
魔法では結局、何もできないじゃないか。
ごめん。
「アユムさん。せめて、その子を弔ってあげましょう」
エレナも他のみんなも、 悲しんでくれているようだった。ほんの僅かな時間でも、ポーは一緒に旅をした仲間だ。
エレナが祈りを唱え、オレ達は黙祷を捧げた。
その最中、ポーから光の玉が抜け出して空に登っていった。異様な光景のはずなのに、誰も気にも留めていない様だった。
祈りの後、オレはエレナに質問した。
「なぁ。さっき光の玉みたいな物が見えたんだけど、あれは何だ?」
「あの子の魂が肉体を離れて、次の体へ向かったのです」
「魂って、そんな物が有るのか?」
「えぇ、アユムさんにも在りますよね?」
冗談を言っている風ではなかった。それに、以前見たイノシシでも確かに見た。
魂の転生か。オレにも有るって、実感はないな……
「お前さん達。ワシ等のことは置いて行ってくれ。この足じゃ歩いて街まで行くのは無理じゃ……」
おじいさんがそんなことを言い出した。オレも彼女達も当然反対したが、確かに連れて歩くのは困難だ。
皆が無事に目的地にたどり着くには……
「皆ちょっと待っててくれないか。安全に移動出来るかもしれないんだ」
身体強化。体内で完結する魔法を考えた時に閃いた魔法だ。
既に構成は考えてあるから、大急ぎで作成する。上手くすれば反射神経や五感なんかも強化出来るはずだ。
これで筋力を強化してオレが馬車を引っ張って行く。
「え!? 魔法って作れるのか?」
「無許可でしているのですか!?」
魔法を作ると言うとオリビアとエレナが驚いた。魔法の作成は一般的では無いようだ。
確か教会が魔法の管理をしているって言ってた。許可が要ると言っても今更だし、緊急時だから構わないだろう。
……
ガラガラガラガラ……
馬車に掛けられていた魔法は壊れていなかったようだ。乱暴に引っ張っても馬車の中は揺れていない。
「すごいなアユム! でも、無理するなよ。疲れたら交代するぞ!」
「アユムさん! この近くに農村があります。一旦そこへ向かいましょう!」
「わかった!」
強化魔法は成功した。ポーよりは断然遅いが、かなりのスピードで走れる。
オリビアは交代してくれると言ったが、彼女を強化して引っ張ってもらうのは無理だ。
魔法を使い続けるには、大量の魔力が必要だ。魔法が苦手なオリビアはそもそも、体内の魔力が少ないのだろう。
オレは休みなく走り続けて、農村に到着したのは日暮れ前だった。
アユムの職業は御者には成りません。
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