道中一人
無事に街を出て街道を歩いている。
遠くの山に真っ直ぐ続く土の道。右も左も遠くに山。
面白味のない風景はとっくに飽きたから、オレはずっと魔法をいじっている。
ドドドドド……
地鳴りを感じて振り返ると、砂埃を立てる何かが王都の方から近づいてくる。城の兵士がここまで追って来たのだろうか。
それはかなりのスピードが出ている様で、もう視認できる程近づいてきた。
車並みに早く、先頭を鳥のような巨大な生物が走っている。
その後ろに、ちょうど馬車の客車の様な物が見える。
鳥が客車を引いている様だ。
……もしかして、あれが探してた馬車なんじゃないか? 早すぎるし馬ではないけど、構造は馬車の様に見える。
呼びかけたら止まってくれるだろうか?
オレは道の真ん中に立ち、両手で手を振り合図を送った後、道の端に寄った。
『ギエェェェ!』
鳥がくちばしを大きく開いて返事しただけで、速度は落ちない。
どんどん近づいてくる。
「うわっあぶなっ!」
オレのすぐ隣を高速で通り過ぎた。
間違いない、あれが馬車だ。巨大な二足歩行の鳥が一羽で客車を引いていた。
手綱を引く人間は見えなかった。鳥が暴走しているわけでなく、手綱など付いていなかった。
つまりオレがいくら呼んでもあの鳥は止まってくれないし、途中乗車もさせてくれないって事だ。
しかも隣町までは馬車で一日と言っていたが、あの速さで一日だ。
オレが思っていた馬車は徒歩と同じくらいのゆっくりしたものだった。
一体どれほど歩けば着くんだ。
一日で着くというのは二十四時間か、朝出て夜着くのか?
それ以前に、この世界の一日は何時間あるのかも分からない……
これは非常にマズイ。全ての思惑が悪い方に外れた。
いや、異世界を舐めていた自分の責任だ。
やり場のない怒りと不安が押し寄せる。
無事にたどり着けるか分からなくなってきた。
……
その日の夜。
街道から少し離れた草原で野宿することにした。
丸一日歩いたが街が見える気配もない。
馬車はその後通らなかった。通ったところで、あの速さでは飛び乗ることも無理だろう。
眠いはずなのに色々な事を考えてしまい、なかなか眠れない。
気持ちを切り替えるために夜空を眺める。
チカチカと光る満天の星は、地球でみる星と同じ様にも見える。
父さんと母さんは心配しているだろうか。
『歩、お前は将来、私の仕事を継ぐんだぞ』
『歩、お父さんの為にしっかり勉強するのよ』
父さんと母さんがいつも言っていた言葉だ。
厳しい両親だが勉強を教えてくれて、良い学校にも入れてくれた。オレが帰らないときっと悲しむだろう。
父さんはちゃんとご飯食べただろうか。母さんは今日の分の薬は飲んだだろうか。
両親を悲しませることなんてできない。立派になって恩返しもしてあげたい。そうだ、いつまでもこんな世界には居られない。
ガサッ ガサッ ガサッ
物音に驚き体を起こすと、暗闇の中に化け物が居た。
まるで巨大な鹿の様にも見える化け物の体は、夜の闇に紛れて黒くぼやりとしか見えな。
だが、二つの赤い目だけははっきりとこちらを睨んでいるのが分かる。
一対の角を揺らしながら太い四つの足でゆっくりと近づいてくる。
こんな巨大な生物が目の前に来るまで気付かないなんてあり得ない。何もない空間から突然現れたのかと思う程だ。
「【火球】【火球】!」
恐怖を押し殺し全力の魔法を打ち込む。
以前の魔法よりも大幅に威力を上げた二つの火の玉は、真っ直ぐ化け物の眉間に向かって飛んでいった。
しかし化け物の手前で火の玉は音もなく消えた。どうやったのかは分からないが、大量の魔力を込めた魔法はアッサリと防がれてしまった。
こんな化け物に勝てっこない。
オレの攻撃手段は魔法だけ。化け物はまだ襲っては来ないが、肉弾戦でどうにか出来るような相手じゃ無いことは分かる。
恐怖で足に力が入らないし、声も出せない。
震えるオレを見下ろしていて化け物だったが、ゆっくりと後ろに向き直り、闇の中へと消えていった。
「助かった……」
安心と同時にその場に倒れ込む。
化け物はオレを食べたり襲ったりはしなかった。不用意に魔法を打ち込んでしまったが、それに対して怒ることもしなかった。
何をしに来たのか分からないが、オレの魔法は一切通用しなかった。
この世界に居るのは、あんな化け物ばかりなのだろうか。だとしたら、オレの命はいつ終わってもおかしくない。
すぐにでも元の世界に帰りたい。だけど帰られる自信がどんどん無くなっていく。
いずれ、帰ることまで諦めてしまわないか心配だ。
呪文は短文が一番!
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