身支度
よし、数日分の食料と、よく見かける普通な服も買えた。
ただやはりと言うか、魔族の話になると皆一様に嫌悪感を示し、詳しく話を聞くのは難しかった。
まず、魔族には角が生えていることが分かった。オレが魔王だとバレるんじゃないかとヒヤヒヤしたが一安心だ。
その魔族達はここから西の国に集まっているそうで、魔王もそこに居るだろうって話だった。
誰も魔王がどこに居るか、正確には分からないらしい。
で、まず王都の隣町に行くには、馬車で一日程かかるそうだ。
それ位なら最悪徒歩でも行けそうだけど、安全と楽する為に馬車に乗ろう。
その代わり服も食料もかなり切り詰めた。
というかそもそも金が足りない。
隣町に着いたらまた何かで金を稼がないと、本当に飢えてしまう。
今後の対策は馬車に乗ってゆっくり考えることにして、オレは西の郊外に在るらしい馬車乗り場へ向かって歩いている。
「いたぞ! あいつだ!」
背後からそんな大声が聞こえた。振り返ると城に居た兵士達がこちらに走って来ている。
もう少しで街を出られる所だったのに、また追って来た。
こんな騒ぎになってしまって、こっそりと馬車に乗れるだろうか。
あぁ、まずい。前からも兵士が来た。一旦振り切らないとダメか。
オレは路地に入り兵士たちから逃げる。この辺りは民家が多く、かなり入り組んでいる。
……
だいぶ逃げたから兵士は撒けただろう、姿はもう見えない。
しかし、大通りはまだ兵士が居るだろうから行き辛い。
もういっそ徒歩でもいいかな。馬車で一日なら、歩いても二日あればつくだろう。
もし途中で馬車を見かけたら乗せてもらえば良い。食料はまぁ足りるだろう。
それにしても、周りの風景は大分変った。
華やかな大通りとは違い、ここは砂場に砂の家を並べた様な場所だ。
崩れかけの建物に、散乱したゴミやガレキ。
少し不気味な所だ。早く外に出よう。
ザッ ザッ ザッ
後ろから足音が聞こえた。
追っ手かと思い振り返ると、少年が手を振り上げて走って来る。
少年が手に持っているのは……ナイフだった。
「うわぁっ!」
一瞬判断が遅れたが、振り下ろされるナイフを何とか避けた。
勢い余った少年をそのまま突き飛ばし、その隙に逃げる。
「【ファイヤーボール】!」
逃げながら、叫んだ少年に目を向ける。
突き出された少年の手から、野球ボール程の大きさの火の玉が打ち出された。
魔法!?
起きている事態に頭が追いつかない。
火の玉が目の前に迫る。熱い。
足がもつれて転び、運良く直撃は避けられた。
危なかった……あの魔法、オレも使えないかな?
少年は再びナイフを振り上げて襲いかかって来た。
尻餅をついた状態ではもう避けられない。
「ふぁ、【ファイヤーボール】!」
オレも少年と同じ様に、手を前に出して全力で叫ぶと魔法陣が広がった。
そして、そこから打ち出された火の玉は、少年のそれより遥かに大きかった。
オレに向かっていた少年は、自分の背丈程ある火の玉を避けきれず、半身に当たってしまった。
たちまち衣服は燃え上がり、叫び声を上げながら地面をのた打ち回った。
このままでは死んでしまう。何か、消すものを……
「【ウォーターボール】!」
そんな魔法が在るか知らなかったが、意図した通りに水の玉が打ち出さた。
巨大な水の玉は、少年と火を押し流した。
水浸しで横たわった少年は、地面に手を突きゆっくりと顔を起こした。
歯を食いしばり怒りに塗れた顔だった。そして額には一対の角。魔族だ。
オレは魔族に殺されかけたのか。いや、魔族を殺しかけた。
もう訳が分からない。オレは無性に怖くなり、その場を逃げ出した。
あの場所からすぐにでも離れたかった。
どこをどう走ったかも分からないが、建物とガレキの間にできた空間へ身を隠した。
膝を抱えて体を小さくして隠れたが、全身の震えが治まらない。
少年も兵士も、誰も追って来ないでくれ!
……
日も傾き始めた頃、震えと気持ちが大分落ち着いた。
魔族は確かに居た。それも王様のお膝下なんて、かなり身近に。
そして、魔法なんて物が本当に存在していた。
少年とオレが同じ魔法を使っても大きさが全然違ったのは、オレが魔王だからだろうか。
そういえば他にも使える魔法があるのだろうか。
お城では余裕がなかったけど、ステータス画面にそれっぽい物が書いてあったかもしれない。
「【ステータスオープン】」
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……
スキル:火魔法・風魔法・水魔法・土魔法・言語理解
……
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なるほど、この【言語理解】のおかげで文字とか言葉が理解できていたのか。
火魔法には【ファイヤーボール】や火に関係した魔法が沢山含まれている様だ。
じゃあ火力の違いはなんだ? どこから火や水が出てくるんだ?
気になる事が多すぎるな。とりあえず、どんな魔法が使えるのか一通り試してみるか。
いや、また巨大な魔法が出たら困るし火力の調整から……
……
いつの間にか朝になっていた。
まずい、魔法に没頭して一睡もしてない。異世界初日から徹夜は心身ともに辛い。
でもこんな場所でのんびり眠れないし、すぐに街を出よう。
オレは水魔法で顔を洗い、風魔法で乾かして身支度を整える。
火魔法でトーストを作り、水魔法で洗った野菜を挟んで朝食にする。
あぁこれ魔法が便利すぎる。
徹夜のおかげで魔法について色々分かった。
魔法には元となるエネルギーが必要だ。とりあえず魔力と呼んでいる。
魔法陣は入力した魔力を変換し出力するもの。呪文はそのトリガーだ。
そしてなんとこの呪文や魔法陣は自分で改変することが出来た。
既存の魔方陣を参考にすれば、色々な魔法を出力できそうだ。
さて、また襲われる前に急いで町を出よう。
この辺りには兵士の見張りが無いようだし、走って外まで行こう。
【ステータスオープン】には、体力や魔力なんかも書かれているはずです。
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