このペンを私に売りなさい
城下町はにぎやかだ。
のっぺりした塗り壁の建物をコピペして作った様な街並みに、老若男女多くの人が行き交っている。
立派な品が並んだショーウィンドウに、美味しそうな匂いが漂う露店。
侵攻されているって言ってたけど、この街までは来ていないのか。
やはり帰るには『魔王』を何とかしないとな。オレの職業の魔王と、討伐対象の魔王だ。
どちらの解決にも、本物の魔王を見つける事が必要だろうか。
そう言えばオレって、魔王の様な見た目になってないよな?
……よかった、角も羽も生えて無い。眉辺りまでの黒髪、余り鍛えていないほっそりした体。身長は確か、百七十センチ位あったかな。
しかし、流石に学ラン姿はこの世界では目立ち過ぎる。すれ違う皆が見てくる。
服を買うにもお金が無い。食べ物も寝る場所も無い。よく考えたら、衣食住、全部無かった。
逃げるしかないと思ったけど、軽率な行動だったのだろうか。せめて王様からもう少し話を聞けば良かった。
いや、あれ以上あの場所にも居られなかったな。
とにかく今は買い物ついでに魔王の事を聞いてみよう。そのためには金が必要だな。
今オレが持っているもので物々交換か売却できそうなものは……このボールペンくらいか。
ロゴ入りの粗品だが、上手くすれば売れるかもしれない。ペンを買い取ってくれそうな店を探そう。
……
この店が良さそうだな。
『手作り雑貨の店』
看板に大きな文字でそう書かれた店を見つけた。
店に入ろうとドアに手をかけた時、扉の貼り紙に目が行った。
『魔族お断り』
え、オレは入れないじゃん……いや違う、そうじゃない。
わざわざこれを書くって事は、魔族がこの街に居るのだろう。しかも買い物にも来る。
街で魔族のような存在は見かけなかった。
いや、勝手に角とか羽が生えてるイメージだったけど、そうとも限らない。
店の入り口でしばらく立ち往生したが、気合を入れて入店した。
店の奥から聞こえたのは「いらっしゃーい」という気の抜けた声だった。
声の主は中年のおじさんだった。カウンターに座り新聞を見ている。
小さな店内に所狭しと並んだ雑貨。日用品や小物と一緒にペンも売られていた。
多くの種類の羽ペンとインク、それよりちょっと高価な万年筆が並んでいる。
これならボールペンでも売れるか?
よし。オレの今後の生活が掛かっているんだ、何としても売らなくては。
オレはセールスマン、セールスマン……
「いやぁお父さん! この店の商品は素晴らしいものばかりですね! お父さんが作ったものなんですか?」
「お、おう……そうさ。ほとんどの商品は私が一つずつ手作りした物さ!」
よし、看板に偽りなし。いい人そうだし、うまく言えば高く買い取ってもらえるかもしれないな。
「凄いですね! そんな貴方ならばこのペンの凄さも分かるはず。これは僕が外国で入手した特殊なペンなんですよ」
「え? ああ、これがかい?」
「はい。この様にインクを付け足さずにずっと書き続けることができるんです! 更に、強い筆圧で書いても、振ったとしてもインクが飛び散ることはないんです!」
「ほう、たしかにそれは凄い」
初めは突然のセールスに驚いた様子のおじさんだったが、メモ帳で実演をすると興味を持ったようだ。
「ですがこのペン、先端が布などに擦れるとインクが出て布が汚れてしまうのです。そうならないために! ここを押し込むと先端を収納出来るのです!」
カチッ カチッ カチッ
ボールペン最大の特徴と言っても過言ではないこのカチカチに、おじさんは釘付けになっている。
「実はこのペンを貴方に買ってもらいたいのです。いかがですか? 買っていただけたらこれは貴方の物ですよ」
「うーん、そうだな……二千ゼニーでどうだ?」
ゼニーはさっき市場でよく見かけたな。この国の通貨の様だ。
二千って言うと多分、一食分くらい買えるかな。
安すぎる。確かに万年筆よりは高いが、そんなので騙されはしないぞ。
「貴方はこれを手に入れたら、分解して構造を解明しようとするはずです。そして貴方の腕ならきっとこのペンを量産できる」
ペン先のボールはもちろんカチカチでさえ、見ただけでは解明できないだろう。
「これを量産すれば、街中の人が貴方のペンを買いに来ますよ! ここはぜひ、五万ゼニーでどうでしょう」
「なっ、それはいくらなんでも高すぎだ!」
オレの生活費としては少な過ぎる額だと思うが、相場なんて知らないしな。
その後も交渉を続けるが、材料費がとか技術的にとか言って中々首を縦に振らない。
オレも商品の魅力や、オレ自身に同情を引くような言葉で応戦する。
頼む! 今日食べる物もないんだ、オレを助けると思って買ってくれ。
「わかった、私の負けだ。五万ゼニーで手を打とう」
「やった! ありがとうございます!」
ちょっと少ないけど、この街を脱出するには十分だろう。
取引が終わってオレは、もう一つ気になっていた事をおじさんに聞いた。
「あの、この街には魔族が住んでいるのですか?」
「魔族だと!?」
魔族という単語を出した瞬間、おじさんの目つきが険しくなった。
にこやかだったおじさんの豹変に怖気付いてしまう。
しばらく睨まれたが、渋々といった様子で話してくれた。
「多くは西の国に送られたが、まだ街にも残って居る。あんな奴等が同じ街にいると思うと気分が悪くなるよ」
魔族に相当恨みがあるのだろうか。もう少し詳しく聞きたいけどちょっと怖いな。
「その西の国へはどうやったら行けますか?」
「お前さん、なんでそんなこと聞くんだ……? それじゃあ話を聞きたいなら五万ゼニー払いな」
払えるわけないじゃないか! 完全に厄介払いしに来ている感じだ。
優しいおじさんがここまで嫌うなんて、魔族は相当嫌われているのかもしれない。
「ほら、用がないなら帰ってくれ。今日は体調が悪いんだ」
そう言ってオレを追い出すとおじさんは店まで閉めてしまった。
ボールペンを抱えて店の奥へ入っていくおじさんの姿が窓から見えた。
体調不良とか言っていたが、あの様子だとボールペンを調べるためにこもるのだろう。
おじさんの技がどんなものか知らないけど、量産は無理だろうな。
カチカチはともかく、小さなボールまで再現できないかな。
騙した訳じゃないけど……ごめん、おじさん。
売ったのは消えないインクのボールペンです。
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