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66.約束

 結論から言うと、祭は上手く行った。

 殿下の元に、約束通り精霊が訪れ、殿下は『ヴェラモ』という人物を演じながら、精霊の接待を行った。

 と言っても、精霊は私と殿下、それとカイネ以外には見えていなかったらしく、端から見たら虚空に話しかけている成人男性という悲しい存在になっていただろうが。


 精霊は祭の様子を大層喜び、殿下に「また会いに来てね」という約束をして、南部の泉をこれからも守り続けることを誓った。

 更に、祭で好きな食べ物を沢山食べたこともあって、ヒーシ自体に祝福ももたらしてくれた。これから先、精霊が居る限り、ヒーシの村、そしてあの森に魔物が一切近寄らなくなるような、そんな祝福である。


 祭の終わりまで見届けて、精霊はヒーシを去って行った。

 大団円とも言えるような結末だろう。


「でも、良いんですか?」

「何が?」

「その。殿下、精霊と……約束されていたじゃないですか」


 祭の後片付けを手伝いつつ、私は椅子に座ってぐっと体を伸ばす殿下に話しかけた。精霊の接待は大変に気を遣う作業であったらしく、疲労の色がその顔にも滲んでいる。


「約束? ああ、まあ、なんとかなるでしょ。期限を設定してはいないしね」

「わぁ……」

「何その顔。メル伯爵令嬢、不敬だよ、不敬」


 殿下が小さく唇を尖らせる。そうしてから、「キミは貴族としての礼儀を一から学ぶべきだね」とだけ続けた。

 散々な言われようである。

 それを言うなら殿下こそ、精霊に対する付き合い方を一から見直されてはどうだろうか、と思う。多分そういう思いが表情にまた明け透けてしまっていたのだろう。殿下は私をじっと見た後、ふ、と小さく息を零すように笑った。


「キミは本当になんというか、カタラ伯爵夫妻と似ているね」

「……父様と、母様に、ですか?」

「そう。あの二人も、なんというか……貴族っぽくは無かったな。まあ、そもそも、癒術の才を買われて爵位を授けられたわけだから、平民に感じが近かったのだろうけれど」


 殿下と、私の両親は、顔を合わせたことがあるのか。知らなかった。

 だが、確かに私の両親は癒術士として名声を得ていた。その上、爵位を授けられたこともあり、殿下や陛下とも関係が深かったのだろう。私は――私は、そういった場には、同行することはあまり無かったけれど。


「この指輪も、キミのご両親が作ってくれたものだからね」

「えっ……。そ、そうなんですか?」

「そう。だから、カイネが……同じような加護石を持っていた時は驚いたよ」


 殿下は小さく笑う。そうしてから、思い出したように「まさかキミみたいに小さな子が、一級癒術士もかくやという加護石を作れるだなんて思ってもみなかったし」と皮肉のような言葉を続けた。

 なんだろう。一言何かを差し込まないと、気が済まない性質なのだろうか。あり得る。

 私はなんとなく殿下を眇め、それから小さく首を振った。私の知らない両親の話。――私の知らない、両親がしたこと。それを知ることが出来たからか、殿下の皮肉も気にならない。


 私が何も反論しないのを見てか、殿下は僅かに瞬いた後、「まあ、とにかく、精霊に関しては、あれでいいんだよ」とだけ、ぽつりと言葉を零すように続ける。


「精霊のまたいつかに付き合うだなんて、一人の人生ではまかないきれないからね。ヴェラモ王弟がそうだったように」


 殿下は小さく息を零す。そうしてから、私を見て軽く首を傾げた。


「それより、メル伯爵令嬢、そっちこそどうなの?」

「何がですか?」

「ほら。言ってただろ。きちんとした手順を、紙にまとめるって。一日で出来た?」


 私は頷く。完全に出来上がった、とは少し言いづらいかもしれないが、祭の準備方法を簡易的に紙にまとめることは出来た。

 一人では、ここまで形にすることは出来なかったかもしれない。ヒーシの人々が、手助けをしてくれたこともあり、形にすることは出来たと言えるだろう。


 ヒーシに来て直ぐ、癒術士としての仕事をしたこともあり、ヒーシに住む人々からの覚えが良かったらしい。

 私が色々と尋ね回っていると、何かあったのか、何をしたいのか、と声をかけてくれる人が多かった。


「ただ、まだ完成形とは言いづらいので……、来年もヒーシに来て、まとめていこうと思います」

「良いんじゃない。少なくとも、キミがこうやって紙に残すことで、祭が失敗する可能性は少なくなっていくわけだしね」


 私は小さく頷く。殿下が小さく喉を鳴らして笑い、それから「まとめた紙は持っている?」と首を傾げた。

 もちろん、持っている。祭の後、ヒーシをおさめる貴族に渡そうと思って、保管していたのだ。小さく丸めた紙を、私は手持ちの鞄から取り出す。


「貸して」

「……字が下手とか言いませんか?」

「言って欲しいならそう言ってくれる? ――言わないよ、人の書いた字を笑うことはしない」


 殿下は首を振り、私に向かって手を差し出した。その手に紙を置くと、殿下は軽く指を振った。杖が現れる。その先端が僅かに光る。殿下はそのまま、杖で軽く紙面をノックした。瞬間、触れた場所から漣のように光の線が広がり、消えていく。


「保護魔法をかけたよ。簡易的なものだけど」

「あ……ありがとうございます」

「どういたしまして。貴族に渡すときは、僕の名前も出すと良い。――さて、そろそろ祭の後片付けも終わりかな。明日になったら帝都へ帰るよ。来た時と同様、帰り道も日数がかかるから、今日はゆっくり休んで」


 殿下が杖をしまいこみ、私を見る。僅かな間を置いた後、「帝都に戻ったら、キミを一度僕の部屋に招待するよ」と続ける。


「それは結構です……」

「あのねぇ。拒否権は無いから。絶対に来ること」

「良いんですか、そういうの!」

「良いんだよ、ほら、僕、次代の皇帝だしね」


 殿下が小さく笑う。少しばかり幼さの滲むような、そんな笑い方だった。

 一瞬だけ息を飲む。――ひょうひょうとしていて、皮肉やで、つかみ所のない殿下が、初めて心の内を見せてくれたようで。


「……兄様にはバレないようにしてください……」


 私の必死の言葉に、殿下はまた、同じように微かに笑った。



 翌日、私たちはヒーシの村を後にした。

 来た時同様、馬を休ませて進みながら、帰り道を辿る。南部の問題が完全に解決したこともあって、帰り道の騎士達は少しばかり緊張が解けたような面持ちだった。行きしなは固く閉ざされていた口も、今は多少の団らんの様子を見せている。


「リュジはどうしているだろうね」

「本当に。リュジ、元気かなあ……」


 普段なら先頭で殿下の護衛を務めるカイネが、今回は隊列の半ばあたりを任されている。私の傍に居られるようにという、殿下の采配だろう。

 少しだけ緩んだ空気の中で、けれど周囲に対する警戒だけは怠らずに、カイネは小さく囁く。


 そろそろリュジに会いたい。もう長い間、顔を見ていない気がする。完全なる推し不足である。早く会いたい。顔を合わせて、元気かどうかを確認したい。なんなら体温とかも感じたい。手とか、許されるなら、握りたい。多分許してもらえないだろうが、必死で頼み込んだら許してくれそうな気もする。


 ぼんやりとリュジのことを考えながら、頭の隅で、『星のの』の年表を思い出す。

 設定資料集に書かれた、ゲーム本編が始まるまでの年表。そこには、『南部の泉が枯渇する』と書かれていた。

 ――それを、阻止することが出来た。ということは、カイネの死を阻止するための一歩を、踏み出すことが出来たと言えるだろう。


「ねえ、……メル。兄様から、一つだけお願いがあるんだ。良いかな?」

「何?」

「これから先、もし危ない目や……怪我をしそうになった時は、絶対に兄様か、リュジを頼るんだよ」


 カイネは私を見つめる。その視線が、僅かに私の手を見つめていた。


「……絶対に、絶対に、だよ」

「……うん、わかってる、兄様」


 炉に手を突っ込んだ後から、折りに触れて、カイネから怪我しないようにしてほしいということを言われる。カイネにとって、目の前で私が怪我をしたことはよほど衝撃的だったらしい。何度も、何度も言い含めて――私に約束を迫るくらいには。

 私は小さく頷く。そうしてから、私は手の平に力を込めて、拳を握る。


 これから先、どのように物語が変わっていくかはわからない。けれど、私がすることは決まっている。

 リュジの悪役化を阻止、そのためにカイネの死を阻止。

 全ては、ハッピーエンドを迎えるために。

 その為には、私は自分が傷つくことを、きっとこれからも厭わないだろう。だから、この約束は――多分、きっと、破られる。


 カイネを悲しませることになるかもしれない。リュジを苦しませることになるかもしれない。

 それでも、私は、二人に生きていて欲しいのだ。

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