24.来年もずっと
そっちが教義を盾に子供の行動を制限するなら、こっちも協議を盾に子供の制限を撤回させていただくことにしよう作戦、略して協議撤回作戦。
どこかの本に、一節でも良い、エトラが恋をしていたことが書かれているものがあれば――と思ったのだが。
「ない……」
リュジ所蔵の本にはもちろんのこと、いくつかの文献をあたって、屋敷内にある図書も見てみたのだが、まあ、無いのである。
とにかくエトラは生涯、愛し子たちにのみ愛情を注いでいた、というくらいの文献くらいしか見当たらないのだ。
私は読んでいた本をぱたりと閉じる。私のそばで、今日は家庭教師もないし、と一緒に探すのを手伝ってくれていたリュジが、ちら、とこちらを見るのがわかった。
「そもそも、石の中から一粒の魔法石を見つけ出すみたいな策なのは、わかりきっていただろ」
「確かにそうなんだけど……」
とにかく、教義や神話の乗っている本は文字が小さくて、しかも昔風の言葉遣いで書かれているのでなかなか読みづらいのだ。ひいひい言いながら必死になってページをめくり、豆のような文字を必死で読み込んでいると、少しずつ集中が途切れてくるというのも仕方ないことだろう。
私が言い出したことだから、やめるつもりはないけれど。少しだけ目が痛くなってきた。
目頭を指先でもみながら、「どうしてエトラの恋話みたいなのって、こんなに無いんだろう」と小さく囁く。積み重ねた本の一冊に手を伸ばして、目次へ目を通した。
「普通は唯一神というか、ものすごく権力のある神様って、結構いろんなところに引っ張りだこになって親戚がぞくぞくと出来上がっていくと思うんだけどなぁ」
「……そんなの、聞いたことない。どこの話だよ」
リュジがわずかに息を零しながら首を振る。日本の――というより、ギリシャ神話あたりの話、である。……イストリア帝国にギリシャ神話は無いので、リュジが知らないのも尤もな話だ。
「遠い国の……ものすごく遠い国のお話というか」
「……メルが異国のことを調べたり、異国の神様について知ってるなんて、思いもしなかった。いつのまに勉強していたんだ?」
驚いたような、そんな声でリュジは続ける。前世で、と答えたら、リュジはどういう反応をするのだろうな、なんて思いながら、軽く笑って「少し前に」と続けた。嘘は言っていない。
リュジは軽くふうん、と息を吐くように続けると、すぐに本へ視線を落とす。その横顔を、ちら、とのぞき見するようにして、私は視線を動かした。
黒い髪に、まろみを帯びた輪郭。赤色の瞳。それぞれが、まるで、丹精に作り上げられたような、そんな美しさをにじませている。美少年、といっても、過言ではないだろう。
この少年が、もう少しもすれば、ゲームに出てきた立ち絵同様の美青年へ変化するのか、なんて思うとしみじみとするところがある。今でも、ゲームプレイの時に見た立ち絵の面影が感じられるけれど、成長したらきっと、もっとそう思うのだろう。
きれいで。格好良くて。これはもう、そもそも今の時点でも引く手あまたというか、色んな令嬢から好かれているのではないかと思うほどである。
……そういえば、ゲームで言及はされていなかったけれど、リュジにも婚約者というか、そういう人は居るのだろうか。
「リュジ。リュジは好きな人、居る?」
「……きゅ、急に……なんだよ」
「気になって。その、婚約者とか居たのかなあって。聞いたことないから」
リュジは少しだけ視線を揺らして、それから「居ないけど」とだけ早口に続ける。
居ないのか。――そうか、なんて、少しだけほっとしてしまって、私は何を考えて居るのだろうと心中で首を振る。い、いけない。好きな人が居ないと聞いてほっとするなんて、そんなのまるで恋をしているみたいだ。
いや、もちろん、推しのことは大切で、大好きで、恋をしていると言っても過言ではないけれど――。
私の第一の目標は、推しを幸せにすることなんだから、別のことを考えている暇は、今は、ない。
それに、何より、リュジにはリュジのことを大切にしてくれる相手と一緒になって欲しいと思うのだ。――それこそ、『星のの』の主人公が、攻略対象キャラクターを、愛し、大切に思い、すくい上げたように。
「い、居ないけど、居る……」
「えっ。ど、どっち?」
「……婚約者は、居ない」
リュジはもごもごと言葉を続けて、それから小さく息を吐く。
「今までは花って誰かにあげてたの?」
「急になんなんだよ」
「気になって……」
「……今までは、あげたこと、ない。そもそも知り合いなんてメルくらいだったし、メルは花冠祭の時期には来なかっただろ……」
「それじゃあ今年はもしかして私にくれたりする?」
小さく笑って返すと、リュジは僅かに顎を引いた。そうして、そっと視線を揺らして、「……欲しいなら、あげてもいいけど」とだけ続けた。
これは。推しから花を貰えるチャンスではないだろうか。私はバッと手を上げた。
「欲しい! 欲しい! 大事にするから、一生!」
「ふうん。……ふうん? へえ」
リュジは僅かに息を零すように笑うと、「勢いが強すぎ」と囁くように続ける。
推しから花を貰えるという、大変な幸運に等しい状況を前にして、ちょっと理性の糸が切れてしまった感じはあるので、なんとも言いがたい。
凄い。こんなに良いことがあるなんて。前世、ガチャを引き続けて徳を積んだ甲斐があるかもしれない。
「欲しかったから……。い、良いの? 貰っても」
「良いよ。そんなに言うなら、来年からも、ずっと渡すから」
「本当に!?」
「だから、メルも……俺と、……兄上に、きちんと毎年渡せよ」
何度も頷いて返す。嬉しい。思わず諸手を挙げたくなるが、それを心の中で行うだけに留めた私は、結構頑張った、と思う。
――それから結構な時間、それこそ夕飯時になるまで、集中をして沢山の本を読んだが、やはりメルが知っている以上のことは情報として得られなかった。リュジは「この家にあるエトル神に対する書物は、一般家庭に置いてあるのと同じくらいしかないから」と言っていたので、こういう結果になるのも致し方ないことだろう。
そもそも、エトルが恋をしていたかもしれない一節を探し出すなんて、難しい話だ。元来、エトルは恋をしたことがない、という説が信じ切られている以上、異説を探すとなると、私のような付け焼き刃の知識では、どうにもならない。
そう――だから。
もっと詳しい人が居て、詳しい書物が置いてある場所に行くことを、決めた。
すなわち、教会である。
王都にある大きな教会へ、信徒を装って行く――だなんて、エトルを崇拝する人からしたら殴られそうなくらいの行為かもしれないけれど、これ以上の策は思いつかない。
流石に、教会にはトゥーリッキが居るかもしれない以上、リュジを連れていくことは出来ない。
だから、私は一人でやるしかない。
何冊目かわからないくらいの本を開いて、閉じる。心の中で決意しながら、私は小さく息を吐いた。




