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21.星の子

 花冠祭(かかんさい)とは、イストリア帝国建国を祝う祭である。

 エトルによって作られ、エトルによって生み出された子どもたち。それらが、土を耕し、野を開き、そして家を建て、国を作った。そうして生み出されたイストリア帝国は、エトルに、そして四大元素の神に愛され、今日まで栄えてきた。

 それに感謝を示す日――で、あると同時に。


 花冠祭は、大事な人や、大切な人、好きな人に対して、花を贈る日としても知られている。

 起源は遥か昔に遡り、エトルが国を建てた愛し子達に花を授けたのが由来と言われているが、そのあたりは諸説ある。

 よって、祭の日は王都のみならず、全ての領地で花冠祭を祝う催しが開かれ、そこで沢山の花が交わされるわけである。


 ――ユリウスから受けた説明を頭の中で繰り返しながら、私は廊下を歩く。

 花冠祭。乙女ゲームの中でも重要なイベントだった。画面一杯に表示される各キャラクターの美麗イラストは、今でもすぐ脳裏に思い浮かべることが出来る。もの凄く手が込んだイラストだった。ゲーム的にも山場と言える場面だったので、制作側ももの凄く力を入れたのだろう。


 狩猟祭(しゅりょうさい)に続いて、花冠祭にも参加出来るなんて、凄く嬉しい。狩猟祭は大変なことになったが、花冠祭ではそういうことは起こらないはずだ。何せ、花冠祭に戦闘が入る隙間は一筋たりとも無いはずだから。


 私は癒術(ゆじゅつ)で咲かせた花を持って、屋敷内を練り回る。折角、もとの元気を取り戻してくれたことでもあるし、飾ろうと思い立ったのだ。綺麗に咲いているし、そもそも屋敷の庭園で育てられている花がロビーに置かれていることも見たことがある。問題は無いだろう。


 また咲いてくれたのに、その姿を私とユリウス以外誰も見ないまま、萎れてしまうことになるのは忍びない。


 廊下のカーペットをぎゅむぎゅむと踏みしめて歩いて、明るい日の差す階段を降りていく。一階に足を踏み入れた所で、屋敷の扉が開いた。黒色の髪、そして赤色の目。――訓練を終えてきたからか、少しだけ汚れた服を着込んだリュジに、私は抱きつくようにして走り寄る。


「リュジ! お疲れ様。剣の訓練は終わったの?」

「メル、走るな、危ないだろ」


 リュジは私の質問に答えず、少しだけ瞳をすがめて私を見る。室内なんだし、走っても問題は無いと思うのだが。私はむん、と拳を作って見せる。


「危なくないよ、大丈夫」

「メルのことだから、こけるかもしれない」

「こけないよ!」


 どんな心配をされているのだろう。慌てて首を振ると、リュジは微かに顎を引いて、それからじっと私の胸元へ視線を寄せた。それは? ――なんて、瞳が問いかけてくる。

 私は胸に持っていた花を押し出すように掲げ、「これは! 私が! 今日! 治療に成功した花です!」と言葉を口にする。


「狩猟祭の時は一本しか治療出来なかったのに、今は十本いけるようになったんだよ」

「へえ。凄いな。……全部違う花だ」


 リュジがそっと指先を伸ばして、私の咲かせた花に触れる。「花冠祭の花かと思った」と、彼はぽつりと言葉を続けた。


「花冠祭……の話題を今日はよく聞く気がする」

「来週に迫ってるからだろ。……メルは、誰かに、渡す……のか?」


 リュジが僅かに息を詰めて、軽く首を傾げて見せる。例年通りなら、父母に花を渡していた。メルの記憶を辿る限り、リュジとカイネに渡したことはない。というより、ミュートス領に来ることが出来なかった、という方が正しいだろうか。

 花冠祭の時期は、各領が忙しくなったり、色々と――そう、昔話に伝わる花を採取しにいこうとして、変な場所に行く人々も増えたりして、怪我人が絶えない。それもあって、花冠祭の時期は、ユリウスも言っていたように癒術士にとってひときわ忙しい時期だったのだ。


 だからこそ――誰かに渡すのか、という質問に至ったのだろう。私はリュジをじっと見つめる。赤色の瞳が僅かに揺れて、その(まなじり)がぽっと灯るように赤くなった。


「な、なんだよ」

「渡すよ、もちろん。私は!」

「……ふうん。誰に?」


 やけに聞いてくる。もちろん、渡したい人は沢山居る。リュジにカイネ、ユリウスは当然として、それとお世話になっているミュートス家の人々にも渡すべきだろう。後は、日頃からお世話になっている使用人にも……と思うが、一人一人に渡すわけにもいかないので、使用人室に飾れるくらいの花束を用意すべきかもしれない。


 ぼんやりと考えながら、私は頭の中で人数をかぞえる。


「大体……大体、三人は確定として、それから……」

「ちょっと待て。三人って……な、何人に渡すつもりで……」

「沢山」

「たくさん!?」


 リュジが小さく顎を引く。そうしてから、「……花冠祭で花を渡す意味って、わかってるよな?」と恐る恐る声をかけてきた。もちろん、知っている。


「これからも末永く、あなたと一緒に居たいです、って意味になるんでしょ?」

「……そう。それを知っていて、何人にも渡すって……」


 なんとも嫌そうな表情を向けられる。そんな、なんというか、そこまで忌避されるようなことでも無いような気がするのだが。ゲーム内でも親愛的な感じで主人公も友人キャラクターに渡したりしていたし。


「大切な人は何人居ても良いからね! リュジと兄様、ユリウスはもちろん、おじさま達にも渡すつもりだよ」

「……兄上に?」

「そう。お世話になってるから」


 私は頷く。流石にリュジとユリウスにだけ渡して、カイネには渡さない、なんてことは出来ない。逆も然りである。三人には同じように渡すつもりだ。

 リュジは私の言葉に僅かに表情を曇らせる。「兄上には……」と、彼は小さく言葉を続けて、それから少しだけ困ったように視線を揺らした。


 兄上には。どうしたのだろう。言葉の先を待つが、ここでは続けるつもりが無いのか、リュジは歩き出してしまう。

 急に会話を切られた。しかも、もの凄く、気になるところで。思わず追いかけつつ、「リュジ?」と声をかけると、リュジは軽く目線で自室をさした。彼は無言のまま歩いて行き、そのまま扉を開く。つられるように中へ足を踏み入れた。


「どうしたの、リュジ。急に黙って」

「……あそこで話してたら、誰かに聞かれる可能性があるだろ。ここなら、俺付きの使用人以外は、あまり近寄らないから」


 整理整頓された室内だ。中には沢山の本が並んだ書棚と、恐らく珍しいものを飾ってあるのであろう、飾り棚で壁がほとんど埋め尽くされている。中央のソファに腰をかけると、リュジが窓際の壁に体を預けるのが見えた。


「聞かれちゃまずい話……?」

「どうだろう。……少し、だけ、そうかもしれない」


 リュジは少しだけ言いづらそうに視線を揺らす。そうしてから、やはり言いづらそうに言葉を続けた。


「花冠祭で花を兄上に渡そうとしても、受け取ってもらえないと思う」

「……それは、えっ。ど、どうして?」

「メルが嫌われているからとかじゃなくて。多分兄上は受け取りたいと思うだろうけれど――」


 そこでリュジは言葉を一つだけ区切る。喉をきゅうっとすぼませるようにして、ようやく彼は「……母上が」と、細く声を続けた。


「母上が、許さない」

「――え?」

「母上は……母上は、兄上に、好意を向ける異性を、許さないから」


 それはどういう。疑問符で頭がいっぱいになる。ど、毒親――! という叫び声を胸の内で響かせながら、「許さないって……でも、婚約者とか……」としどろもどろに言葉を続けた。

 カイネは十九歳。もう少しもすれば二十歳になる。イストリア帝国の成人は十六歳で、そこから女性であればデビュタントで相手を見つける。男性、しかも辺境伯の長子であるカイネは、おおよそもっと前の――それこそ幼い頃から、婚約者が決まっていそうなものだが。


 ああでも、――そういえば、そういう話を聞いたことがない。婚約者のことも、何もかも、全部。

 カイネの傍に、女性がいたことが、あまり無いような気がする。


「居ない」

「え?」

「兄上に婚約者は、居ない」


 は、と喉から息のようなものが漏れる。リュジは小さく「兄上は星の子だから」と言葉を続けた。


「そして、――エトルの再来と言われていて、母上の神様だから。母上が許さない」

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