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02.ミュートス兄弟

「お体に問題は無いようです」

「本当かよ。嘘だったら許さないからな」

「こら、リュジ。すみません。お医者様、ご足労頂きありがとうございます」


 ベッドの傍、私に手を伸ばしていたおじいさんが、カイネとリュジのやりとりを聞いてか、微かに笑う。そうしてから小さく首を振った。大丈夫です、と答える声は穏やかだ。

 ――リュジとカイネに強く抱きしめられた後、二人の父――辺境伯が呼んでくれた医者に診察をしてもらうことになった。辺境伯は、今は居ない。私の父母のことを、もう一人の医者と共に見ているのだという。


「壊れた馬車の傍に居たという話でしたが、恐らく投げ出された時にご両親が強く守ってくださったのでしょう。大きな傷やケガはありません。少しお休みになられたら、調子も元に戻るかと」

「……本当に?」

「リュジ。――ありがとうございます。メル、本当に良かった。直ぐに食事を持ってくるよ。お医者様、今日はやはり消化に良いものの方が良いのでしょうか?」

「そうですね。穀物を柔らかく煮たものが良いでしょう」

「わかりました。料理人にはそう伝えておきます」


 リュジは拗ねたような顔をしたまま、医者をじっと見つめている。嘘を吐いていたらどうなるかわかっているよな、とでも言いたげな表情だった。カイネが小さく息を吐いて、リュジの目線を医者から隠しつつ、扉を開ける。お帰りの馬車を呼んでおります、と言いながら、医者と共に部屋を出て行く。


 室内に残されたのは、私とリュジ、二人だけだ。

 リュジは医者が出ていった方をじっと見つめていたが、飽きたのか、私の傍に近づいてくる。(まなじり)が赤いのは、先ほど私と一緒に沢山泣いたからだろう。


「メル、本当に大丈夫なのか?」

「……大丈夫だよ、ありがとう」

「もし――もし、痛いところや、辛いところがあったら、言えよ。どうにかしてみせるから」


 眉根を寄せたまま、リュジは私の頬に触れる。涙の零れたあとを親指が追うように動いて、離れていくのがわかった。

 心底、心配してくれているのだろう。表情と眼差しから、それが切に感じられる。私は頷いて、それからもう一度大丈夫、と続けた。


「……ちょっと、離れる。兄上がきちんと料理人に食事のことを伝えてくるか見てくる。兄上に任せたら、量が大変なことになりかねないし」

「量が……?」

「怪我人には沢山食べさせるべき、とか言いそうだろ」


 リュジが小さく笑う。確かに、カイネならそう言い出しそうだ。お腹は確かに空いているが、けれど、大盛りで煮た穀物を持ってこられたら、多分、食べきれないと思う。


「待ってろよ。何かあったら、いつでも呼べ。すぐに来るから」


 鷹揚(おうよう)な物言いだった。けれどその言葉に悪意なんてのは一切無くて、ただ心配だからと口にしてくれたことがわかる。言葉の強さと、乗せられた感情のちぐはぐさが、ちょっとだけ面白くて、私は頷きながら小さく笑う。

 とたん、リュジが私を見て、ほっとしたように表情を崩す。もう一度、待ってろよ、と彼は言うなり、さっと走って部屋から出て行ってしまった。


 静かな室内に、一人残される。私は小さく息を吐いて、それから状況を整理するべく、こめかみに指を当てた。


 ――私は、メル・カタラ。ここ、イストリア帝国に存在する貴族、伯爵の爵位を授かっている。

 年齢は今年で十歳。そろそろ婚約者を探す年齢なので、父母があれこれと言っているのを聞いたことがある。

 家族仲は良く、よく父母と共に馬車に乗ってお出かけすることもあった。

 魔法の腕は中くらい。剣技は下手なほうだった。


 そして、私は、前世、ブラック企業に勤め上げて過労死した社会人女性でもある。

 大学卒業後、入った企業がブラックもいいところのブラックで、毎日のように酷使(こくし)され続けていた。

 同僚が次々とやめていく、先輩もある日急に来なくなるなんてことが日常茶飯事のように起きる会社だった。それでも、そんな場所で頑張り続けることが出来たのは、ひとえにゲームと小説、この世に溢れる創作物のおかげだろう。それらが無ければ、きっと廃人のようになっていたと思う。


 会社に勤める傍ら、沢山の乙女ゲームをやりこんだ私だが、その中でも、近年まれに見るほどにハマったものがあった。


『星の導く天秤(てんびん)の』――通称、星のの、と呼ばれる乙女ゲームだ。

 これはイストリア帝国という国を舞台に、平民である主人公が、国家転覆(てんぷく)を狙う悪役令息を相手に、様々な攻略対象達の力を得て、国に平和をもたらすストーリーラインのゲームである。

 重厚なストーリー、そして練られたキャラ設定。評判が良いらしい、と発売少し経ってから購入したことを、一人目を攻略し終えたところで、私は強く後悔した。


 これ、すごく、良い。面白い。

 どのキャラクターにもきちんと芯があって。それぞれに主人公に味方する打算的なところもあって。

 キャラクターが、きちんと、生きていたのだ。


 すぐに私は特典物を集め始めた。ブラック企業での仕事の傍ら、沢山の店を回って、どうにかしてCD特典と紙特典を全て集めた。紙特典には、番外編のように、それぞれのキャラクターの前日譚が書かれていた。

 そこで、私は、悪役令息であるキャラクターの抱える過去と、そして、苦しみを知ったのだ。


 星ののに出てくるラスボスキャラ。国家転覆を狙い、最終的に大罪人として捉えられるキャラクター。

 どの攻略対象とのルートでも、最後には処刑で殺されて、彼の死によって世界に平和が戻ったと喜ばれる。

 そんな悪役令息が、星ののにおける私の推し――リュジ・ミュートスだ。


 そして――さっき、私のことを心配してくれていたリュジ。

 彼も、名前を、リュジ・ミュートス、と言う。


「……偶然……?」


 喉から言葉が零れる。偶然にしては、容姿がとてつもなく似ている。ゲームで見た立ち絵に比べると、まだ幼さが残っているけれど、正直、同一人物にしか思えない。

 それに――リュジだけじゃない。

 ここには、リュジが国家転覆を考えるようになった理由である、兄――カイネが居る。


 カイネの死を契機に、リュジは国に対する不信感を募らせ、悪役になっていくのだ。

 カイネ・ミュートス。星の子、と呼ばれる、イストリア帝国の神に愛された子ども。銀髪碧眼、そして美しい虹彩を持つ、リュジの兄。


 先ほど、医者を送っていった男の人。名前をカイネという。

 そう、カイネ・ミュートスだ。


 あまりにも偶然にしては出来すぎている状況だ。前世読んでいた小説と、ここまで世界観や人物が似通うなんてこと、絶対にあり得ないだろう。

 だから――そう、リュジの名前も、カイネの名前も、きっと、偶然ではないのだ。


 喉が震える。思い浮かぶ単語は一つだけだった。


「異世界転生……」


 してしまった、かもしれない。

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