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19.狩猟祭の、その後


 狩猟祭が中止になってから、十日ほど経った。

 その間、亡くなってしまった精霊犬を手厚く葬儀したり、怪我を負った精霊犬を治療するためにユリウスが少しの間、家庭教師に来られなくなるということがあったけれど、そこまで変わりなく日々を過ごしていた。


 狩猟祭における順位が明かされる事は無かった。

 また、今回の件以後、王都傍の精霊の森は立ち入り禁止となり、陛下による直属騎士団の検査が終わるまでは、誰も足を踏み入れることが出来ないようになったという。

 

 貴族を集め、しかも皇帝により開催された狩猟祭で、魔獣が出たこと。それによって多くの怪我人が出たこともあり、参加した貴族の元へ皇帝からの勅使(ちょくし)が届いた。勅使から渡された、皇帝紋のついた手紙によると、今回の件について事の顛末(てんまつ)、そして責任者は処罰した、とのことである。

 謝罪は書かれていなかった。皇帝からすると、責任者追及したし、今回の事の顛末についても調査したから、これで良いでしょ! ということである。


「……謝罪はあって良かったと思う……」


 呻くように声を上げる。思わず苦い表情を浮かべてしまったのもあって、手紙に目を通していたカイネとリュジが小さく笑った。


「謝罪は出来ないだろ。皇帝だぞ。過ちを認めることは許されない」

「そういうもんなの……?」

「皇帝が開いた祭で、騒動が起きた。それについて謝罪をすれば、汚点になる」

「汚点……」

「この祭は皇帝が開いたが、責任者の不備により大変なことになった。責任者は皇帝によりきちんと処断されたから、それで許せよ、っていう内容なんだよ」


 そういうものなのだろうか。全然わからない。こっちは怪我してるんだぞ、と思ってしまうのは仕方無いと思う。

 手紙をくるくるとまとめ、父上に渡して、と使用人に声をかけたカイネが「なんにせよ」と少しだけなだめるように声を上げる。


「リュジも、メルも、無事で良かったよ。でも……、……あの騒動さえなかったら、二人と一緒に王都を散策出来ていたのに……」

「王都を散策って……。兄上と? 嫌です」


 リュジが早口に言葉を続けた。カイネが驚いたような表情を浮かべて、「えっ!?」と声を上げる。私も思わずリュジの方を見つめる。

 狩猟祭が終わった後に、一緒に王都で遊ぼうという約束は、私とカイネの間でリュジの承諾を得ずに勝手に決めたものだったのだが、まさか断られるとは思いもしなかった。


「りゅ、リュジ。どうして? 兄様と、い、嫌……? 嫌って……、今……?」

「兄上の傍を歩いたら、どう考えても人が寄ってくるでしょう。俺は人の多い所は苦手なので」

「そ、そこは大丈夫だよ! メルときちんと相談したから」


 私は何度も頷く。兄様は変装してくれるよ、と言うと、リュジは微かに顎を引いた後、小さく笑った。ほとんど、何を言っているんだ、とでも言いたげな笑い方だった。


「変装が出来ると思うのかよ、兄上に」

「で、出来ると思う」

「銀髪でこの上なく目立つのに」


 た、確かにそうだけれど。そこら辺は帽子を被って隠すとか、そういうやり方も出来るだろう。後は目立たないように魔法をかけるなりすれば、大抵の人には気付かれないと思うのだが。


 うう、とカイネが小さく呻いて、「髪の毛……必要ないな……」とか言い出すのが聞こえる。いや絶対に必要です!

 カイネが変なことを思いつくより前に、何かしら話題を変更した方が良いかもしれない。そう、この散歩出来なかったという話題が続くと、カイネが最終的には色々思い切ってしまう可能性が高いのだ。

 違う話題――違う話題を!


「あ! そ、そういえば、狩猟祭の後は写本が出るんだとか!」

「写本? ……って、あの、食堂で話してたやつか」


 私は何度も頷く。今回は最終的に中止、という形になってしまったが、例年、貴族が画家を呼んで、自分をもり立てた話と絵を描かせ、ついでに他の貴族の勇姿についても書いたりして、広く出版されているらしい。

 多分今年も、誰かが書かせているのではないだろうか。出版するとなったら、そこにリュジが載る可能性も高い。


「リュジ……! リュジが載ってるかも!」

「はあ? どうして俺が」

「最後まで精霊犬とともに戦い抜いた辺境伯爵子息、その名はリュジ・ミュートス! 御年十歳! みたいな感じで」

「……。無いだろ。写本が出るとして、魔獣のことは絶対に伏せられる」

「そっか……。でも、そう、それじゃあ、辺境伯子息、リュジ・ミュートス! 御年十歳! 倒した風船は数知れず! みたいなのがあるかも」


 リュジの目をしっかりと見ながら、私は断言する。私があの場に居合わせた貴族だったら絶対にリュジのことは外さないだろう。推しを優遇するオタクとしての視点が抜けていない、と言われたらそれまでかもしれないが。

 でも、そういう推しとか関係無く、リュジは頑張ったと思うのだ。もう本当、一等賞である。一位! 第一位!


「狩猟祭第一位、リュジ……!」

「確かに……! そうだね、あれほど頑張ったんだから。リュジは狩猟祭第一位だよ……! 兄として鼻が高いなあ」

「メル。それに兄上も……。二人とも一体なんなんですか」


 なんなんですか、と問われると返答に窮するところがある。ファンです。

 カイネが小さく笑って、私ごとリュジを抱きしめる。さらさらと頭を撫でながら、一位だよ、とカイネは感極まったように声を上げた。私も同じようにリュジを抱きしめて、一位だよ! と言葉を続ける。

 リュジは面倒臭そうな顔をしていた。――けれど、その耳と、眦の端が、僅かに赤くなっているのに気付く。


 照れ屋さんなのだ。喜んだりするのが、少しだけ苦手なだけで。思わず小さく笑うと、リュジがメル、と私の名前を小さく呼んだ。



 私とカイネで、リュジに対して狩猟祭での活躍を根掘り葉掘り聞いていると、不意にノックの音が鳴った。誰ですか、と声をかけると、「メル様への贈り物が届いております」とのことである。

 贈り物。一体誰からだろう。一切覚えが無い。どうぞ、と声をかけると、使用人頭が入って来て、恭しく私に対して一冊の紙袋を手渡してきた。魔法で封がされており、本人が受け取らなければ開けられない類いのものである。


「差出人は?」

「シルヴァ・ロレンツォ男爵……みたい」

「ああ、参加者の一人だね。確かご子息が二人参加されていたはずだよ」


 カイネがさらさらと言葉を続ける。騎士として、恐らくその後の雑務もあって参加者の全員を覚えているのだろうが、それにしたってすぐに出てくるなんてすごい。袋にはロレンツォ男爵の紋章が描かれており、正式な文書であることが窺えた。


 封を開く。中には一冊の本と、手紙が入っていた。


「狩猟祭……写本」


 本にはそう書かれている。手紙には、『カタラ伯爵メル様。この度は狩猟祭にて、弟がお世話になりました。お礼と言ってはなんですが、今回、当家が作成した狩猟祭写本を贈ります。今後とも、花の癒術士に、エトラ神の幸いがありますよう』と、書かれている。


「凄いね。初めて見るよ。メル、開けてみよう」


 カイネが声を弾ませる。私は頷いて、そっとページを開いた。

 前書きのページをめくり、そのまま目次ページに移動する。どうやら時系列順に絵がまとめられているようだ。当然のことながら、魔獣が出た類いのことについては一切書かれていない。流石に狩猟祭で魔獣が出たなんて書いたら、皇帝に喧嘩を売ってしまうようなものになるからだろう。


 ページをめくる毎に、ロレンツォ男爵が画家に話し、描かせた様々な絵が溢れている。どうやら数人の画家を呼んで、それぞれに作業をさせたようで、ページによって絵柄が少し違う。


「あ、これ、ほら、リュジだよ! 見てみて!」

「本当だ。凄いねぇ、リュジ。格好良く描かれてる」


 その中には、もちろん、リュジの戦う姿もあった。ミュートス辺境伯リュジ様。御年十歳ながらも、卓越した魔法技能を誇り、多くの風船を壊す――と、書かれている。

 リュジの凜々しい表情が、まさしく綿密に描写されている。杖をふるう姿が、大変な臨場感を伴ってそこに存在した。一ページまるまる使って描かれているのもあって、結構な大きさの絵である。最高。この絵を描いた絵師にチップをはずみたい。


 リュジは僅かにページへ視線を向けると、「……本当ですね」とだけ言う。照れてる。絶対。だがここで照れてるー! なんて言おうものなら、リュジからきつめの視線を貰うのは想像が出来たので、私は口を噤んだ。


 あふれ出る笑みをそのままに、リュジのページを指先でくすぐる。最高、このページを見られただけで、大満足だ。ロレンツォ男爵には最高の賛辞を送りたい。

 リュジの絵をしっかりと堪能していたかったが、流石にリュジから「見過ぎ」と言われてしまったので、違うページにうつる。描かれた絵を見ながら最後のページ、つまりは後書きのページを開いた瞬間、私は小さく息を飲んだ。


「――あ、これ、メルだよね?」


 カイネが楽しげな声を上げる。リュジがそっと視線を向けて「本当だ」と小さく囁くのが聞こえた。

 待って。どうして。なんで、後書きページに私の絵が描かれているんだろうか。

 しかも、ポーズがすごい。手の平を自身の胸の前で開いたポーズで、その上に大輪の花が載っている。表情は慈愛に満ちたものそのものだった。


 その絵の傍には、文字がある。

 ――カタラ伯爵メル様。傷ついた子どもを癒やし、枯れた花すらを大輪に変える、彼女こそは花の癒術士と言えるでしょう――。


 死にそう。

 なんだこれ。

 そういえば手紙に弟が世話になったと書いてあった。もしかして、花を再生して見せたときの子が、ロレンツォ男爵の弟だったのだろうか。


「すごい。花の癒術士だって。メル。素敵だね」

「……これ……あの……発行中止……」


 思わず声が震える。リュジが小さく笑って「……勝手に発行されて、勝手に売られてるものを、どうやって中止するんだよ」と続ける。


「それに、狩猟祭が終われば、毎回慣例のように売られるものなんだろ。勝手に止めればそれこそ、これを楽しみにしている人達の気持ちを奪うことになる」


 尤もな意見だった。私は写本を閉じる。


 恐らく何回か、繰り返し見るだろう。けれど後書きページ見ることだけは、もう、無い。

 多分、一生。

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