15.精霊の森
ユリウスや、他の癒術士による治療を眺めたり、暇な時に映像機器をちらちらと見つめる内に、時刻が過ぎていく。
癒術と言うと、治療の魔法であると思われるかもしれないが、実際、魔法とは少し違う区切りにあるとされている。まず第一に、魔法を使う際に必要であるとされている杖を使わない。己の指先と、その感覚でのみ、治療を行うのだ。
そういうこともあって実地で、どのように怪我を治すのか、どのようにすれば命が吹き出してしまう場所――壊れた場所を、補修することが出来るのかを学んで行くのが大事である。沢山の人々の手さばきを見て、視覚的に、そして感覚的に、少しずつ癒術を学んで行くのだ。
ユリウスがまた、一人の子どもの怪我を治す。ユリウスの指先の動きは繊細で、そしてとても正確だ。
すぐに傷口が補修され、まるで時計を逆回しするように、怪我した部分が元の形に戻っていく。癒術を行使する際に零れる、柔らかな光がゆっくりと収縮して消える。それと同時に、治療は終了となる。
傷口の治った子どもは、また元の場所に戻っていくこともあれば、はたまた、魔法が飛んできたこともあって心が疲れてしまった子どもは、救護室にそのまま居たり。
朝の内は閑散としていた救護室内は、今や人で溢れている。救護室に投影魔法道具があることも幸いしてか、現地の映像を見ながら応援をする声が僅かに聞こえることも多くなった。
「……凄いね。朝はこんなに一杯になるなんて、思ってもみなかった」
ユリウスが、狩猟祭の時は大変だと言っていたが、まさかここまでになるとは思ってもみなかった。
子どもを見送って一息吐いたユリウスが、私の言葉に小さく笑った。
「はい。……でも、多分、昼頃が一番多くて、……後は、少しずつ、少なくなっていきます」
「そうなの?」
「例年はそんな感じで……、なので、今年もそうかと」
小さく息を零してユリウスは、私をちら、と見た。そうして、ふ、と息を零すように「リュジ様は、まだここへいらっしゃいませんね」と囁くように言う。彼が映像へ視線を向けたので、私も同じように視線を向ける。リュジは映っていない。ここまで来たら、逆に映らないようにされているとしか思えないくらいだ。
「そ、そうだね」
「ということは、今のところ、怪我をしていない、ということです。……凄いですね。十歳、なのでしょう?」
「うん。――そう。凄いよね、リュジは」
まさかリュジの話題が出てくるとは思ってもみなかったので、一瞬だけ答えが遅れた。確かに、朝から――今は昼だが、数時間以上経っているにも関わらず、リュジは一度も救護室に来ていない。
頑張っているのだろう。それがわかって、なんだか嬉しくなってくる。思わず頬が緩んでしまって、ユリウスがそれを見て同じように笑った。
「リュジ様、大丈夫みたいで。良かったです」
「……大丈夫みたいって、その」
それは、前に――殿下が参加するからリュジが心配である、と、話していたことに関わりがあるのだろうか。
ここで聞こうとは思っていなかったのに、話題を出されると、どうしても反応してしまう。ユリウスは私の視線を受けて、そっと遠くへ――木々が立ち並ぶ、今回の会場へ、目線を投げた。
「この森が、……帝国王家にとって、とても大事な意味を持っているのは、知っていますか?」
「えっ――」
「ここには、イストリア帝国建国史に関わる精霊が住んでいると言われているんです。エトルと契約を交わした精霊が――」
軽く顎を引く。創世神話に語られるエトルは、四大元素の神々と、そして僅かな臣下を連れていたとされているらしいが、そのことを言っているのかもしれない。
「ですから、ここは神聖で……。狩猟祭に使われるのも、精霊の居る場所で、不正は起こらないとされているからです。不正、不義を働いた瞬間、精霊は牙を剥く、と――」
「そうなんだ。……それなら、もの凄く安心出来る場所じゃない?」
「そうですね。ただ、それは精霊が本当にこの場に居るのなら、という前提に基づくものなので」
……それはつまり、ユリウスは、この森には精霊は居ない、と思って居る――ということなのだろうか。
参加する貴族は、精霊からの罰を恐れて、不正や不義を働くことはないだろう。だが、もし本当に精霊が居なかったとして。そして、――もし、それを一部の皇族のみが知っているとしたら。
皇族は不正や不義し放題、という話になってくる。
「殿下も、一度も、映像に映っていません」
ユリウスが囁くように言葉を口にした。映像に映れば、不正がばれる。だから映らない、と言いたいのだろう。
聞きようによっては不遜とも取られる言葉だ。大丈夫なのか、とユリウスを見つめる。ユリウスは何も答えず、ただ僅かに顎を引いて返した。問題無い、と言うように。
「でも、……そこまでして勝ちたいものなの? そもそも年齢制限を超えてるのに参加してるんだから、勝つのは当然なんじゃ……」
思わず息を零す。ユリウスは小さく笑って、「そうですね。でも、だから、凄く、心配で」と続けた。