彼女は逆に監視される
「遠藤、パス、パス!」
「っしゃあ決めたれ!」
体育の授業、遠藤からパスを受け取った俺はそのままゴールに向かってシュートを放ち、ゴールネットにそれが突き刺さり笛が鳴る。
「ウェーイウェーイ」
『明らかにオフサイドだろクソが……ゴール前に陣取ってボール受け取ってシュートしてヒーロー気取りは楽しいですかぁ?』
仲間とハイタッチを交わしながら自陣へと戻る中、それを俺越しに眺めていた花恋は文句を垂れる。実際のサッカーならオフサイドらしいが学校の授業にそんな複雑な概念は存在しない。ムキムキマッチョマンにはなっていないがスポーツの楽しさに若干目覚め始める等、花恋のダイエットに付き合っているうちに俺にとっては良い影響が出始めていた。俺にとっては。
「花恋。体重計ろうか」
「さっきご飯食べて飲み物も飲んだから……体重なんて1日でコロコロ変わるしそんな頻繁に計ったって意味無いって」
「んじゃジョギング行くぞ」
「食べたばっかだから苦しい。深夜とかに走るから」
「女の子が一人で深夜に走るんじゃありません」
放課後に花恋の部屋に向かいジョギングに誘うも、ダイエットコーラを飲みながらゲームをしている彼女はそれを拒否する。ご両親はきちんと食事制限を手伝ってくれているようだが、この調子では痩せるのは難しいだろう。俺は諦めて彼女の家を後にし、一人で軽くジョギングをした後自分の部屋に戻り、覆面をつけてモニターの電源をつける。
「やっぱりお菓子を隠してやがったな……」
俺の部屋に置いてあるモニターに映し出されているのは花恋の部屋。今まさに机の引き出しからポテトチップスの袋を取り出してむしゃむしゃと食べている花恋の姿がそこにはあった。ぐうたらな花恋は俺がこっそり彼女の部屋に置いてある機材を拝借して逆に監視が出来るようにしていることには気づかなかったらしい。俺の頭のどこかに監視カメラが取り付けられているらしいので覆面をつけることでそれをシャットアウトし、無音で彼女を眺める。俺に取り付けられたカメラ越しの映像が真っ暗になっていることに気づき、寝たと勘違いしたのか彼女はゲラゲラ笑いながら俺と会話する際に使うマイクを持ち、
『花恋は神、花恋は神、花恋は神』
ぼそぼそとサブリミナル効果で訳の分からない刷り込みをしようと試みる。その後もノルマとして設定した筋トレをすることもなく、アニメを見たりゲームをしたり、しまいには部屋を出て行ったと思ったら夕食は終わったはずなのにカップラーメンを持って戻って来る始末。これじゃあダイエットどころか更に太る一方だろうと頭を抱えた俺は、モニタの電源を切ってどうしたもんだかと眠りについた。花恋は神。
『今日のご飯はコンビニで買ったサラダチキンサラダと、豆腐のソーメンと、トクホ緑茶で合計564カロリー』
翌日の昼食時、きちんとカロリー計算もする必要があるから何を食ってるか明確にしろと花恋に告げ、ぼそぼそと近所のコンビニで買ってきたらしい昼食のラインナップを呟く花恋。ん? 待てよ、家から一番近くにあるコンビニにそんなものを売っていたか? このラインナップはダイエットを始める前、俺が学校から帰宅する途中に花恋に頼まれてプリンやらを買うために寄っていた、家からはかなり距離のあるコンビニだ。あの花恋がわざわざ遠くのコンビニに行って食事を買うのか?
『ちょっと疲れたから寝るわ』
『あっそ』
放課後になり、家に帰った俺は花恋に寝ると伝えて油断させておき、再び覆面を被ってモニタをつけ、録画しておいた花恋の部屋の映像を操作する。11時頃、ベッドに転がりながらスマホゲームをしていた花恋は大きな欠伸をすると、パソコンに向かい出前サイトを開く。優柔不断なのか20分程吟味した後にカチカチと注文をしたようで、その30分後にはピザとポテトとコーラが彼女の机の前に置かれていた。
『今日のご飯はコンビニで買ったサラダチキンサラダと、豆腐のソーメンと、トクホ緑茶で合計564カロリー』
花恋にバレないようにミュートにはしているが、ピザを目の前にして彼女が何を喋っているかなんて数時間前に聞いた身からすれば簡単にわかる。普通の学生が平日に食べることのできないピザを頬張りながら、教室で食事をとっている俺に嘘の食事ラインナップを告げる、どこぞのクズタレントと同レベルの彼女。その後、食べ終えた後のゴミを袋に詰めて部屋を出ていき、数分後に戻ってくる。おそらくは俺にも家族にもバレないように、証拠隠滅のためにゴミ出しをしたのだろう。大きなため息をついた俺は動画を編集してUSBに保存し、覆面を外して花恋の部屋に突撃する。
「何? 一人じゃ怖くて眠れない? 赤ちゃんでちゅねえ、ばぶぅ」
「面白いアニメ見つけたんだけどさ、どうせならでかいモニタで見たいと思ってさ。一緒に見ようぜ」
「えー、しょうがないなぁ。私が見たことないやつだよね?」
花恋の部屋にある一番大きな、主に授業中の教室を監視するためのモニタにUSBから映像を送り込む。始まったのは面白いアニメ、では勿論無く、花恋の部屋の光景。
「!? や、やめて、離して、変態」
自分が映っていることに気づいた花恋はすぐにモニタの電源を切ろうとするが、させるものかと後ろから彼女を羽交い絞めにする。暴れている花恋の目の前では昨日の花恋が机からポテトチップスを取り出して食べたり、夕食後なのにカップラーメンを啜ったり、俺が寝ていると思って訳の分からない刷り込みをしようとしていた。
「お前毎日こんなことしてるのか?」
「いや、私に協力的になってくれると嬉しいなって……え、ちょ、待って、これって昨日? ってことはこの後は、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「? ああ、そういえばこの後は見てなかったな」
花恋は神と刷り込みを続けること数分、満足したようで何故か服を脱ぎ始めるモニタの中の花恋。現実の花恋が喚く声が激しくなり、色々と察した俺は動画を進めて今日の昼の光景にする。ピザセット一式が入った包みを嬉しそうに部屋の中に持って入った花恋は、それを机の上に置くとマイクを手に取り、昼食中の俺に向かって嘘ラインナップを告げ始める。
「随分と丸いサラダチキンサラダだな? 豆腐ソーメンも分厚いし。緑茶も泡が立ってる」
「さ、最近はそういうのもあるんだよー」
抵抗する気も無くなった花恋は俺の追求に声を震わせながら答える。やがて花恋がゴミ出しを終えて部屋に戻って来ると、再び現実世界の花恋がハッと気づいたように暴れ始める。
『ぷはーっ、満足満足。食欲を満たしたら次は性欲だー』
「ああああああああああっ!」
「……」
モニタの中の花恋が再び服を脱ぎ始めたのでモニタの電源を切って花恋を解放してやると、急いで花恋は自分の部屋に仕掛けられた監視カメラの場所を特定してそれを床に投げつけて壊す。
「何か言うことは?」
「……ほら、定期的に激しい運動してるから」
「そうかそうか、カロリーオーバーした分は消費しなくちゃな? 丁度これから連休だし、思う存分激しい運動を手伝ってやろう。確か1回で数十カロリーくらい消費するらしいから、ポテチとカップラーメンと、ピザセットで、40回くらいやればいいな?」
「そんなにできるかー! ジョギングと筋トレすればいいんでしょ! ほら、行くよ!」
痴態も醜態もバレてしまった花恋は観念したように、普段着であるジャージ姿のまま部屋を出てジョギングに向かう。花恋は証拠隠滅を完璧にしていたつもりだったが、親のカードで出前を取ったため当然ながら親に連絡が入っており、その日の夜にこっ酷く叱られたのでこれで懲りてくれるだろう。いつもより多めに花恋とジョギングをしたり、部屋に戻ってからも花恋の筋トレを手伝い、疲れ果てた花恋がベッドで眠ったのを確認した後、俺は自分の部屋に戻りまた覆面をつける。
『ぷはーっ、満足満足。食欲を満たしたら次は性欲だー』
そしてあの時見れなかった続きを堪能するのだった。