彼女は一緒に運動する
『最近さぁ、江崎君ってなんかいいよね』
『うんうん、よく気が利くって言うか』
『確か永田さんと付き合ってたんだっけ? 永田さんいなくなったから新しい彼女作るために頑張ってるんじゃない?』
花恋による俺改造計画がスタートしてからしばらくが経った。放課後に花恋の部屋に向かうと、自慢げに女子トイレに仕掛けた盗聴器から俺の評判を聞かせてくる。隣の女子に答えを教えたり、帰宅部ではあるが体育の授業はそれなりに真面目になったり、花恋が盗み聞きした内容を元に女子と喋っているうちに俺の評判は確かに上がったようだ。
「ふん、クラスメイトなんて所詮私の掌」
「俺とお前別れたことになってるようだが……このままじゃ俺が告白されて付き合っちゃうぞ?」
「あ? ふざけるな、教室で高らかに俺は花恋の奴隷です、花恋は素晴らしい人間ですって宣言しろ」
「お前の評価は下がる一方だと思うが……まぁ、聞かれたら付き合ってるとは答えるよ」
しかし花恋の目的はあくまで自分の評価を上げるため。恋人をステータスか何かだと思っている彼女らしい発想だが、いくら学校で俺が人気者になったところで花恋の評価は上がらないだろう。結局は彼女が学校に来てクラスメイトと良好な関係を築けるように努めるしかないのだ。
「……」
「何だ急に」
ふと気づくと花恋が俺の腕をぎゅっと掴んでいる。どこかデートにでも行きたいのだろうかと思ったが、彼女はそんな俺の腕をそのままふにふにと触り続け、不満そうに手を離した。
「ムキムキマッチョマンになっていない」
「体育の授業を少し頑張ったくらいでムキムキマッチョマンになる訳ないだろ。そもそもお前そんな筋肉質な男が好きだったのか?」
「いや、キモイと思う。でも、『永田さんを悪く言ったら江崎君にボコボコにされる』っていうイメージが大事。そのためにはやっぱり見た目が筋肉質じゃないと」
「暴力的な彼氏の威を借る狐でいいのかお前……ん?」
そのまま勝手な展望を口にする彼女。その腕に違和感があったのでお返しとばかりに彼女の腕をがしっと掴むと、ひゃんといつになく可愛らしい声をあげる。そのままむにむにと彼女がさっきやったように腕を触り続けると、弱点なのか抵抗が弱くなりされるがままになっていった。
「あ……う……やめ……もっと……」
「……太ったな」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
気持ちよさそうな表情をする花恋だったが、女にとっての禁句を伝えるとすぐに顔が般若のようになる。これは確認する必要があるだろうとそのまま花恋をお姫様抱っこする。
「なっ……どこにこんな力が……私の応援によって内なる力が覚醒したというのか?」
「いや、かなりきつい。途中で落としそう」
「殺すぞ」
暴れながらもお姫様抱っこというシチュエーションに満更でも無さそうな花恋を抱えたまま、彼女の家の浴室、の前にある体重計まで運んでやる。花恋を乗せようとすると、慌てながら服を脱ごうとし始めた。
「はい乗って」
「せめて全裸に! 全裸になれば軽くなるから!」
「何の意味も無いだろ。見苦しいもん見せんな」
「彼氏彼女の会話としておかしくない!?」
彼女が痴態を晒す前に体重計にどしんと乗せ、表示されている数値を眺める。流石に60は行かなかったか。
「服の分を引けば50切るから!」
「どんなパワードスーツ着てるんだよ、2年になってすぐの身体測定の時より4kgは太ってるよな?」
「何で知ってるの!? ストーカー!」
「身長が去年より2cmも伸びたのぉ~って上機嫌で見せて来たのはお前だ」
「人を太った太ったと馬鹿にしくさって……お前も乗れ! ……ほら見ろ、65kgもある!」
「身長差って知ってるか? 俺は適正体重だがお前はデ……ぽっちゃりだ」
服を脱いで真の体重を計ろうとする花恋を止めながら、淡々と引きこもっているうちに太ってしまった事を伝える。元々引きこもり体質だったこともあり平均よりは太っていたが、学校に来なくなり自由な時間が増えたのをいいことにお菓子ばかり食べていたせいでそれに拍車がかかっている。途中から泣き顔になってしまったのでとどめを刺すのは辞めておいた。
「ルッキズムはんたーい!」
「そうだな。大切なのは中身だよな。お前の怠惰さが外見に表れてるんだよ。学校に復帰する頃にはもっとブクブク太って、女子トイレでの話題は独り占めだな?」
「今すぐ痩せなきゃ……痩せるためには激しい運動……はっ! つまりそういうこと!?」
「どういうことだ、ジョギング行くぞジョギング。丁度ジャージも着てるしな」
訳の分からない勘違いをして再び服を脱ごうとする花恋を引きずって家から出し、近場のコースを一緒に走ろうとするのだが、2分と経たず花恋は苦しそうに脇腹を抑える。
「ぐわあああああ、まさかこれは不治の病!? くっ、家で安静にしなくちゃ」
「運動不足だから筋肉が痙攣してるんだよ。ほら、走らないと家には帰らせないからな」
「泥棒! 鍵を返せ!」
「これはお前の親から正式に貰った合鍵だから俺のだ」
家に戻ろうとする花恋に彼女の家の鍵を見せてやる。家に籠ってばかりの彼女は家を出る時に鍵を持って出るという習慣すら忘れてしまったらしく、しっかりと施錠をしていた俺によって締め出されてしまった。鍵を奪い取ろうとのろのろと追いかけてくる彼女から逃げながら、交通安全に気を遣って近場の公園のジョギングコースへと誘導する。
「はぁ……はぁ……こ、こんなところを、学校の誰かに見られたら……」
「見られてもいいだろ別に……体育の授業と何が違うんだ」
「体育の授業? 私生理が頻繁に来るから……」
「男女別だから知らなかったよ……」
学校に来ている時ですら体育の授業をサボってばかりだった彼女にとっては1km走るだけでも死活問題らしく、ジュースを求めて途中に置いてあった自販機に縋りつくが、ジャージ1つで引きずられて出て来た彼女は何も持っていないので何度ボタンを連打してもジュースは出てこない。
「買って買って買って買って買って」
「しょうがないな……ほらよ」
「やったー……熱い! おしるこ! 嫌がらせ! 待たんかいこらぁぁぁぁ!」
彼女からのお願いに負けておしるこを買ってやり、投げて渡して熱がる彼女を後目にその場から走り去る。怒りを走るモチベーションに変えた彼女から逃げ続け、俺も汗を結構かいたあたりで彼女の家まで戻って来た。
「はぁ……はぁ……3kmくらい走ったから、3kg痩せたはず」
「頭が沸いてるのか」
しっかりとおしるこを飲み干していた彼女は俺から鍵を奪い取り、家の中に入ると体重計の方へ向かって行く。かいた汗と飲んだおしるこがぶつかり合った結果、体重に変化は無かった。
「ぐぎぎ……はっ! ちょっと待ってて、お風呂で500mlくらい減らしてくる」
「トイレで減らして来いアホ。少し運動した程度じゃ意味無いんだから、学校に来ない分は家で運動したり、食生活に気を遣え。お前の親にもきつく言っておくからな。デブは愛せないって」
「ルッキズムはんたーい! つうか出てけ! 風呂に入る!」
浴室から締め出された俺は家を出て施錠し、自分の家に向かい彼女同様に汗を流す。その後彼女の親にあまり甘やかすな、いない間にお菓子ばかり食べてるんだから日々の食事は減らせと苦情をつけ、彼女の俺改造計画と並行して俺によるダイエット計画がスタートしたのだった。